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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第13章「潜入編」
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【13ー1】交換条件

「モニカ・ノートン、お前は一体何者なのです」


 ブリジットの言葉に、モニカの思考が数秒停止した。

 気づかれた。モニカが左手を負傷していることを。モニカが、フェリクスの探している存在だということを!

 モニカはバクバクとうるさい心臓をなだめながら、思案する。


 ──ブリジットは、一体、何をどこまで知っているのか?

 ──モニカが〈沈黙の魔女〉だと勘付いているのか?


 ともかく下手なことを訊いてはボロを出しかねない。モニカはズキズキと痛む左手を右手で押さえながら、震える声で言った。

「……なんの、こと、ですか?」

「これに見覚えは?」

 そう言ってブリジットは制服のポケットから小さな何かを取り出す。

 それを見たモニカは「あっ」と思わず声をあげた。

 ブリジットの指が摘んでいるのは、琥珀のブローチ……学祭前に、モニカがフェリクスを守るために即興で作った魔導具だ。

 モニカの反応を見たブリジットは目を細め、唇に薄い笑みを浮かべる。

「そう、お前が学祭前に落とした物よ。一見ただのブローチに見えるけれど、中に魔術式が組み込まれている立派な魔導具……ケルベック伯爵家で冷遇されているお前が、どうしてこんな高価な物を持っているのです?」

「あ、あの、それは……そんな、大した物では……」

 なにせ屋台で買った安物のブローチに、三十分かそこらで付帯魔術をかけただけの代物である。

 だが、ブリジットはモニカの言葉を鼻で笑った。

「使用人に命じて解析させたところ、こんな安物のブローチに、これほど高性能の防御結界を組み込むなど、誰にでもできることではない。これは極めて高価な魔導具である……ということが判明しました」

「えぇぇ……」

 モニカは自分が七賢人であり、その技術が他の魔術師と比べて抜きん出ていることに無自覚である。

 まして、普段は魔導具に触れることがないので、その価値について些か疎かった。それが完全に裏目に出たのだ。

「何故、ケルベック伯爵家から冷遇されているお前が、こんな高価な魔導具を所持していたのです」

(すみません、違うんです、それは三十分で作ったんです……っ!)

 正直に答えることもできず、モニカが視線を彷徨わせれば、ブリジットは更に言い募る。

「あたくしはずっと、お前のようなセレンディア学園に不釣り合いの娘が何故殿下のそばにいるのか、不思議で仕方がなかった。だから、こう考えました。お前は殿下に選ばれた護衛役なのではないかと。それならば、お前みたいな娘が突然生徒会役員に選任された理由も分かるし、防御結界を組み込んだ魔導具を所持している理由も一応納得できる」

 だが、ブリジットは自分のこの推理に納得がいっていないようだった。

 ブリジットは琥珀色の目を眇め、眉間に指を添える。

「……けれど、お前が殿下の選んだ護衛役だとすると、ケルベック伯爵家と殿下が繋がっていることになる……それは、あまりにも不自然だわ。ケルベック伯爵家は、東部地方最大規模の軍事力を持つ東の重鎮……例え殿下と言えど……それこそクロックフォード公爵ですら、簡単に協力を要請できる相手ではない」

 ブリジットの言葉に、モニカは内心仰天していた。

(ま、まま、まさか、ケルベック伯爵家がそんなにすごい家だったなんて……っ!)

「ところで、お前はケルベック前伯爵夫人……クラリッサ・ノートン夫人に、修道院から引き取られたということになっているそうね?」

 ブリジットが口にしたのは、ルイス・ミラーが考えた「モニカ・ノートン」の設定だ。周囲に隠しているわけではないし、確かに誰かに聞かれたら、そう答えるようにしているが……。

(わたし、前伯爵夫人の名前なんて知らなかったのに……なんで、こんなに詳しいんだろう)

 警戒するモニカに、ブリジットはニコリと微笑んだ。

「お前がいた修道院の名前は?」

「……えっ」

「幼い頃から暮らしていたのなら、忘れたりはしないでしょう?」

 覚えていない、というより、そこまで詳細な設定は考えていなかった。

 口籠るモニカに、ブリジットは笑顔のまま言葉を続ける。

「あたくしは冬休み中、ケルベック領内にある全ての修道院の記録を調べさせました。けれど、モニカという名の娘がいた記録は、どこにもなかった」

 ここに至って、モニカはようやく気がついた。

 冬休み中、ケルベック伯爵領内を嗅ぎ回っていたのは、ブリジットの手の者だったのだ。

「そこであたくしが出した結論は、お前が『ケルベック伯爵家が送り込んだ諜報員である』というものです。ケルベック伯爵家はフェリクス殿下について、何かしら探りたいことがある。お前はそのために、セレンディア学園にやってきた……違うかしら?」

 返答を促すブリジットに、モニカはどう言葉を返すか悩んだ。

 ブリジットはモニカ・ノートンという存在が仮初のものだと、ほぼ確信している。

 だが、モニカが〈沈黙の魔女〉であるということまでは、気づいていないのだ。

(……こういう時、ルイスさんなら、どうする?)

 モニカは自分が知る中で、最も狡猾で交渉事に長けた男の顔を思い浮かべる。


 ──交渉の基本は、相手の要望を引き出すことから始まります。相手が何を望んでいるのか、まずはそれを把握なさい。


 このままだとブリジットのペースに飲まれてしまう。

 モニカはコクリと唾を飲み、覚悟を決めて口を開いた。


「……ブリジット様の目的は、何ですか?」


 本当はもっと遠回しに聞き出せれば良かったのだが、モニカにはこれが精一杯だった。

 ブリジットは不快そうに眉をひそめてモニカを見る。

「質問に質問を返すなんて、不躾だこと」

「わたしに、何かさせたいから……こうやって部屋に連れ込んだんです、よね?」

 そう言って、モニカは真っ直ぐにブリジットを見上げる。

 内心、目を逸らしたいよぅ、怖いよぅ……と思いつつ。

 見つめ合うこと数十秒。先に目を逸らしたのはブリジットだった。

「端的に言って、あたくしは、お前の正体などどうでも良いのです。交渉材料になるから調べただけで」

「…………へっ?」

「あたくしの目的はただ一つ。あたくしはどうしても知りたい『殿下の秘密』がある。そのために、あたくしに協力しなさい、モニカ・ノートン」

 予想外の言葉にモニカは面食らった。

「で、殿下の秘密? ……えっと、それは、どういう……」

「それを口にするのは、お前があたくしに協力すると誓ってからよ」

 モニカは混乱した。

 ブリジットが知りたいフェリクスの秘密というのは何なのだろう?

 正直フェリクスに関しては、モニカも疑問に思うところが多すぎるので、気にならないと言えば嘘になる。

 だが、ここで簡単に頷くわけにはいかない。一応、モニカはフェリクスの護衛役なのだ。

「協力しないと、わ、わたしの正体をバラすぞ、ってこと、です、か?」

「それができれば簡単ね。けれど正直に言って、あたくしにケルベック伯爵家を敵に回すほどの力はないわ。この件は我がシェイルベリー侯爵家とは無関係……あたくしが個人的に知りたい、というだけのことなのだから」

 モニカは今更ながら、今回の護衛任務にあたって、ルイスがケルベック伯爵家に協力要請した理由を理解した。

 ケルベック伯爵家は、ただの演技派ノリノリファミリーではない。クロックフォード公爵家やシェイルベリー侯爵家ですら迂闊に手を出せない、超大物貴族だったのだ。

 伯爵家だからと言って、必ずしも公爵家や侯爵家に劣る訳ではないのだと、モニカは改めて思い知る。

(ブリジット様はあくまで個人的な事情で動いているだけだから、ケルベック伯爵家を敵に回したくない……だったら、わたしがケルベック伯爵家の命令で動いてるフリをすれば、この場は逃げ切れるんじゃ……)

 モニカがこの場を切り抜けられるのではないかと淡い期待を抱くと、ブリジットがモニカの左手を見ながら言う。

「殿下は今、左手を負傷した小柄な少女を探している。そして、お前はそのことを隠したがっている……違って?」

 嘘の下手なモニカがギクリと肩を震わせれば、ブリジットはすかさず言葉を続けた。

「『左手を負傷した少女』これが何を意味するのか、殿下が何故その娘を探しているのか、あたくしは知りません。けれど、お前は自分がそうだということを殿下に隠したいのでしょう?」

「それは……その……」

 モニカがもごもごと口籠ると、ブリジットは指を一本立てて、ビシリとモニカに突きつけた。

「一週間よ」

「…………へ?」

「一週間で、殿下に『左手を負傷した少女』探しを諦めさせてみせるわ。その代わりに、お前はあたくしに協力をなさい」

 唐突に突きつけられた交換条件に、モニカは困惑することしかできない。

 だが、ここで断って「モニカ・ノートンは左手を負傷している」とフェリクスにバラされたら、それこそモニカはおしまいだ。

 だから、モニカは慎重に訊ねた。

「……そんなこと、できるんです、か?」

「あたくしを誰だと思っているの? 社交界における情報戦で、あたくしの右に出る者はそうはいなくてよ?」

 そう言ってブリジットは畳んだ扇子の先端でモニカの顎をクイと持ち上げ、美しく笑った。


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