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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第13章「潜入編」
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【13ー5】笑顔の応酬

 このタイミングでフェリクスがティールームを訪ねてきたことに、モニカは青ざめたが、ブリジットは顔色一つ変えず、華やかな笑顔でフェリクスを出迎えた。

「まぁ、殿下がティールームに足を運ばれるなんて珍しいですこと」

「珍しいのは、この組み合わせだと思うけどね。君達はいつから、二人でお茶会をするほど仲良くなったんだい?」

「あら、同じ生徒会役員同士。何もおかしなことなんて、ありませんでしょう?」

 この学園が誇る美男美女の談笑は、非常に絵になる光景であった。

 だが、その裏で行われている腹の探り合いに、モニカは思わず手に汗を握る。

(す、すごい……っ)

 自分が口を挟んだら、うっかりボロを出しそうだ。モニカは黙って二人のやりとりを見守った。

「もうすぐ生徒総会がありますでしょう? そのためのレクチャーを少々」

「あぁ、モニカがクラブ長の茶会に呼ばれた時は、君が同席する話になっていたね」

「えぇ、その時のための打ち合わせをしていましたの」

 ブリジットの流れるような言い訳に、モニカはひたすら感心した。これがモニカだったら、頓珍漢な言い訳を口走るか、もじもじと口籠っていただろう。

 フェリクスはブリジットからモニカに視線を移し、ニコリと笑いかける。

「クラブ長対策は大丈夫かい?」

「は、はい、あの、えっと……」

 案の定口籠るモニカに、ブリジットは扇子を口元に当てて失笑した。

「正直、クラブ長との駆け引き以前に、作法に問題がありましてよ。ノートン会計、貴女、お茶会の授業を真面目に受けていなかったのかしら?」

 ブリジットに冷ややかな目で見据えられ、モニカは思わず竦み上がった。

「ひぇっ、す、すみ、すみみ、すみませ……っ」

「しばらくは、あたくしがお前に茶会の作法を徹底的に叩き込みます。覚悟することね」

 あ、上手い。とモニカは内心感心した。

 こう言われれば、この先、ブリジットがモニカを茶会に誘っても不自然ではなくなる。

 悪役令嬢を演じるイザベルもなかなかの演技派だが、ブリジットの演技は更に自然だ。

 こういうところで改めて、頭の良い人なんだなぁとモニカはしみじみ感心せずにはいられない。少なくともモニカには絶対にできない芸当である。

 呑気に感心しているモニカの向かいでは、フェリクスが苦笑まじりにブリジットを見ていた。

「君の指導は厳しそうだ。どうだろう、お茶会の練習をするのなら、客人役を手伝おうか?」

「まだ殿下にお見せできるほどの段階にいたっていませんわ。あたくし、中途半端な成果を晒すのは好きではありませんの」

 だからこの場を立ち去れ、と言外に匂わせるブリジットに、フェリクスは柔らかな笑みを向ける。

「お茶会で一番大切なのは、会話を楽しむことだろう? それなら、会話の相手がいた方が捗ると思わないかい?」

 この学園のトップに立つ生徒会長に、優しげな笑顔でそう言われて、断れる者がどれだけいるだろう。

 モニカなら絶対に、この笑顔に押し切られていたところだ。

 だが、ブリジットは扇子を口元に当てて、クスクスと笑う。

「いやですわ、殿下。女の子同士のお喋りは、殿方には秘密と決まっていますのよ」

「私には聞かせられない話?」

「えぇ、例えば気になる殿方の話とか」

 ブリジットが少しだけ目を細めて、蠱惑的に唇を持ち上げる。

 それこそ、大抵の男性ならクラリと色香によろめきそうな。そんな笑みだ。

(す、すごい……なんか……キラキラした笑顔対決みたい……っ)

 笑顔対決ってなんだろう、と自分でも思わずにはいられないが、フェリクスとブリジットの応酬を見ていると、そんな単語が頭をよぎったのだ。

 フェリクスもブリジットも、自分の美貌の使い方をよく分かっている。

 そんな二人に挟まれている地味なモニカは、ただただ背景と一体化していることしかできない。

 ところが、フェリクスはそんな背景にも、いちいち煌びやかな笑顔を向けてくるのだ。

「気になる殿方? ……モニカは、誰か気になる人がいるのかい?」

「へぅっ!?」

 突然話を振られたモニカは奇声を発し、全身からダラダラと汗を流した。

(ここここれって、どう答えるのが正解なの? 「気になる殿方」って何? 今一番気になってるのは秘密がいっぱいな殿下のことです、なんて言えるはずがないぃぃぃぃぃ)

 モニカが内心頭を抱えていると、ブリジットがクスクス微笑んだ。

「彼女とは、あたくしが初めて男の子にお花を貰った時の話をしていましたのよ」

 ブリジットは花瓶に活けられた黄色いバラをなぞると、意味深な目でフェリクスを見上げる。


「……殿下は覚えていらして? 幼い頃、貴方が初めてあたくしにくれた花の色を」


 ブリジットは今、目の前にいるフェリクス・アーク・リディルを試しているのだ。

 フェリクスはどう答えるのだろう。忘れたと惚けるのか、あるいは……。

 息を飲んで見守るモニカの前で、フェリクスはポケットから白いハンカチを取り出す。

(……ハンカチ? ハンカチで、何をするんだろう?)

 フェリクスはハンカチを細く折りたたんでクルクルと丸め、薔薇の花の形に整えると、ブリジットに差し出した。


「生憎、今は白いハンカチしか持ちあわせていないんだ……あぁやっぱり、貴女には青が一番似合う」


 モニカには、これが正解なのか不正解なのか分からない。ただ、ブリジットが扇子の下で悔しそうに唇を歪めたのが見えたから、多分これが正解なのだ。

 ブリジットはすぐさま華やかな笑顔を浮かべ、ハンカチの白バラを受け取った。

「まぁ、覚えていてくださったの? 嬉しいわ」

「昔より、上手に作れているだろう?」

「えぇ、とてもお上手。殿下は昔から器用でいらっしゃるのね」

「そうでもないさ、あの頃は、幼いなりに練習したんだ」

 はたから見ている分には、昔を懐かしむ心温まる会話だ。

 だが、水面下では真剣で切り結ぶような神経戦が行われているのをモニカは肌で感じた。

 ブリジットはあえて幼少期のことを話題にすることで、彼がボロを出すのを待っているのだ。

 この勝負がどう転がるのか、モニカが息を飲んで見守っていると、廊下の方からフェリクスを呼ぶシリルの声が聞こえた。

「殿下、いらっしゃいますか? 至急で確認したい案件が……」

 フェリクスは扉の方に視線を向けると、少しだけ残念そうに肩を竦める。

「次のお茶会は、私も呼んでほしいね」

「ノートン会計が人並みの作法を身につけたなら、喜んで」

 そのやりとりを最後に、フェリクスはティールームを出て行った。

 パタンと扉が閉まる音を聞きながら、モニカは何をしたわけでもないのに、深々と息を吐く。


「……相っっっ変わらず、口の回る男だこと」


 ブリジットは白いハンカチで作られたバラをグシャリと握り潰して、憎々しげに呟く。それにしても、美人の怒り顔というのは、どうしてこうも迫力があるのか。

「悔しいけれど、あの男は幼少期の殿下のことを、徹底的に調べあげているようね」

「あ、あのぅ、あの方が本物の殿下で、病気がきっかけで……その、性格が変わったとか、そういうことは……」

「どんな病原菌が頭に回ったら、あの純朴だった殿下が、薄ら寒い言葉と笑顔を撒き散らすようになるのか教えてくださる?」

「…………」

 どうやらブリジットは、モニカが思っている以上に、今のフェリクス・アーク・リディルという青年に拒絶反応を持っているらしい。

 モニカはしばしの葛藤の末、口を開いた。

「あ、あの、ですね。わたし……シェフィールドの祭日に、クロックフォード公爵邸に、潜入する、予定、で」

「なんですって?」

「……クロックフォード邸の、内部のこと、ブリジット様が知ってるなら、教えてもらえたら……」

 もしブリジットの推理通り、クロックフォード公爵邸に本物のフェリクス殿下がいるのだとしたら、公爵邸内部の情報は少しでも多い方がいい。

 そう思った上での提案だったのだが、ブリジットはモニカに詰め寄ると、予想外のことを言った。

「あたくしも、連れていきなさい」

「………………へっ?」

「あたくしも、クロックフォード公爵邸に潜入すると言っているのです」

「え、えぇぇぇっ!?」

 モニカは思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 この、絵に描いたような深窓の令嬢が自ら潜入? そんなの無茶も良いところだ。

「あっ、あっ、あの、潜入は、ですね、庭師として紛れ込む、ので、ブリジット様には……」

「本物の殿下に会えるのなら、庭師だろうが馬丁だろうが旅芸人だろうが成りすましてみせてよ」

 その後も、モニカは拙いなりに言葉を尽くしてブリジットを説得しようとしたのだ。

 だが、本物の殿下に会いたい一心のブリジットを説得することはできなかった。


 げに恐ろしきは、恋する乙女の行動力ということを、その日モニカは身に染みて思い知った。

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