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【番外編12】モニカの帰省(後編)

 エヴァレット家でモニカが使っていた部屋は、半分ぐらい物置代わりにされていたが、それでも寝台や机はそのままで、掃除もきちんとされていた。

 モニカは胸に抱いていたネロを寝台に移した。ネロはエヴァレット家に着いてから、一度も起きる気配がない。本当にこのまま春が来るまで起きないのかもしれない。

 話し相手がいないことを「寂しい」と感じる自分にモニカは素直に驚いた。

 山小屋で一人で暮らしていた頃は、寂しいなんて思ったことがなかったのに……いつのまにか、ネロのいる生活にすっかり慣れていたらしい。

「うんと温かくしたら、起きてくれるかな?」

 モニカは毛布を寄せてネロにかけてやり、毛布の上からネロの体を撫でてやったが、やっぱり起きる気配はなかった。

 モニカはしばしネロを撫で続けていたが、やがて静かに立ち上がると、紙とペンを取り出して、文机の前に座る。

 寝る前に、ここ最近の出来事や疑問点を紙に書き出して整理したかったのだ。

(まずは実際に起こったこと……)


 * * *


【起こったこと】

 七年前:

 お父さんが「一級禁術研究罪」で処刑される。


 一週間前:

 レーンブルグ公爵領に呪竜が現れる。呪竜は、呪術師が仕掛けた呪術の仕業。

 犯人の呪術師は、レーンブルグ公爵家の使用人ピーター・サムズ


 * * *


 父が処刑された件と、呪竜事件。この二つに関わっているのが、ピーター・サムズという男だ。

 続いてモニカは、思いついた疑問点をどんどん書きだしていく。


 * * *


【疑問点】

・ピーターは幼竜に呪具を仕込むことで、呪竜を作ろうとした → 何故、呪竜を作る必要があったのか?

・お父さんを「閣下」に売ったという発言 → 「閣下」とは、レーンブルグ公爵のことか? また、お父さんを売った理由とは?

・ピーターの背後には、権力者がついている → その権力者=「閣下」? 「閣下」なる人物がピーターに手を貸す理由とは?

・ピーターは錯乱し「アーサーの二の舞になど、なってたまるか」という発言をしている → アーサーとは?

・呪具を使用して自殺したのは何故か → 「閣下」という人物を恐れてのこと?

・殿下は、呪竜が呪術によるものだと知っていた。 → 知っていて黙っていた理由は? 殿下はピーターが犯人だと知っていたのか?


 * * *


 ここまで書き出して、モニカはふぅっと息を吐いた。

 やはり一番気になるのは、ピーターの背後にいるという大物貴族の存在だ。恐らくピーターが口走っていた「閣下」という人物がそうなのだろう。

 ピーターはレーンブルグ公爵家に仕えていた人間なので、そのピーターが呼ぶ「閣下」となれば、レーンブルグ公爵と考えるのが普通だ。

 だが、レーンブルグ公爵は一言で言ってしまえば「影の薄い人物」である。ファルフォリア王国との交渉の場でも殆ど発言せず、控えめにフェリクスを立てるような人物だった。

(まぁ、人は見かけによらないって言うけど……)

 どうしても「閣下=レーンブルグ公爵」という構図に、モニカは違和感があるのだ。

 だから、モニカは別の方向からピーターについて調べることにした。

 モニカには一つだけ手掛かりがある。それが、ピーターが死に際に使用した呪具だ。

 モニカは〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトにだけ、ピーターの最期を話している。ただし、父の名前が出たことは伏せたままで。

 緑竜を呪った呪術師はピーター・サムズだったこと。そのピーターを問い詰めたら呪具を使って自殺したこと。それだけをレイに伝え、ピーターが遺した呪具をモニカはレイに託した。

 今頃、レイはその呪具とピーターという男について、調べてくれているはずだ。

(ピーターさんが呪術師なら……呪術師の家系であるオルブライト家と関係があった可能性は高い。そこから、何かが分かれば良いのだけど……)

 〈深淵の呪術師〉とは、新年の儀でも顔を合わせるから、その時に何か話が聞けるかもしれない。

 そこまで思考したモニカはゆっくりと息を吐き、メモ書きをぐしゃりと丸める。そうして無詠唱魔術でしっかり灰にしてから、屑籠に捨てた。

(ヒルダさん、気遣いを無駄にしてごめんなさい……)

 それでも、モニカは真実を知りたいのだ。

 たとえ七賢人という地位を失ったとしても。

 モニカはネロの横に寝そべると、枕元の荷物袋から一冊の本を引っ張り出す。それはポーターの店で買ってもらった、父の本。

 人体は、膨大な数字でできている──この一文で始まるその本を、モニカはもう何度も何度も読み直していた。

 生物学や医学に関する知識の少ないモニカは、内容を理解するのに苦労したが、専門用語を調べながら少しずつ読み進めていけば、この本に書かれていることがいかに優れているかがよく分かる。

 父の研究は人間が両親から遺伝した性質を分析したもので、特に魔力は遺伝性質が強くでることについて触れている。ゆくゆくは人間の魔力を分析することで、その個人の鑑定や血縁者の特定もできるようになるのだとか。

 もし父が生きていたら、きっとリディル王国の医学はもっと発展していたはずだ。特に遺伝的な病気の研究は飛躍的に発展していただろう。

 もう何回も読み直したそれをパラパラとめくっていたモニカは、ふとポーターの言葉を思い出した。

(……そういえば、ポーターさんは、お父さんの友達って言ってたっけ)

 ダスティン・ギュンターの名で小説を書いている古書店の店主。

 そして、モニカの父の本に金貨二枚の価値をつけた男。

 父の本に金貨二枚の価値をつけていたということは、父の研究の成果を認めていたか、あるいは父ととても仲が良かったのではないかとモニカは思う。

(ポーターさんも、お父さんの研究所に来たりしてたのかなぁ……)

 正直に言うと、モニカは幼少期、父の研究室に出入りしていた人間のことをあまり覚えていない。大抵、本を読むのに夢中になっていたので、明確に覚えているのは、いつもお菓子をくれたヒルダぐらいだった。

 もともとモニカは、人の顔を覚えるのが苦手な子どもだったのだ。人の顔や体を数字で覚える癖がついたのは、叔父の元で暴力を振るわれ、数字の世界に逃避したのがきっかけである。だから、モニカは恐らく幼少期に会っているであろうポーターのことを思い出せなかった。

 ぼんやりと幼少期のことを思い出しつつ、本のページをめくっていたモニカは、ふと気がつく。最終ページ、印刷をしていない遊び紙が前のページに貼り付いているのだ。

「……?」

 そっと貼り付いたページを開いてみると、間に一枚の紙が挟まっていた。原稿用紙らしき紙の切れ端だ。どうやらこの紙に糊が付着していたらしい。これを挟んだせいで、最後のページだけ開かなくなっていたのだ。

 本が破れないように気をつけながら紙を剥がしてみれば、その紙には走り書きでこう書かれている。


『黒い聖杯の真実に気づいたのなら、もう一度店を訪ねるがいい』


 モニカは紙の切れ端をランプでかざして観察した。

 紙もインクも安物だが、それほど変色はしていない。恐らく数ヶ月以内に書かれたものなのだろう。

 字はいかにも走り書きといった具合の乱れた字だった。きっと原稿用紙の隅にこの文を急いで書き、糊を薄く塗って、本の最後のページに挟んだのだ。

 原稿用紙といえば、あの時のポーターはまさに小説を執筆中だった。机の上には原稿用紙だけでなく、文房具もいくつか散乱していたし、本屋なら糊ぐらい常備しているだろう。

「……これは、ポーターさんが?」

 文の中にある店とは、恐らくポーター古書店のことだろう。

 だが、黒い聖杯とは?

 モニカは己の記憶を辿ったが、どうにも思い出せない。父の本の中にも「黒い聖杯」なんて単語はなかったはずだ。

(……何かの隠語? それとも暗号?)

 モニカはベッドに寝転がりながら、黒い聖杯の意味について悶々と考える。

 だが、これといって何も思いつかないまま、モニカは睡魔に負けて眠りについた。



 * * *



 その晩、モニカは父の夢を見た。

 夢の中でモニカは数学書を夢中で読んでいて、そんなモニカを父が椅子に腰掛け、コーヒーを飲みながら穏やかに見つめている。

 父の隣には客人が一人座っていた。顔も服装もぼやけていたけれど、男の人だということは、なんとなく分かる。

 客人はコーヒーを一口飲んで、ほぅっと息を吐いた。

『ふぅん、確かに苦味は強いが、雑味がない。なかなか悪くない味だ。なにより眠気が覚めていい。原稿のお供に最適だな』

『ヒルダ君は一口舐めただけで、苦味が強すぎて無理だと言っていたがね。私のコーヒーを飲んでくれる物好きは君ぐらいだ』

『何事にも冒険心は忘れない主義でね。冒険心を忘れた生き物は退化していくんだぜ、ヴェネディクト』

 なんだかどこかで聞き覚えのあるフレーズを口にして、客人はコーヒーを飲み干すと、数学書に夢中になっているモニカをチラリと見た。

『しかし、お前の娘は変わっているな。何を読んでるかと思いきや、数学書じゃないか。あれは意味を分かって読んでいるのか?』

『あぁ、きちんと理解しているよ。賢い子だ』

『僕が持ってきた小説には興味なしか』

『すまないね。代わりに私が読んでおこう』

『お前の娘のために持ってきたんだがな。冒険小説だ。学者様には興味のない代物なんじゃないのかい?』

『君の小説は面白い。架空の国の物語だが、世界観に外国の文化や風習を上手く取り入れている。前作に登場したキーアイテムは、私の研究内容に近いものがあって、非常に興味深かった。あれも異国の伝承を参考に?』

『あぁ、あれは……』

 父と客人が話し込んでいる横で、モニカは黙々と数学書を読んでいた。

 ただそれだけの、他愛もない夢だ。


 そう、ただそれだけの……。



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