【番外編14】茨の魔女は友達が欲しい
ラウル・ローズバーグのご先祖様である初代〈茨の魔女〉は、この国で知らない者はいないぐらい有名で偉大な魔術師だ。
植物を自在に操るだけでなく、数多くの魔術式を開発した大天才でもあり、現代では禁じられている「黒炎」すらも使いこなして多くの竜を屠ったのだという。
だが彼女がただの英雄だったかというと、そうでもない。
寧ろ〈茨の魔女〉の武勇伝には、彼女の傍若無人な振る舞いが常にセットで語られてきた。
気に入らない者は魔術の実験台にしただの、若い男の生き血をバラに吸わせただの。どこまでが事実かは定かではないが、少なくとも当時の国王が〈茨の魔女〉の言いなりだったのは事実らしい。
言いなりだったのは国王だけではない。
〈茨の魔女〉はこの世の者とは思えぬほど美しく、男達は誰もが彼女の美貌に骨抜きだった。
絶大な魔力と絶世の美貌を持ち、国を牛耳った伝説の魔女。それがラウルのご先祖様だ。
先祖譲りの美貌と魔力を持って生まれたラウルは、物心ついた頃からローズバーグ家の跡取りとして大事に育てられてきた。
ローズバーグ家の大人達は、ことあるごとにラウルを先祖返りだと言い、初代〈茨の魔女〉がいかに優れた人物だったかを語る。だけど、ラウルはどうしてもそれに納得できなかった。
ローズバーグ家の人間は皆、初代〈茨の魔女〉を褒め称えるけれど、街の子ども達はみんな〈茨の魔女〉は悪いやつだと言う。
実際にご先祖様のしてきたことを書物で読めば、街の子ども達の方が正しいのは明白だ。
友達が欲しかったラウルは、よく修行の合間に街へ出かけ、他の子ども達に話しかけたりした。でも、誰もラウルの友達になってくれない。
ラウルはおっかない魔女の末裔だから遊びたくないと、誰もが口を揃えて言う。
ならば素性を隠して友達を作ろうとしたけれど、素性を隠すにはあまりにもラウルの容姿は目立ちすぎた。
伝承で語られる初代〈茨の魔女〉と同じ、薔薇色の巻毛と翡翠色の目。際立って美しすぎる顔立ち。
ローズバーグ家の人間はその容姿を絶賛したけれど、街の人間にとって、あまりに美しすぎる少年は異質でしかなかった。
ローズバーグ家の人間以外でラウルを可愛がってくれたのは〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイぐらいのものだ。
(みんなみんな、オレのご先祖様のことを大袈裟に語りすぎなんだ)
だから、幼いラウルは一生懸命知恵を絞った。
少しでもご先祖様の印象が変わるようにと、オレは〈トイレの魔女〉の末裔なんだぜ、なんて言ってみたりもした。それでもやっぱり、周囲の認識は変わらない。
大人達はラウルに「それだけの魔力量があるのなら、攻撃魔術を極めろ」と言ったけど、それもラウルは全て無視した。ラウルの魔力量で攻撃魔術なんて極めたら、ますます周囲から怖がられてしまうではないか。
それよりも、この魔力を使って大きな花壇や畑を作るのだ。そこで綺麗な花や美味しい野菜を沢山作って、困っている人にプレゼントすれば、きっと〈茨の魔女〉の印象も変わるはずだ。
そう考えたラウルは、せっせと畑仕事に精を出した。そうして、知り合った人に手作りの野菜をプレゼントしてみたりもした。
だけど、誰もラウルの友達になってくれない。ラウルのことを恐ろしい魔女の子孫だと避けて通る。
十六歳の誕生日を少し過ぎた頃、ラウルは五代目〈茨の魔女〉の名を襲名し、七賢人になった。人々は最年少の七賢人だとラウルを褒めちぎったが、友達になってくれる者はやっぱり誰もいなかった。
どうせなら〈茨の魔女〉ではなく〈茨の魔術師〉と名乗りたいとラウルは主張したが、そんな些細な願いすら、親族達は認めてはくれない。ローズバーグ家にとって〈茨の魔女〉とは特別な名前であり、称号でもある。だから〈茨の魔女〉の名は途絶えてはいけないというのだ。
そうして七賢人〈茨の魔女〉になったラウルは、同じ七賢人に比較的年の近い男がいることに気がついた。
当時十八歳だったその男の名は〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライト。
ローズバーグ家に並ぶ名門オルブライト家の人間なら、自分の苦労を分かってくれるかもしれない。仲良くなれるかもしれない。
そんな期待を込めて、ラウルはレイに話しかけた。
「やぁ、オレは五代目〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグ! よろしくな!」
目を輝かせて握手を求めるラウルに、レイはこの世の終わりのような顔で一言。
「顔の良い男は呪われろ……」
ラウルはその暴言を聞かなかったことにして、自慢の野菜を差し出した。
「野菜食べる?」
「……いらない……あぁ、健康的でいかにも太陽の下が似合いそうな感じが、すごく相入れない……目が……目が潰れる……うっ……」
それ以来、ラウルは殆どレイと口をきいていない。
そもそもレイは七賢人会議のサボり常習犯だったので、顔を合わせる機会すら、あまり無かったのだ。
その一年後、七賢人が二名入れ替わった。
新しく加わったのは〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーと、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット。
特に〈沈黙の魔女〉はラウルの二歳年下の十五歳。彼女は一年前にラウルが打ち立てた、最年少七賢人の記録を更新したことで話題となっていた。
天才と呼ばれる〈沈黙の魔女〉なら、自分のことを怖がらずに仲良くなってくれるかもしれない!
ルイスとモニカが初めて参加する七賢人会議の日、ラウルは意気揚々とモニカに話しかけた。
「やぁ、オレは〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグ! 若者同士仲良くしようぜ! よろしくな!」
「………………」
「あっ、お近づきの印に野菜やるよ。はい」
ラウルが人参を差し出すと、モニカは「はひゅぅ」という奇声を発し、白目を剥いて気絶した。
後で知ったことだが、彼女は酷い人見知りで、初対面の相手とはまともに話ができないらしい。そう言えば、七賢人選抜面接でも〈沈黙の魔女〉は過呼吸を起こして倒れている。
結局その後も、ラウルはモニカと話をする機会は殆どなかった。
引きこもり気質のモニカは一年の殆どを山小屋で過ごしていて、七賢人会議に殆ど顔を出さなかったのである。
* * *
新年の儀の宴会場で、ラウルは大皿いっぱいに料理を乗せると、壁際にうずくまっているレイに声をかけた。
「やぁ、レイ。ご飯はもう食べたか? この肉のソースすごく美味しいぜ。うちの野菜と合いそうだなぁ。人参をポケットに入れて持ってくれば良かった」
「……宴会場に自分の野菜を持ち込んでも怒られないという謎の自信が妬ましい……自分に自信がある顔の良い男なんて、みんな滅びればいい……」
「そういえばさぁ、さっきモニカの手がピカーって光ったやつ。あれ、レイの仕業だろ?」
「……しかも人の話を聞かない……これだから、自分が世界の中心だと思ってる奴は……」
「なぁなぁ、あれってどうやったんだ?」
ラウルの翡翠色の目は好奇心でキラキラと輝いていた。まるで知りたがりの子どもだ。
レイは舌打ちをして、ボソボソと小声で答えた。
「……『体の一部が発光する呪い』をかけただけだ」
「なんだそれ、カッコいいなぁ! なぁなぁ、オレにもかけてみてくれよ。どうせなら全身ピッカピカにしようぜ! 夜に庭の手入れをするのに良さそうだ!」
「……お前なんて、虫にたかられてしまえ……」
レイはじっとりと湿っぽい目でラウルを睨みながら、またブツブツと恨み言を口にする。
だが、ラウルは気にすることなく皿の料理を頬張った。
レイが口にする言葉に好意的なものなど何一つないが、それでもレイは〈茨の魔女〉を恐れたりしない。それはモニカにしても同じだ。二人ともラウルのことを怖がったりはしない。
(うん、こういうのって、なんかすごく友達っぽい)
ラウルは満足げに頷きながら、次は友達と何をしようか考え始める。
やっぱり一度はやってみたかったのが、友達を我が家にご招待だ。是非ともラウル自慢の庭園を案内したい。ローズバーグ家の庭は、それはそれは立派なのだ。最近はラウルの趣味で半分ぐらい野菜畑と化しているけれど。
そうだ、自慢の野菜を二人に食べてもらいたい。特に今年はキャベツの出来が良いのだ。
「よし、次は一緒にキャベツの収穫しようぜ! 上手な収穫の仕方を教えてやるよ!」
もうやだこいつ、とレイは死にそうな顔で呟いていたが、キャベツの収穫の仕方について語るラウルの耳には届いていなかった。