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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第14章「真相編」
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【14ー2】メインディッシュはクロッシュの中に

 リディル王国七賢人が一人〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンには、好きな物が三つある。

 食後の紅茶と、金と、権力である。

 ところが今朝は使用人がいつもの茶葉を切らしており、朝食の後に紅茶は飲めず。

 更に彼が経営している魔導具の工房は家賃が値上がりするわ、弟子が他所の工房に引き抜かれるわ、売上は赤字だわで散々。

 そんな午前中の憤懣やる方ない気持ちをグッと腹に押し込んで、エマニュエルは昼食の会場に足を運んだ。

 今日の昼食は、第二王子フェリクス・アーク・リディルに誘われてのものだ。

 会場は王都とセレンディア学園の中間地点にある、高級街のレストラン。

 食事も楽しみだが、それ以上にエマニュエルは、次期国王と噂されている王子からの呼び出しに心を弾ませていた。

 政治下手な第一王子や、影の薄い第三王子と比べて、第二王子は有能だ。

 あのクロックフォード公爵の後ろ盾があり、外交面でも実績が豊富な上に、呪竜を討ったという武勇もある。もうお膳立ては完璧ではないか。

 エマニュエルはクロックフォード公爵に擦り寄り、何かと取り立ててもらっているが、公爵が擁する第二王子との絡みはさほど多くない。社交界の場で少しでも距離を縮めようとはしたのだが、どうにも他の貴族達と同じ扱いをされており、今一つ距離が詰めきれていないのだ。

 高級感あるレストランに到着したエマニュエルは、店の最奥にある個室に案内された。そこでは既にフェリクスが着席している。

 フェリクスはエマニュエルが到着したことに気づくと、顔を上げてニコリと品良く微笑んだ。

「こんにちは、ダーウィン卿」

「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」

「こちらこそ、足を運んでいただき感謝します。どうぞ、お座りください」

 勧められるままに席につけば、すかさず使用人が食前酒をグラスに注いだ。

 上物の赤ワインを舐めるように飲みながら、エマニュエルは、どうやってフェリクスに取り入ろうか算段する。

 七賢人は国王陛下の相談役と言われているが、現国王の相談役を主に務めているのは〈星詠みの魔女〉ぐらいのものだった。それ以外の者達は信じられないことに、国政に興味が薄いのだ。

 ならば自分こそ取り立てて欲しいものだとエマニュエルは常々思っているのだが、クロックフォード公爵の影響が強すぎる故にか、現国王はエマニュエルを相談役に指名しない。

 だからこそ、エマニュエルは次期国王となる第二王子との親交を深めておきたかった。そうして、自分がフェリクスに重用されるようになれば、名実ともに自分が国王の相談役になれる。七賢人の中でも、抜きんでた存在になれる。

 やはりここは呪竜騒動の話題に触れて、フェリクスの活躍を褒め称えるのが無難だろう……エマニュエルがそんなことを考えていると、フェリクスがワイングラスを置いて口を開いた。

「そうそう、先日ダーウィン卿の工房を見学させていただきましたよ。実に素晴らしい工房だった」

 フェリクスの言葉に、エマニュエルは喜ぶよりもまず焦った。フェリクスが工房を見学しにきたなんて、聞いていない。もしかしてお忍びだったのだろうか?

「〈宝玉の魔術師〉の二つ名に恥じない、素晴らしい魔導具ばかりで驚きました。魔導具の機能もさることながら、装飾も素晴らしい。お弟子さんも優秀な方ばかりだ」

 フェリクスは工房の素晴らしさについて、しきりに褒めちぎるが、エマニュエルは内心ソワソワせずにはいられない。

「いやぁ、お褒めいただき、光栄ですなぁ」

 ははは、と笑ってみせるが、どうにも乾いたように不自然な笑い方になってしまった。

 それでもなんとか笑顔を取り繕っていると、フェリクスがポケットから何かを取り出し、テーブルに乗せる。

 それは繊細な装飾を施したトパーズのブローチだ。

「ところでダーウィン卿。こちらのブローチに見覚えは?」

「はて、見たところ魔導具のようですが……失礼」

 絹のハンカチでブローチを包んで摘まみあげたエマニュエルは、ブローチに刻まれた魔術式を読み取り、ギョッと目を剥く。

 市場に流通させる魔導具には、魔術式を組み込んだ術者の名前を刻むのが一般的だ。名無しの魔導具より、その方が遥かに価値が上がる。

 そして、そのブローチに刻まれているのは、エマニュエル・ダーウィンの名前だった。

「殿下……これは、どこで……」

「とある屋台で売っていた物でして……店主が言うには〈宝玉の魔術師〉が作った品らしいのです。だがそれにしては、あまりにも仕込まれた魔術式がお粗末だ」

 エマニュエルの背中をじとりと冷たい汗が濡らす。

 それでもエマニュエルは、さも困惑したかのような顔で早口に言った。

「いやはや、最近は粗悪な魔導具に私の名前を刻んで利益を得ようとする、ずる賢い輩がいるようで……実に辟易しているのですよ。特に、この手の粗悪品を流しているのは組合に所属していない、もぐりの職人で……」

「このブローチを売っていた店主は、中古の品だと言っていたのでね、後で部下をやって、元の持ち主を調べさせたんです。そうして行き着いた元の持ち主が言うには……これはダーウィン工房で直接買い付けた物だと」

 エマニュエルは頬を引きつらせつつ、それでも懸命に笑顔を貼り付けた。

「いやぁ、何かの勘違いでございましょう。我が工房で扱っているのは一流品ばかり! こんな粗末な魔導具など……」

「ダーウィン卿、貴方が最後に魔導具を作ったのは、いつですか?」

 フェリクスは笑顔のままだ。それなのに、纏う空気が笑顔の質を変える。

 ……柔らかな笑みから、冷ややかな笑みに。

「貴方のお弟子さんが証言していましたよ。ここ何年も、貴方はご自分で魔導具を作られていない。お弟子さんに作らせた物に、サインだけ入れて売りに出している……と。そのお弟子さんは良心の呵責に耐えきれず、別の工房に移ったようですが」

 そう、まさにくだんのその弟子が、他所の工房に引き抜かれてしまったから、エマニュエルは苛立っていたのだ。

 だが、何故そのことをフェリクスが知っているのか。

「失礼ながら、なんのことを、仰っているのやら……」

「このことが事実なら、貴方の工房は摘発され、七賢人の地位も危うくなるでしょうね」

 エマニュエルは額に脂汗を浮かべ、視線を彷徨わせながら「何のことやら……」と往生際悪く言い訳を口にする。

 そんなエマニュエルに、フェリクスはやっぱり笑みを向けた。

 今度は冷ややかな笑みとは違う……もっと不気味で、底の知れない笑みを。

「ダーウィン卿、一つ頼まれごとをしてくれませんか?」

 フェリクスはポケットから小瓶を取り出した。手のひらの中に握り込んで隠せてしまうぐらい小さな瓶の中には、無色透明の液体が揺れている。

「クロックフォード公爵に、これを飲ませて欲しいんです」

 その液体が、人体に有害なことは明らか。フェリクスは、エマニュエルにこう言っているのだ。


 七賢人の座が惜しくば、自分に協力し、クロックフォード公爵を殺害せよ、と。


 だが、エマニュエルはフェリクスに取り入りたいとは考えていても、言いなりになりたいとは、これっぽっちも思っていないのだ。

 この若造の良いようにされてなるものか、とエマニュエルは動揺を押し殺し、声も高らかに笑う。

「はっはっは! 残念ですが、このことは貴方のお祖父様……クロックフォード公爵も黙認してくださっているのですよ。なにぶん、私は多忙の身故。魔導具作りに専念してばかりではいられないのです」

 パトロンとの会食や社交界での挨拶まわりに忙しいエマニュエルは、ここ数年、ほとんど自分では魔導具を作っていない。

 だから、代わりに弟子に作らせ、己のサインを刻んで売りに出している。

 そのことを、クロックフォード公爵は知っているのだ。知っていて、その上でエマニュエルを庇護してくれている。七賢人を味方につけることは、クロックフォード公爵にとって利のあることだからだ。

 たとえ、フェリクスがこの事実を公表したとしても、きっとクロックフォード公爵が庇ってくれるという自信がエマニュエルにはあった。

 この手のことは証拠を握り潰してしまえば、なんとでもなる。

(……若造が、焦らせおって!)

 それにしても、クロックフォード公爵に一服盛れとは穏やかではない。

 この件は当然、クロックフォード公爵に報告して然るべきだ。だが、あえて黙っておいてやれば、フェリクスに恩を着せられる。

 クロックフォード公爵とフェリクス。味方につくなら当然に実権を握る公爵側だが、公爵は老齢だ。先のことを見据えたら、フェリクスに貸しを作っておくのも悪くない。

 エマニュエルが小狡く、そんなことを考えていると、フェリクスはふぅっと溜息を吐いた。

「……なるほど、この手のものはどうとでも、誤魔化せると」

 そうしてフェリクスは卓上のベルを手に取り、チリンと鳴らした。

 すると、水色がかった白髪という変わった髪色の使用人が、クロッシュを被せた皿をエマニュエルの前に置く。

 ようやく料理が運ばれてきたのか、とも思ったが、皿が置かれたのはエマニュエルの前だけだ。

 なにやら不吉な予感にエマニュエルはフェリクスの顔色を窺う。やはり、フェリクスは真意の読めぬ笑みを浮かべていた。

「どうぞ、蓋をお開けください。あぁ、何も危険な物ではありません」

「…………」

 エマニュエルは念のために、常に身につけている防御用魔導具を片手で握りしめつつ、蓋を開けた。

「……これ、は」

 白い皿の上に置かれているのは、魔術師なら誰もが一度は見たことがある物……魔力量測定器だ。

 蓋を開けた姿勢のまま凍りつくエマニュエルに、フェリクスは両手の指を組みながら告げる。

「どこにでもある、魔力量測定器です……当然、数値の改竄なんて、していませんよ?」

「…………っ!?」

 一般的に魔力量は二十歳まで成長し、後は緩やかに減っていくと言われている。

 七賢人でいるために必要な魔力量は150。それを下回ると、七賢人ではいられなくなる。

 エマニュエルの前回の計測結果が160弱だ……だが。

「どうぞ、後ろめたいことが無いのなら、それに触れてください。ダーウィン卿?」

「……っ、ぅ〜〜……」

 エマニュエルはブルブルと震える手で測定器に触れた。測定器のメモリが緩やかに上昇していく。


 ──属性「土」最大魔力量138


 それが、今のエマニュエル・ダーウィンの魔力量だ。

「は、は、はは……どうやらこの測定器は、故障しているようですな!」

「そう思うのなら、公式の場でもう一度測り直しましょうか? ……公正に第三者が用意した測定器を使って」

 フェリクスは気付いているのだ。エマニュエルが測定器に細工をして、自身の魔力量を本来の数値より多く見せていたことに。

 弟子の作った魔導具を自身の名で売っている件については、クロックフォード公爵がどうとでも処理してくれる……が、魔力量については誤魔化しが利かない。

 公表されたが最後、エマニュエルは七賢人の座を追われるのだ。

 フェリクスはまるで見せつけるように、毒の小瓶をチャプチャプと揺らしていた。そうして硬直しているエマニュエルの前にコトリと小瓶を置く。

「七賢人が一人〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィン卿……貴方とは親しくお付き合いをしていきたいと思っているんです。これから先も」

 これから先も、という一言はフェリクスが王位に就いた後のことを指すのだろう。

 今、エマニュエルは試されている。未来の王に。


 ──コウモリなど許さない。自分か、クロックフォード公爵か選べ……と。


「……忠誠を示してくれますね?」

 エマニュエルは震える手で、小瓶を手に取る。

 彼が七賢人でいるためには……クロックフォード公爵を暗殺し、未来の王である、この青年に従うしかないのだ。


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