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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第12章「決闘編」
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【12-13】後にこの騒動は歌劇化され、後世まで語り継がれ(以下略)

 セレンディア学園では数日前まで雪がちらついていたが、今日は昼前には雪も止み、曇天の合間に薄い青空がのぞいていた。

 そんな冬空が窓の外に見える舞踏会のホールに、高らかに響くのはバイオリンの音色。疾走感のある旋律は聴く者の心を否応無しに高揚させ、沸き立たせる。

 やがてワンフレーズの演奏が終わると、バイオリン奏者ベンジャミン・モールディングは高らかな声で聴衆に言い放った。


「これより始まるは一人の乙女を賭けた、男達の戦い! この決闘の仕掛け人は、燃える赤毛の編入生ヒューバード・ディー! 彼に挑むは三人の勇気ある若者! 果たしてこの死闘を制し、乙女の寵愛を得るのは誰なのか! 絶対に譲れない男達の戦いが今ここに幕を開ける! おぉ、セレンディア学園創設以来初めての魔法戦による決闘を目撃する幸運をこの胸に焼き付け、我がバイオリンで感動を、興奮を、今ここに奏でようではないか! まずは第一楽章……」


 ベンジャミンが立つのは、ダンスホールの最奥にある壇上である。そこで熱弁を振るうベンジャミンに、観客席の生徒達は思い思いの歓声をあげた。

 観客席に座るエリオットは、モニカに同情の目を向ける。

 生徒会役員達は基本的に最前列に横並びに座っているが、モニカだけはその一つ後ろの列に座り、その両サイドに友人のラナとクローディアがモニカを挟むように座っていた。あんまりモニカの顔色が悪いから、フェリクスが友人と一緒の方が良いだろうと配慮したのである。

「ノートン嬢、息してるか? おーい?」

 エリオットは背後に座るモニカに声をかけたが、モニカはピクリとも動かない。

 エリオットがモニカの顔の前でヒラヒラと手を振ると、モニカの左隣に座るクローディアがボソリと言った。

「座ったまま気絶してるわよ」



 * * *



 ヒューバード・ディーが提案した決闘の噂は僅か三日で学園中が知るところとなり、多くの生徒達の憶測を呼んだ。

 その上で学園側が懸念したのが、この騒動を冷やかしにきた生徒が誤って結界の中に入り込み、巻き添えをくらうのではないか、という点である。

 そこで生徒会側は、この魔法戦を観戦できる場を設けることで、教師陣を納得させた。

 魔法戦は結界に遠視の術式を組み込めば、水晶玉に結界内の様子を映しだすことができる。その水晶玉を更に投影の魔導具にセットすることで、舞台に張った白く大きな布に映像を映しだすことができるのだ。

 かくしてダンスホールに、文化祭の野外ステージと同規模の観客席が設けられたのだが、詰めかけた生徒は予想以上の数だった。中には立ち見をしている者もいて、ちょっとしたお祭り騒ぎである。

 なんと言っても、この決闘に挑む面々が目立つ人間ばかりなのだ。


 とにかく素行が悪いが、七賢人の甥である、編入生のヒューバード・ディー。

 〈氷の貴公子〉と呼ばれ、学園でも屈指の実力者である生徒会副会長シリル・アシュリー。

 学祭で英雄役を演じ、一躍有名人となった、七賢人の弟子、グレン・ダドリー。

 そして、成績優秀なランドールからの留学生、ロベルト・ヴィンケル。


 しかも、シリルの参戦は生徒会長のフェリクスが命じてのものとなれば、シリルはフェリクスの代理も同然。生徒達がざわつくのも当然だった。

 フェリクスがこうしてわざわざ舞台を設けたのには、生徒達の安全確保以外にも理由がある。

 この騒動はもはや、隠すことは不可能。そこで内密に決闘をさせるのではなく、華やかな舞台として演出することで、モニカを悲劇のヒロインに仕立てあげようとしたのだ。

 それに一役買ったのが、新進気鋭の音楽家ベンジャミン・モールディングである。

 彼の些か大袈裟な台詞回しと秀逸な音楽は、この決闘をより舞台じみて見せることに一役買っていた。


 ……という諸々の事情があって現在に至るのだが、観客席に座る悲劇のヒロインは既に心身ともに限界を迎えようとしていた。

 その表情たるや、男達の決闘を見守るヒロインではなく、死刑宣告を受けた囚人か、臨終寸前の病人に近い。

 ラナ達の配慮で午後の授業をさぼり、仮眠をとっていなかったら、モニカはここまで歩いてくることもできなかっただろう。

 モニカがキリキリと痛む胃を押さえていると、隣に座るラナが「あっ」と声をあげた。彼女の視線の先を追えば、舞台の上の白い幕に、決闘の会場である森の映像が映しだされている。最初は上空から森を俯瞰した映像だったが、徐々に森をクローズアップしていき、そして一人の男を映しだす。

 それは今回の騒動を引き起こした張本人、燃えるような赤毛の男、ヒューバード・ディーだ。

 更に映像が切り替わり、今度は森の入り口付近に立つ三人の挑戦者、シリル・アシュリー、グレン・ダドリー、ロベルト・ヴィンケルを映した。

 魔法戦の結界が作動すると、基本的に物理攻撃は無効化され、魔力でしかダメージを与えられなくなる。そのため、武器の持ち込みは無意味なのだが、何故かロベルトだけは腰に剣をぶら下げていた。それ以外の者は基本的にいつもの制服姿で手ぶらだ。

 魔法戦の結界はその気になれば、痛覚を軽減したり、魔力量が一定数を切ると強制送還させる効果を追加できる。モニカが七賢人選抜試験で使用した時の結界がそうだ。

 だが、その手の追加効果を付与するためには、膨大な魔力と結界維持のための魔導具が必要になる。

 セレンディア学園の訓練場に張られている結界は、痛覚の軽減や強制送還の効果を付与することはできないらしい。つまり、ダメージを受ければその分の痛みを伴うのだ。

 結界内では攻撃を受けても肉体が傷つくことはなく、その分の魔力が減るだけなのだが、魔力が限界ギリギリまで減り、意識を失うまで魔法戦は終わらない。

 怪我をすることはないだろうが、シリル達が痛い思いをするかもしれない──そう思うだけで、モニカの体はひやりと冷たくなった。

「ねぇ、そもそも、あのディーっていう人、そんなに強いの? 三対一になるわけだけど」

 ラナの言葉にモニカは言葉を詰まらせる。

 ヒューバードについて、どこまで話して良いものだろうか。下手に話しすぎると、モニカがミネルヴァにいたことがバレてしまう。

「えっと、よく分からない、かな……」

 モニカがもごもごと口ごもりながら言えば、クローディアが陰鬱な顔で呟いた。

「……〈砲弾の魔術師〉の甥なんだから、武闘派なのは間違いないでしょうね」

 ヒューバードの叔父にあたる〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンは、七賢人の中でも屈指の火力を誇る武闘派魔術師である。

 彼が得意とする六重強化した攻撃魔術をまともに防げるのは、同じ七賢人の〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーぐらいのものだ。

 だが、ヒューバードの戦闘スタイルは一発に威力を込める〈砲弾の魔術師〉とは真逆で、どちらかと言うと手数を重視している。

(単純に魔力量だけを見れば、グレンさんやシリル様の方が上だけど……)

 モニカは不安で仕方がなかった。


 ──ヒューバード・ディーが本当に得意なのは「魔術」ではない。「狩り」なのだ。



 * * *



 魔法戦はセレンディア学園のすぐそばにある森の中で行われる。ヒューバードは先に森の奥まで移動しており、グレン、シリル、ロベルトの三人は開始の鐘が鳴るまで、森の入り口付近で待機していた。

 グレンは軽く膝を曲げ伸ばして準備体操をすると、先ほどから疑問に思っていたことを口にする。

「魔法戦の結界の中って、物理攻撃はできないんっスよね?」

「何を今更。まさかそんなことも知らなかったのか?」

 辛辣なシリルに、グレンは慌てて言葉を返す。

「勿論知ってるっスよ! そうじゃなくて、そっちの人!」

 そう言ってグレンが指差したのは、革のグローブを手にはめて、指を曲げたり伸ばしたりしているロベルトである。

 ロベルトはグローブから顔を上げて、グレンを見た。

「自分が何か?」

「魔法戦では、剣は役に立たないっスよ? 結界に弾かれちゃうっス」

「承知しています。問題ありません」

 グレンはロベルトのことをよく知らない。ただ、ランドール王国からの留学生で、モニカとは選択授業が一緒なのだということだけは聞いていた。

 ロベルトはグレンより年下らしいが、背丈はグレンとさほど変わらない。何より筋肉の厚みが違う。あれは日頃から鍛えている者の体だ。

 グレンが密かに感心していると、シリルがロベルトを一瞥して、ボソリと呟いた。

「……魔法剣か」

「はい、その通りです」

 ロベルトはコクリと頷き、腰の剣を抜く。剣は鍔から親指一本ほどの長さのところで、鋼が途切れていた。だが、ロベルトが詠唱をすると、途切れた部分から水が溢れ出し、剣の形になる。

 魔法剣という技術については、グレンもルイスから少しだけ教えてもらったことがある。

 主に隣国のランドール王国騎士団で使われている技術で、ロベルトのように剣先から魔力で刃を作る者もいれば、柄の部分も魔力で作る方法や、普通の剣に付帯魔術をかけて強化する方法など、様々なバリエーションがあるらしい。

「それって、普通の剣に付帯魔術をかけるんじゃダメなんスか?」

「付帯魔術に耐えられる剣は、非常に稀少ですので。柄の部分から魔術で作る者もいますが、自分は握り慣れた柄を使いたいので、このやり方です」

 グレンがなるほどと感心していると、ロベルトは魔法剣を元に戻し、親指一本分の長さの鋼を鞘に納めながら言った。

「初めに宣言しておきます。自分は、ヒューバード・ディー先輩を倒し、モニカ嬢には我がチェスクラブに来ていただくつもりです。ですので、ヒューバード・ディー先輩を仕留める役目は、お二人には譲れません」

 この宣言にシリルが細い眉をヒクリと動かし、ロベルトを睨みつけた。

「聞き捨てならんな。ノートン会計は生徒会の人間だ。よそのクラブに譲るのは、殿下の意向に反する」

「この決闘はモニカ嬢の身柄を賭けたもののはずです。ならば何も問題は無いかと」

「勝手にルールをねじ曲げるな!」

 シリルは心底不快そうに鼻の頭に皺を寄せる。彼の周囲には、既にひんやりと冷たい魔力が漂い始めていた。

「ヒューバード・ディーを討つのは、殿下から命じられた私の役目だ。貴様らは指をくわえて見ているがいい」

「ちょーっと待った! あの先輩をぶっ飛ばすのは、オレに譲ってほしいっス! あの人は……絶対にオレが倒さなきゃいけないんだ!」

 グレンがいつもより強い口調でそう主張すれば、今度はロベルトが口を挟む。

「いいえ、あの人を討つのは自分です」

「私だ!」

「オレっス!」

 三人はしばし睨み合っていたが、誰一人として引く気配はない。

 となれば結論は一つだけ──この魔法戦は誰がヒューバード・ディーを討つか、早い者勝ちの勝負なのだ。

 かくして、三人の挑戦者達がこれっぽっちも協力する気配を見せぬまま、魔法戦が始まろうとしていた。








「ところで、試合前にこれだけは訊いておきたいんスけど」

「奇遇だな、私もだ」

 そう言ってグレンとシリルは、ロベルトを──具体的には、彼の剥き出しになった二の腕を見た。

「なんで袖まくってるんスか?」

「今は真冬だぞ。寒くないのか」

 訝しげな二人に、ロベルトは二の腕に力を込め、筋肉を隆起させて言う。


「男性的魅力のアピールです」


 二人は聞かなかったことにした。


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