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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第12章「決闘編」
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【12ー14】狩り

 魔法戦の会場である森の中、ヒューバード・ディーは鼻歌を歌いながら木々の合間を歩いていた。

 既に「狩り」の仕込みは終えている。あとは獲物達がのこのことやってくるのを待つのみ。

 彼の叔父である〈砲弾の魔術師〉は、一撃の威力をどこまで高めることができるか、という点に美学を感じているが、ヒューバードが重要視するものは少し違う。

 重要なのは、いかに楽しく獲物を狩るか、だ。

「んっんっん〜……さぁて、あいつらは、どれだけ俺を楽しませてくれるかねぇ」

 ヒューバードは適当な木にもたれ、目を閉じる。

 瞼の裏に蘇るのは、かつてミネルヴァでヒューバードを圧倒した魔女──〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット。

 当時十三か十四歳だった彼女は、今よりもなお痩せっぽっちで貧相な、みすぼらしい小娘だった。

 ミネルヴァの魔術師は、戦闘が得意な実戦型と研究が好きな学者型に分かれる。モニカは誰の目に見ても後者の学者気質だったし、ヒューバード自身、そうだと思っていた。


 だが、魔法戦が始まって僅か五秒で、ヒューバードは己の思い違いを理解した。


 モニカが無詠唱魔術の使い手だということは知っていた。だが、無詠唱だろうがなんだろうが、当たらなければどうってことはないと思っていたのだ。

 だが恐るべきは、針の穴を通すかのように正確な命中精度。モニカは追尾術式を一切使わず、計算だけで正確に魔術を操り──魔法戦開始から僅か三秒で、ヒューバードに全弾をぶち当てた。

 ほんのウサギ狩りのつもりで魔法戦に挑んだヒューバードは、ウサギの皮を被った化け物に返り討ちに遭ったのだ。

 その時に感じた興奮が、ヒューバードは忘れられない。

 圧倒的に強い化け物に勝負を挑むその気持ちは、広大な山を攻略する興奮にも似ていた。


 あの強い生き物を屈服させたい! 跪かせたい! 討ち取って剥製にして飾りたい!

 圧倒的な力の差に絶望させられ、それでもなお僅かな希望の糸を手繰り寄せ、知恵を絞り、ありとあらゆる罠を仕掛けて、あの獲物を仕留めたい!

 あんなにも最高の獲物は、世界中探してもあの女だけだ!


「んっんっん〜、楽しみだなぁ、モニカぁ。もう長いこと、お前とヤりたくてヤりたくて、欲求不満で死にそうだったんだぜぇ」

 ベロりと舌舐めずりをした瞬間、遠くから鐘の音が聞こえた。魔法戦開始の合図だ。

 合図と同時にヒューバードは感知術式を起動すれば、三匹の獲物がバラバラに動きだすのが分かった。その内の一匹が、凄まじい速さで移動している。おそらくは飛行魔術で高速移動しているのだろう。

 ヒューバードは木の幹から背を離すと、細い首をコキコキと鳴らした。


「まずは一匹……見せしめにして吊すかぁ」



 * * *



 魔法戦開始の鐘が鳴ると同時に、グレンは飛行魔術を起動し、木々よりも高いところまで飛んだ。

 グレンは感知の術式を使えない。使えるのはこの飛行魔術と、攻撃用の火炎球の二つだけ。だから、ヒューバードを肉眼で探すしかなかったのだ。

 幸い、冬の森は木々の葉が落ちているので、ヒューバードの姿はすぐに見つかった。

 かつてあの男に魔法戦を挑まれた時、グレンは惨めに泣き叫びながら逃げることしかできなかった。そうして、追い詰められて魔力を暴走させたグレンはミネルヴァから危険視され、幽閉されたのだ。

(もう、あの頃のオレじゃないっ!)

 グレンは飛行魔術で空中静止したまま、詠唱をする。

 そうして大人二人が両手で輪を作ったぐらいの、大きな火炎球を作りだすと、眼下のヒューバードめがけて放った。

「いっけぇーーーーーーーー!!」

 結界に守られている森は、火炎魔術を受けても延焼することはない。だからこそ、グレンは容赦なく攻撃をすることができる。

 火炎球の着弾と同時に、ゴゥン! と轟音が鳴り響き、大きな煙が上がった。だが、グレンはそこで油断することなく、もう一度詠唱をし、次弾を撃とうとした。

 相手の息の根を止めるまで攻撃の手を休めるな──という物騒な師の教えの賜物である。

 だが、グレンが二発目の火炎球を作るより早く、煙の中から一筋の閃光が飛び出してきた。雷の矢──おそらくはヒューバードの攻撃魔術だ。

 グレンは詠唱を止めて、飛行魔術を操り雷の矢を回避する。グレンはまだ、移動しながら攻撃魔術を放つことはできなかった。空中静止していれば使えるのだが、ヒューバードの攻撃がそれを許さない。

 このままだと、煙の中から一方的に狙い撃ちされる。そう判断したグレンは、高度を下げようとし……。


「んっんー。まずは一匹目」


 己の背後から聞こえた声に、息を飲んだ。

 咄嗟に振り向けば、飛行魔術でグレンの背後に回り込んだヒューバードの雷の槍がグレンに振り下ろされようとしている。グレンはギリギリで体を捻ったので直撃は避けられたが、それでも右腕を雷の槍で貫かれ、悲鳴をあげた。

「ぎゃあっ!」

 激痛に意識が一瞬途切れ、飛行魔術が解除される。

 結界内では物理「攻撃」は無効化されるが、結界が「攻撃」と認識しない「事故」には反応しない。

 高所から落下した今のグレンがそれだ。このままだと地面に叩きつけられて、死ぬ。

 だが、そんなグレンの体を巨大な水球が柔らかく受け止めた。グレンは水球にバシャンと沈む形で、落下の勢いを殺して水球に沈み込む。

 水球を生み出したのはグレンでもヒューバードでもない。

「えぇいっ、世話の焼けるっ!」

 舌打ち混じりに指を鳴らし、水球を解除したのはシリルだった。氷の魔術が得意な彼は、水の魔術もいくつか習得しているらしい。

 全身ずぶ濡れになったグレンはゲホゲホと咳きこみながら、シリルに礼を言った。

「副会長、ありがとうっス!」

「貴様は己の無謀さを猛省しろ!」

 協力はしないなどと言いつつ、なんやかんや後輩の面倒を見てしまうシリルは、短縮詠唱で防御結界を張った。その結界が、頭上から降り注ぐヒューバードの雷の矢を防ぐ。

「頭上だけでなく周囲にも警戒しろ、グレン・ダドリー! 敵は遠隔魔術も習得している!」

 遠隔魔術と言われて、グレンは自分が攻撃を受けた理由を理解した。

 ヒューバードは煙の中、飛行魔術で移動してグレンの背後に回りつつ、遠隔魔術で地面から雷の矢を放っていたのだ。自分がまだ、煙の中にいるとグレンに錯覚させるために。

 遠隔魔術は術者より離れた位置で魔術が発動できる、高度な技術だ。応用すれば、こうして囮にすることもできる。

「ちぃっ、結界がもたん! グレン・ダドリー! 貴様は防御結界を使えんのか!?」

「オレができるのは飛行魔術と火炎球だけっス!」

「貴様はそれでも〈結界の魔術師〉の弟子かっ!? えぇいっ、散開するぞっ」

「了解っス!」

 シリルの防御結界が破壊されると同時に、グレンとシリルはそれぞれ走りだし、木々の影に隠れた。



 * * *



 上空からグレンとシリルを見下ろしていたヒューバードは戦闘に高揚しつつ、その裏で冷静に思考を巡らせていた。

(ターゲット『グレン・ダドリー』飛行魔術と火炎球の魔術を使う。同時使用はできるが、移動しながら攻撃魔術を使える程ではない。短縮詠唱、防御結界は使えないので、こちらの攻撃をかわすには、走って逃げるか飛行魔術で回避するしかない。〈結界の魔術師〉の弟子のわりにゃ、魔術の腕前は素人に毛が生えた程度のようだが……)

 魔法戦の結界内では、受けたダメージの分だけ魔力が減る。グレン・ダドリーに撃ち込んだ雷の槍は直撃こそしなかったものの、魔力量の少ない者なら、あれだけで戦闘不能になっていた一撃だ。

(あれをくらって、元気に動き回ってるってこたぁ、だいぶ魔力量が多いってことだ)

 そして、雷の矢を防いだシリル・アシュリーの防御結界。持続時間と強度を考えるに、彼もまたそれなりに魔力量が多いことが推測される。

(ターゲット『シリル・アシュリー』こいつは高度実戦魔術の授業で見たことがあるな。使える属性は水、氷のみ。防御結界、短縮詠唱が使える。同時に二つの魔術の使用も可能。飛行魔術を使えないので機動力は劣るが、器用な魔術の使い方をする。技術で抜きん出てるのは、こっちだな。魔力量もかなり多い)

 実を言うとヒューバードの魔力量は、そこまで突出して多くはない。決して少ないわけではないが、長期戦になれば、先に魔力が切れるのはヒューバードの方だろう。

(「奥の手」を、今ここで使ってもいいがぁ……一人は潜伏中か。そいつは冷静だな。血の気の多い二人を先にぶつけて、俺の手を読んでから動こうって腹か)

 ヒューバードは感知術式を起動したが、ロベルト・ヴィンケルの居場所を探ることはできなかった。どうやら潜伏に徹底しているらしい。ここまで徹底的に潜伏されてしまっては、感知術式で居場所を探ることは難しいだろう。

 なにより、感知術式にしろ飛行魔術にしろ、それなりに魔力を消費するのだ。使いっぱなしでいるわけにはいかない。魔力は極力節約しなくては。

(……まずは、潜伏中の奴を炙り出すか)

 見たところ、挑戦者側の三人はこれっぽっちも連携が取れていないし、協力体制は無いように見える。

 そこが付け入る隙だ。



 * * *



 シリルが木の影に隠れて様子をうかがっていると、ヒューバードはゆっくりと下降してきた。腹が立つほど余裕だ。

 グレンと同時に攻撃を仕掛ければ、ヒューバードを火力で押し切ることはできるだろう。

 ただ、一つ問題がある──シリルの得意属性は氷、グレンは火。とにかく相性が悪いのだ。同時に攻撃をすると、シリルの攻撃がグレンの攻撃にかき消されかねない。

 単細胞のグレンは、ヒューバード目掛けて早速火炎球を撃ち込んだ。それをヒューバードは飛行魔術で低空飛行をして回避する。防御結界を張らないのは、グレンの攻撃を防御結界だけで防ぎきることはできないからだ。それぐらい、グレンの火球には威力がある……ただし、当たらなければ意味はないのだが。

 シリルはグレンの攻撃の合間を縫うようにして、氷の矢でヒューバードを狙った。追尾術式も織り込んだ攻撃は正確にヒューバードを狙ったが、こちらは防御結界で塞がれてしまう。

(……命中精度を上げた威力の低い術は結界で弾かれる。威力を上げた術は飛行魔術で回避される)

 ならばまずは足を潰すまで。

 シリルは少し長い詠唱を始めた。ヒューバードが警戒をするようにシリルを見たが、もう遅い。

「くらえっ!」

 飛行魔術で逃げ回るヒューバードの進行方向にシリルは氷の魔術で壁を作った。ヒューバードは慌てて方向転換をするが、氷の壁は左右に広がっていき、ヒューバードの移動を妨げる。

「いまだ、仕留めろ! グレン・ダドリー!」

 シリルの声に応えるように、グレンが火炎球を放った。氷の壁で移動を妨げられたヒューバードに炎の塊が勢いよく迫る。

「甘いぜぇ」

 ヒューバードはグレンの火炎球が直撃するギリギリのところで、一気に急上昇した。氷の壁も大空に蓋をすることはできない。

 グレンの火炎球はそのまま見当違いの方向に飛んでいくかと思われた……が。


「甘いのは、そっちっス」


 火炎球はまるで意思を持つかのようにヒューバードを追尾した。ヒューバードの顔が、初めて焦りに歪む。

「追尾術式……っ、使えたのかっ……!」

「覚えたてホヤホヤっス!」

 油断していたヒューバードは、グレンの火炎球をまともにくらい、羽を射抜かれた鳥のようにふらふらと地に堕ちていく。

 ここで仕留める、とシリルとグレンは同時に詠唱を始めた。

 だが、二人の詠唱が終わるより早く、木々の影から飛び出してきた者がいる。今まで潜伏していたロベルト・ヴィンケルだ。

「その首、貰い受けます」

 物騒極まりないことを言いながら、ロベルトは剣を抜いた。短い鋼の先端から水が溢れ出し、刃へ変わる。

 ロベルトは驚異的な身体能力でヒューバードとの距離を詰めると、地に落ちたヒューバードの首目掛けて水の刃を振り下ろし……。


 そこで、ロベルトの動きが止まった。


 ロベルトだけではない。シリルも、グレンも、背中に激痛を覚え、動きを止める。

「なん、だ?」

 背後を振り返った瞬間、炎の矢がシリルの胸を貫いた。

 結界内では魔法攻撃で肉体が傷つくことはない。だが、痛みだけはそのまま再現される。皮膚を、臓腑を焼く激痛にシリルは苦痛の呻き声を漏らし、膝をつく。

 咄嗟に視線を走らせれば、グレンとロベルトもまた同様に、炎の矢で攻撃を受け、膝をついていた。

(遠隔魔術? だが、ヒューバード・ディーは一切詠唱をしていなかった……これでは、まるで……)


「んーっ、んっんっん〜」


 上機嫌な鼻歌混じりに、ヒューバードが節の目立つ指をタクトのように振るった。

 再び炎の矢が三人の体に降り注ぐ。腕を、足を、胴を、顔を、生きたまま焼かれ、抉られる激痛。森に響く三人の悲鳴。

 魔術師にとって詠唱は絶対に必要なものだ。鼻歌を歌いながら魔術を起動することなど、できるはずがない。

 もし、それができるのだとしたら……。


「……()()()()()、だと?」


 絶望の声をあげるシリルの視界は、迫りくる炎の矢に閉ざされる。

 そして、右目を貫かれる激痛とともに、シリルは意識を失った。


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