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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第11章「王宮編」
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【11ー1】ちょっと男子ぃ〜

 リディル王国は冬至の翌日を新年と定めており、この日から一週間、城では新年の儀が行われることになっていた。

 新年の儀は初日に宮廷貴族達を招いての式典が行われ、それから一週間かけての宴会になる。この宴会に国内の貴族達は交互に訪れ、国王に挨拶をしていく……というのが、例年の流れだ。

 だが、今年は国王が病床に伏しているため、式典も宴会も規模を縮小して行われるのだという。

 国王が表に出ることができぬため、新年の儀の式典を取り仕切るのは第一王子、宴会を取り仕切るのは第二王子と役割分担されているらしいのだが、ここでも第一王子派と第二王子派の貴族達が、互いに睨みをきかせ合っている。そのせいか、王宮の空気は例年よりもピリピリしていた。

 七賢人であるモニカは新年初日の式典から、その後一週間続く宴会まで全てに参加しなくてはいけない。

 昨年はうっかり魔術式開発に夢中になって、式典を危うくすっぽかしかけたが、今年は余裕を持って城に到着していた。



 一年で最も夜の長い冬至の夜、闇の精霊王エルディオーラが眠りにつき、そして冬至の後の日の出と共に、光の精霊王セレンディーネが目を覚ます。

 セレンディーネの目覚めとも呼ばれる新年の日の朝、モニカは城の客室で日の出と共に目を覚まし、余裕を持って身支度を済ませた。

 七賢人のために用意された城の客室は非常に豪華なつくりをしていて、何回訪れても緊張せずにはいられない。モニカは枕元に少ない荷物を置いており、家具は殆どベッドしか使っていなかった。

 モニカは枕元の荷物袋の中から、正装用のローブを取り出す。

 七賢人用のローブは普段使い用と正装用とがある。どちらも紺色に金糸銀糸の刺繍を施した豪奢な物なのだが、正装用は特に刺繍も華やかで装飾も多い。

 あまり表舞台に出ないモニカは、年に一回、この新年の儀ぐらいでしか着ることの無いローブである。

 慣れない装飾にもたつきつつ、なんとか着替えを終えて、モニカはベッドの上で丸くなっているネロを見た。

 ネロは今も丸くなってスヤスヤと眠っている。ヒルダの家に滞在していた間もそうだが、まるで起きる気配がない。

 モニカはネロに毛布をかけ直すと、フードを目深に被り、杖をしっかりと握りしめて部屋を出た。



 城に滞在する上で、モニカが一番神経を尖らせていたのが、フェリクスと遭遇しないかという点である。

 だが、フェリクスは新年の儀の宴会の準備で忙しいらしく、今のところ殆ど見かけることはない。

 それでも油断は禁物と、モニカはフードが外れぬよう気を付けながら、俯きがちにコソコソと移動した。

 モニカが向かっているのは、リディル王国城内の西端にある「翡翠の間」と呼ばれる部屋である。

 複数の結界が張り巡らされたその部屋は、基本的に七賢人と国王しか入室を許されない。

 普段は七賢人が集まって会議をする時などに使われる部屋なのだが、新年の儀が始まるまでの間、七賢人達は翡翠の間で待機することになっていた。

(他の七賢人の皆さんは、もう到着されてるかな……?)

 扉の上の紋章に杖の先端で触れ、七賢人であることを証明すると、扉の鍵は自動的に解除された。

 モニカは少しだけ緊張の面持ちで、扉を開き……。


「ドッカーン!」


 突然目の前に迫ってきた火球に目を剥き、反射的に無詠唱魔術で防御結界を張った。

 防御結界は間一髪で間に合い、火球はモニカの目の前で霧散したが、驚きのあまりモニカは思わずその場に腰をぬかす。

「……へ……ぁ、ぅ……ぇ?」

 へたりこんだまま、ろくに声も出ないモニカに歩み寄ってきたのは、口髭と顎髭を生やした黒髪の大男だった。

「おぅ、悪いな沈黙の! 流れ弾がそっちに行っちまってよぉ」

 ガハハ、と豪快に笑うその男の名は、〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストン。

 七賢人の中で、最も火力の高い攻撃魔術を得意とする魔術師である。

「ちょっと男子ぃ〜。そーいうのは外でやりなさいよ〜。モニカちゃんがビックリしてるじゃない〜」

 〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが唇を尖らせて文句を言えば、ブラッドフォードは頭をガリガリとかきながら弁明した。

「いやぁ、悪い悪い。新年一発目に強敵とドッカンドッカンやりたくてよぉ。結界のに、挑戦状がてら一発かましたら、結界を張りもせずに避けやがって」

「当たり前です。なんだって新年早々、魔力の無駄遣いをしなくてはならないのですか」

 椅子に腰掛けて枝毛の手入れをしながら、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが気怠げに言う。

 このやりとりで、モニカは大体の事情を察した。

 血気盛んなブラッドフォードが、新年早々ルイスに勝負を挑み、室内であるにも関わらず攻撃魔術を撃ったのだ。ルイスはそれを回避し、結果として流れ弾が扉を開けたモニカに直撃した。

 翡翠の間は強力な防御結界で守られており、室内で攻撃魔術を使っても壁や扉が傷つくことはない。

 それでも室内で攻撃魔術をぶっ放す怖いもの知らずは、ブラッドフォードぐらいのものであろう。

 モニカがへたりこんだまま呆気にとられていると、〈宝玉の魔術師〉が、甲高い声で割り込んできた。

「あぁ、まったく! 何を考えているのですか、〈砲弾の魔術師〉殿! 無詠唱魔術の名手である〈沈黙の魔女〉殿だからこそ、無事で済んだものの、あれが陛下だったらどうするおつもりだったのです!」

 どこか芝居がかった口調でそう捲し立てたる〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンは、五十過ぎの鷲鼻の男である。

 二つ名をそのまま体現するかのように、全身をジャラジャラと装飾品で飾り立てたエマニュエルに、ブラッドフォードは、ガハハと豪快に笑い返した。

「そんなにカッカすんなよ、宝玉の。それに、もし扉の向こう側にいるのが陛下だったら、結界のが上手いことどうにかしてただろ」

「あまり過信されても困りますなぁ」

 ブラッドフォードの言葉にルイスはやる気なさげな顔で呟いて、今度は爪を磨き始める。

 その心底どうでも良さそうな態度を見て、モニカは確信した。ルイスは扉の向こう側にモニカがいることに気付いていて、その上でブラッドフォードの攻撃を避けたのだ。モニカなら無詠唱魔術でどうにかできるだろうと確信して。

(ひ、酷すぎるぅぅぅ……)

 モニカが半泣きになりながら、よろよろと起き上がると、エマニュエルが全身の装飾品をジャラジャラ鳴らしながらモニカに向き直った。

「おぉ、お怪我はありませんか、〈沈黙の魔女〉殿!」

「だ、だだ、だい、じょうぶ、でふ……」

 エマニュエルはモニカの手を引いて立たせてやると、忌々しげにブラッドフォードとルイスを睨んだ。

「あぁ、まったく、伝統あるこの『翡翠の間』で私闘の真似事など、〈砲弾の魔術師〉殿と〈結界の魔術師〉殿は、どういう神経をしておられるのやら!」

 やはりエマニュエルの言葉は、どこか演技臭さがあった。どうやらブラッドフォードの悪癖にかこつけて、ルイスのことも批判したくて仕方がないらしい。エマニュエルはルイスのことを何かと目の敵にしているのだ。

 ルイスはエマニュエルなど見向きもせず、磨いた爪にふぅっと息を吹きかけた。

「神経が図太いのは、このオッサンだけです。私は巻き込まれただけでしょう」

「大抵のやつは、宝玉のより神経が太いと思うがな。おぅ、細かいことにいつまでも拘ってると、禿げるぞ」

 ブラッドフォードの言葉に、エマニュエルがひくひくと頬を引きつらせれば、ルイスが白い歯を見せて爽やかに笑った。

「はっはっは。ストレス知らずの〈砲弾の魔術師〉殿は、いつ見ても若々しくて羨ましいかぎりですなぁ」

「おぅよ。ふさふさの秘訣は、やりたいことをやることだ」

「……だそうですよ、〈宝玉の魔術師〉殿?」

 ルイスがそう言ってニッコリ微笑めば、最近生え際が薄くなってきたエマニュエルは、こめかみに青筋を浮かべた。

 モニカはこの構図を知っている。

 初等科で、いつも喧嘩している悪ガキ二人が、口うるさい教頭を前にすると結託するあの光景だ。とても七賢人の集いとは思えない。

 エマニュエルが爆発してしまうのではないかと、モニカがハラハラしていると、エマニュエルはゴホンと咳払いをして、モニカを見た。

「まったく、野蛮な方ばかりで困りますなぁ、貴女もそう思いますでしょう? 〈沈黙の魔女〉殿?」

「え……あ……えっと……」

「そうそう、なんでも先日はフェリクス殿下と共に呪竜を退治されたとか! 実に素晴らしい! フェリクス殿下を身を呈して守られたという貴女の話を聞いた時は、同じ七賢人として誇らしく思ったものです!」

「……あの……その……」

「ウォーガンの黒竜に続き、レーンブルグの呪竜まで! 二大邪竜を退けた貴女は英雄と呼ばれるに相応しい、歴史に残る魔術師ですぞ! 共闘したフェリクス殿下も、さぞお喜びになられたことでしょう!」

 露骨にモニカを褒めちぎるその態度は、モニカに取り入ろうという本音が透けて見えた。

 〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンは、クロックフォード公爵と懇意の第二王子派だ。フェリクスを次期国王に据えたいと考えている彼は、フェリクスと共に呪竜と戦ったモニカを自陣営に引き込みたいのだろう。

 七賢人の中で第一王子派がルイス、第二王子派がエマニュエル。それ以外の五人はほぼ中立派だ。

 だからこそ一人でも第二王子派が増えれば、パワーバランスが大きく変化する。

 モニカが返す言葉に悩んでいると、それに気づいたメアリーが、おっとりと助け舟を出してくれた。

「ね〜え〜。モニカちゃん。ここに来るまでに、ラウルちゃんは見なかったぁ?」

「い、いえ、〈茨の魔女〉様は……お見かけしてない……です……」

「まぁ〜困った子ねぇ。ねぇモニカちゃん。ちょっと、お散歩がてらラウルちゃんを探してきてくれない? あの子のことだから、きっと庭園のどこかにいると思うのよぉ」

 正直この気まずい室内の空気に耐えられなかったので、モニカはメアリーの頼みに一も二もなく頷いた。

 メアリーはニッコリ微笑み、今の今まで机に突っ伏して寝ていた〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトの肩を揺さぶる。

「レイちゃんも一緒に行ってらっしゃいな。ちょっとお散歩がてら日の光を浴びて、寝ぼけた頭を覚醒してらっしゃいよ」

 メアリーに起こされたレイは、不気味なほどゆっくりと顔を上げると、虚ろな目で宙を見つめて口元に不気味な笑みを浮かべた。

「……散歩……二人で散歩……女の子と二人で散歩をすることをお散歩デートと言うんだろう。いいな、お散歩デート。すごく健全だ。俺が、呪術師のこの俺が、健全に愛されてる感じがしてイイ。すごくイイ」

 今日も〈深淵の呪術師〉の愛されたがり癖は、絶好調らしい。

 レイの笑い方に不穏な空気を感じなくもないが、レイと二人きりで話ができるのは、モニカにとって都合が良かった。ピーター・サムズと、その遺品の呪具について訊ねるチャンスだ。

 モニカはレイにペコリと頭を下げる。

「え、えっと、〈深淵の呪術師〉様、ご一緒していただいても、よ、よろしいで……しょう、か……」

 レイはギラギラと底光りするピンク色の目でモニカを見つめ、一歩、また一歩と距離を詰めた。その距離の詰め方が、また怖い。

「……俺のこと愛してる?」

「そ、尊敬してますっ!」

「敬愛は?」

「敬愛してます!」

「純愛は?」

「じゅ、純愛? 純愛? ……純愛って……純愛って、なんですかぁ!?」

 涙目で叫ぶモニカに、他の七賢人達は一斉に同情の目を向ける。

 あまり一致団結しない七賢人年長組の心が、一つになった瞬間であった。主にモニカへの同情心で。


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