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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第13章「潜入編」
178/236

【13ー12】沈黙の魔女より、粘土男へ

『蜘蛛好きのクレイマンへ、あなたの言った〈おぞましい真実〉の答え合わせをしましょう。連絡お待ちしてます。無言の女より』


 それはリディル王国の王都にある最大手新聞の広告欄に載せられていた文章だ。

 諜報活動が主な任務のユアンは、当然に日頃から国内外の各種新聞に目を通していたので、この広告にもすぐに気がついた。

「これは〈沈黙の魔女〉からのメッセージで、間違いないかと思いますわぁ」

 そう言ってユアンは、己の主人に新聞を差し出した。

 ユアンは気紛れに顔を変える男だが、主人の前でだけは、少し目の細い平坦な顔に統一している。

 それはかつてユアンが捨てざるをえなかった顔であり、同時に最も肉体操作魔術を使うにあたって負担の少ない顔だ。

「どれどれ」

 ユアンの主人である男は、黒い目を輝かせて新聞の文面を追う。

 男は緩く波うつ黒髪の若い男だ。彫りの深い顔立ちは神話像のように雄々しく美しいが、彫刻にはない生命力と気迫に満ちている。

 鋭い目がゆっくりと新聞の文面をなぞれば、唇がニンマリと持ち上がった。それだけで獣が牙を剥いたかのような獰猛な印象を与える。

「〈沈黙の魔女〉……確か向こうの国の七賢人とやらだったな。いいな、七賢人。響きが良い。四天王、三銃士……物語に出てくると実に心躍る響きではないか」

 男は物語の世界に想いを馳せるような顔をし、ポンと手を打った。

「よし、うちも作るか。そうだな。向こうが七賢人なら、こちらはもっと数を増やそう。十人衆、十二剣聖、十三騎士も捨てがたい……うぅむ、どれが良いか」

 まるで本題と関係ないことを口にする主人に、ユアンが「お戯れを」と苦笑すれば、彼の主人は実に楽しそうに喉を鳴らして笑う。

「馬鹿め。お前は、余が『戯れ』を『実績』に変える様を、何度見てきた?」

「あえて申し上げるなら、無闇に数を増やしすぎない方がよろしいのではぁ? あまり数が多いと、安っぽくなりますもの」

「うむ、一理あるな。よし、六人以下にしよう。それで〈沈黙の魔女〉とやらは、お前の目から見てどうなのだ?」

 冗談とも本気ともつかぬ戯れのようなことを言っていたかと思えば、突然本題に戻ってくるのが、この男の常だった。

 そんな主人との会話に慣れているユアンは、淀みない口調で答える。

「〈沈黙の魔女〉の使う無詠唱魔術は、暗殺を生業にしている者からしたら、実に羨ましいことこの上ないですわねぇ」

 沈黙の魔女はその気になれば、一言も発さずに敵の首を刎ねることができるのだ。あれほど暗殺に適した技術もない。

「なによりその精度が尋常じゃない……あれは対竜戦以上に、対人戦で猛威をふるいますわ」

「戦争になれば、兵器たりえると?」

「アレはバケモノですわ。とても同じ生き物とは思えない」

 ユアンの言葉に、主人は喉を仰け反らせてケラケラと笑った。

「世の人間は、顔を持たぬお前の方こそバケモノと言うのではないか? なぁ、ユアンよ」

「では、〈沈黙の魔女〉はアタシ以上のバケモノだと思っていただければ」

「……ほぅ?」

 ユアンの主人はニヤリと酷薄に笑い、椅子の手すりを指先でコツコツ叩いた。

「実に興味深い。ところで、なぁユアンよ。〈沈黙の魔女〉とやらは、良い女か?」

 また主人の悪癖が出たぞ、とユアンは思わず黙り込んだ。

 そんなユアンに、彼の主人は足を組み替えながら言う。

「胸と尻が大きい美人で、野心と野望に目がギラギラしている女がいい。理想は初代〈茨の魔女〉のような毒婦だな」

「……残念ながら、全てにおいて真逆ですわぁ」

「なんだつまらん! ……だが、そうだな。〈無詠唱魔術〉とやらには興味がある」

 その言葉に不吉なものを感じたのか、ユアンが頬を引きつらせた。

「我が君? まさかと思いますがぁ……」

 疑わしげな目を向けるユアンに、彼の主人は八重歯を見せてニヤリと笑う。

「余も行くぞ。リディル王国に」

 ユアンはオホホホホとヤケクソ気味に笑い、限りなく引きつった真顔で主人に言った。

「……ご冗談ですよねぇぇぇ?」

 彼の主人はユアンに対抗するかのように、ワハハと豪快に笑う。

「余は冗談を全力で行動に移すのが大好きでな!」



 * * *



 モニカがブリジットと共にクロックフォード公爵邸に潜入した日から十日後、かねてより予定されていた生徒総会が行われた。


「ではこれにて、生徒総会を閉会する」


 フェリクスが閉会の挨拶をするのを聞きながら、モニカはホッと胸を撫で下ろす。

 会計役であるモニカはこの十日の間に、複数のクラブ長の茶会に誘われ、気が休まる暇も無かったが、ブリジットのフォローもあって、無事に乗り切ることができた。

 これで、生徒会として携わるイベントは、卒業式を除いて全て終了したのだ。

「……無事に終わって、良かったです」

 裏方でモニカがポツリと呟くと、シリルが腕組みをしながらうんうんと頷いた。

 シリルはその青い目で、壇上に立つフェリクスの姿を感極まったように見つめている。

「これで、殿下が壇上に立つのを見るのは、あとは卒業式だけなのだな……」

 卒業式の少し前に、生徒会役員は引き継ぎが行われる。

 次にフェリクスが壇上に立つ時は生徒会長としてではなく、卒業生代表としてだ。

 ずっとフェリクスを支え続けてきたシリルとしては、やはり感慨深いものがあるのだろう。

(……殿下は、いろんな人に慕われてる)

 傀儡の王子だと影で言う者もいるが、それでもこの学園の殆どの生徒がフェリクス・アーク・リディルという王子を尊敬し、慕っている。

(……それなのに、わたしは、おとうさんの死の真相が分かるかもっていう、わたしの都合で……殿下の秘密を暴こうとしてる……)

 もし、彼の秘密を全て知ってしまったとしても、モニカはそれを公表しようなどとは思っていない。これは、ただモニカが知りたいから調べているだけなのだ。

 ……それでもやはり、フェリクスの──否、アイクの内面に触れようとすることに、罪悪感はある。

「……シリル様は、殿下のことを……本当に尊敬しているんですね」

 モニカの呟きに、シリルは視線をフェリクスからモニカに移した。

「当然だ。あの方に見出してもらったことは、私にとって何よりの誇りだからな」

 もし、シリルがフェリクスの秘密を知ってしまったら、どんな顔をするだろう。

 シリルにとって、王族であるフェリクスに認められたという事実は、彼を奮い立たせる力になっているのだ。

 フェリクスの秘密を暴くことは、それだけで、シリルの矜持を奪うことにもなる。

(……シリル様には、何も知らないままで、いてほしい)

 卒業式まであと少し。モニカがこの学園で過ごせる時間は、そう多くない。

 残り僅かな時間を、モニカは〈沈黙の魔女〉ではなく、「モニカ・ノートン」として、大事に過ごしたかった。


 ──真実を知ったら、〈沈黙の魔女〉は何も語らず、全て胸に秘めておこう。


 この時のモニカは、そう思っていたのだ。



 * * *



 生徒総会に出席していた生徒達が順番に退席して教室に戻っていく間、生徒会役員達は現場の片付けや、クラブ長との打ち合わせなどに時間を割かれる。

 フェリクスとエリオットは、教師やクラブ長と今後の打ち合わせ。ニールは現場の片付けの指揮でそれぞれ忙しいので、自然と手の空いているシリル、ブリジット、モニカの三人が資料の片付けをすることになった。

 モニカは大きい資料の紙をクルクルと巻きながら、横目でブリジットをチラチラと見る。

 学園に戻ってから、ブリジットはあの潜入調査の件について全く触れていない。

 思うことは幾らでもあるだろうに、それでもブリジットは常と変わらず気丈に振る舞っていた。そのことが、モニカには少し痛々しくも見える。

 ブリジットは強く、美しく、何より聡明な女性だ。

 残酷な現実を突きつけられてもなお、気丈に振る舞いを続ける彼女は、イザベルが好きな小説の主人公のようだった。

 だが、小説の主人公は最後に想い人と結ばれるけれども、ブリジットの想いが報われることは、きっとないのだ。

「資料はまとめ終わったな。一足先に生徒会室に運び込むぞ」

 そう言ってシリルは一番大きな箱を手に、立ち上がる。モニカも慌てて、そばにある資料の束を持てるだけかき集めた。ブリジットもまた無言で資料の束を持ち上げる。

 そうして三人で生徒会室へ向かう途中、階段の上から一人の女子生徒が降りてくるのが見えた。女子生徒は荷物を持っているシリル達に気を遣い、道を譲る。

 シリルとブリジットが先に歩き、その後をモニカが続こうとしたその時、道を譲った女子生徒がほんの少しだけモニカに近づき、モニカの制服のポケットに小さく折った紙を入れた。

(…………え?)

 思わずモニカは顔を上げて、女子生徒の顔を見る。

 モニカのポケットに紙を入れたのは、癖のない黒髪に涼やかな顔立ちの少女だ。その顔立ちもさることながら、切れ長の目の上にある少し太めの眉毛に、モニカは見覚えがあった。

 学祭でユアンと共に行動していた、ハイディという娘だ。

「…………あ」

 モニカが振り向いた時には、ハイディは素早く階段を降りて、廊下の角を曲がっていった。

 階段の途中で足を止めたモニカがハイディの姿を目で追いかけていると、シリルが階段の上から訝しげに呼びかける。

「ノートン会計?」

「あ、すみません。なんでもないです」

 モニカは階段を上りつつ、片手で資料を支えながら、反対の手でポケットの紙片を取り出した。

 そこには、簡潔にこう記されている。



『今宵、学園裏の森の入り口にて待つ』



 もう引き返すことはできない。

 いよいよ「おぞましい真実」の答え合わせをする時なのだ。


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