【11ー6】ボッチトリオ結成
ライオネルが立ち去ると、シリルは「私もそろそろ失礼します」と言って、モニカ達に頭を下げた。
どうやら養父であるハイオーン侯爵を待たせているらしい。
「改めて、魔法伯に対する非礼をお許しください」
「いいって、いいって。一番失礼なのはこいつだし」
こいつ、と言ってラウルが指さしたのはレイである。
レイは男性を口説いてしまったことが余程ショックだったらしく、いまだにうずくまってブツブツと恨み言を口にしていた。
なるほど、レイの振る舞いに比べれば、大抵のことは些事である。
シリルはレイに色々と言いたいことがあるのだろうが、言葉を飲み込み目を伏せた。
「……では、失礼いたします」
そう言って立ち去る寸前に、シリルはモニカを──〈沈黙の魔女〉を見た気がした。
だが、フードを目深に被っていたし、声も発していないので、きっと正体はバレていないはずだ。
(と、とりあえず、この場はやりすごせた……)
モニカが額に浮かんだ汗をこっそり拭っていると、ガラガラという音がした。ラウルがどこからともなく台車を持ってきたのだ。
木の板に車輪と持ち手を付けただけの簡素なそれをレイのすぐそばに止めると、ラウルは「よっ」と軽い声をあげてレイを持ち上げる。痩せ型とはいえ成人男性一人を軽々と持ち上げる腕力は、とても魔術師とは思えない。普段から庭仕事で鍛えているのだろう。
ラウルは膝を抱えているレイを台車に乗せると、爽やかに笑った。
「じゃあ、オレ達も戻るか! あっ、キミも乗るかい?」
「い、いえ、自分で……歩きます……」
モニカが辞退すると、ラウルはレイを乗せた台車を押して歩き出した。モニカもその後に続いて歩きだす。
ラウルは鼻歌まじりに花壇の間を歩いていたが、ふと思い出したようにモニカを振り返った。
「そういえば、キミはハイオーン侯爵んとこの息子さんとは、知り合いなのかい?」
「えっ!? い、いいいいいいいいえっ、ちががっ、違いまひゅっ!」
「ふーん、さっきやけに必死にフォローしようとしてたから、知り合いなのかと思ったぜ」
モニカがセレンディア学園に潜入していることを知っているのは、七賢人の中でもモニカとルイスだけなのだ。絶対にバレるわけにはいかない。
更に踏み込んで質問をされたらどうしようと、モニカは内心ハラハラしていたが、ラウルはもうその話題には興味を失ったらしい。基本的に猫のように気紛れでマイペースな男なのだ。
花壇の角を一つ曲がったところでラウルは足を止めると、ポケットから小ぶりの剪定バサミを取り出した。
そうして彼は花壇に咲く黄色いバラを一つ剪定し、パチパチと刺を落として、モニカに差しだす。
「やるよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
何故、突然バラをモニカにくれたのか?
嬉しいという気持ちよりも戸惑いの方が強いモニカに、ラウルは人懐こい猫の顔で微笑んだ。
「実はオレ、植物の声が聞こえるんだ」
「………………え?」
「そのバラがこう言ってる。『〈沈黙の魔女〉と〈深淵の呪術師〉が、みんなに内緒で面白そうなことをしてる』……って」
ラウルが緑色の目を細めれば、それだけで背筋がゾクリと震えるような凄みがあった。
ラウル・ローズバーグは普段は陽気で能天気な男だが、先祖譲りの美貌と国内トップの魔力量を持ち、弱冠十六歳で名門ローズバーグ家の当主となった大天才である。
そんな男が笑顔にほんの少しの威圧感を滲ませれば、それだけでモニカの全身に冷たい汗が浮かんだ。
(〈深淵の呪術師〉様との会話を、聞かれた……!?)
ラウルに植物の声を聞く能力があるなんて、聞いたことがない。
だが、初代〈茨の魔女〉の再来と呼ばれているこの男なら、あるいは……。
「……うっかりしてたな。集音魔術か」
ボソリとそう言ったのは、台車の上でうずくまっていたレイだった。
レイはのろのろと立ち上がると、モニカの手の中から黄色いバラを抜き取り、握り潰す。ただそれだけのことで、バラはたちまち干からびた。
レイは己の全身に呪術を刻み、それらを全て制御している。おそらく今は「手で触れたものを枯らす呪い」を一時的に発動させたのだろう。
この、己の体に刻んだ数多の呪いを自在に操る能力こそ、オルブライト家当主の証。
レイもまた、ローズバーグ家のラウルに劣らぬ名門の当主なのだ。
レイは枯れたバラを放り捨てると、ラウルをじとりと睨みつけた。
「この庭園の植物には、お前の魔力がたっぷり染み込んでいる……この魔力の染みた花を中継地点にして、高精度の集音術式を起動したんだろ」
集音術式とは、周囲の音を集める術式だ。盗聴などに使えて便利なのだが、その扱いは非常に難しい。
たまにルイスの契約精霊であるリンが使うが、それはリンが魔力操作に長けた高位精霊だからできることである。
ラウルは剪定バサミをポケットにしまうと、残念そうな顔で肩を竦めた。
「バレちったか〜。でも、『植物の声が聞けるんだ』の方が、〈茨の魔女〉って感じがするだろ?」
「……何を企んでる? 答え次第じゃ、一日一回、足の小指を机の角にぶつける呪いをかけてやる」
レイが杖を掲げると、ラウルは降参とばかりに両手を挙げた。
「別にキミ達の話を盗み聞きしようと思ってたわけじゃないんだぜ。あの時は猫を探してたんだ。殿下んとこのローデヴェイクが木の上にいたから、もしかしたら他の二匹も脱走してんじゃないかと思ってさ。それで庭の音を聞いてたんだよ。そしたら偶然、二人の会話が聞こえたってわけだ」
「……どこまで聞いた?」
「呪竜騒動はクロックフォード公爵が仕掛けた茶番劇かもしれないってことと……あとは、レイがオレのことを気に入らないってボヤいてたとこまで」
爽やかに答えるラウルに、レイは心底嫌そうな顔で「……だからこいつは気に入らないんだ」と吐き捨てる。
モニカは思わず杖にすがりつくようにして、体を震わせた。
クロックフォード公爵について嗅ぎ回っていることを、ラウルに知られてしまった。
ラウルは第一王子派でも第二王子派でもない、いわゆる中立派だが、それでもクロックフォード公爵を敵に回そうとしているモニカとレイを見逃してはくれないだろう。
「わ、わたし達のことを、他の七賢人の方にも、話すつもり……です、か?」
モニカが震えながら問えば、ラウルはあっさり首を横に振る。
「いいや。面白そうだから、オレもまぜてくれよって言いたくて」
いつもと変わらぬあっさりとした口調に、モニカはやや拍子抜けしたが、レイは警戒心に満ちた目でラウルを睨んでいた。
「……俺は知っている……この手のタイプは気紛れで他人に愛情を与えて、気紛れで他人の愛情を裏切るんだ……」
「いや、別に愛してはいないって」
「……そうやって愛してる振りをして近づいて、俺達を裏切り、絶望のどん底に叩き落とそうとしているんだろう、そうだろう。顔が良くてモテる奴はみんなそうなんだ。の、ろ、わ、れ、ろ……」
「うーん、オレって本当にキミに嫌われてたんだなぁ。オレはさぁ、ただ面白そうだなーと思っただけなんだ。この国一番の権力者の裏の姿に迫る! なんてカッコいいじゃんか」
ラウルはいかにも裏表の無さそうな口調で言うが、モニカも素直に信じることはできなかった。
モニカはラウルとそれほど付き合いが長いわけではないが、それでも彼が気紛れな人間だということは、なんとなく分かる。だから、どこまで信じて良いのか分からない。
呪竜とクロックフォード公爵の件は、モニカにとっては父の死の真相を知ることに、レイにとってはオルブライト家の名誉を守ることに繋がる。
だが、ラウルが得られるものは何も無い。精々、彼の好奇心が満たされるだけだ。
モニカとレイの警戒心に、ラウルは少しだけ眉を下げて頬をかく。
「キミ達にとっても悪い話じゃないぜ。オレはクロックフォード公爵家の、庭園の手入れもたまに頼まれてるから、公爵家の使用人に話を聞けるし、なんなら潜入だってできる……どうだい?」
レイもモニカもクロックフォード公爵家にはコネがないので、ラウルの提案は非常に魅力的だ。
それでも、良くも悪くも臆病で慎重なモニカとレイは、ラウルを信じることができなかった。
二人が懐疑的な目でラウルを見ていると、ラウルは不貞腐れたように唇を尖らせる。
「あー、もう! キミ達は疑り深いなぁ! ケチケチしないでオレも混ぜてくれよぉ! 今までみんなご先祖様の名前にビビって友達になってくれなかったからさぁ、年の近い七賢人なら友達になってくれると思ったのに、キミ達二人とも全然会議に顔出さないし! 久しぶりに会えたから、今日こそ仲良くするぞーって張り切ってたら、二人だけで何かやってるし! ずるいだろう!」
モニカとレイは思わず絶句した。
子どもみたいなことを言うラウルに、ローズバーグ家当主〈茨の魔女〉の面影はない。まるで駄々っ子だ……一応モニカよりは年上の筈だけど。
膨れっ面をするラウルに、レイが神妙な面持ちで言った。
「……友達がいないやつは、良いやつだ」
「え、えっと……よ、よろしくお願いします」
謎のシンパシーを感じているレイの横で、モニカがぎこちなくそう言えば、ラウルは「やったぜ!」と子どもみたいな顔でガッツポーズをした。




