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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第10章「冬休み編」
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【10ー18】人外は総じて報連相が足りない

 フェリクスが部屋を出て行った後、モニカはフラフラと立ち上がってベッドに突っ伏し、枕に顔を埋めて「あぅアぅあぅアぅあゥ」としゃがれた声で呻いた。やがて、喉に施された呪いの効果が切れれば、喉のむず痒さも治り、声も元に戻る。

 モニカは悲痛な声で嘆いた。

「や、やっちゃったぁぁぁぁぁ……うわぁぁぁぁん……わたしの馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁぁぁ……」

 ベッドの上で芋虫のようにうずくまっているモニカに、状況をいまいち理解できていないネロが、首を捻る。

「つまり、どういうことだ?」

「〈沈黙の魔女〉が! セレンディア学園の人間だってことが! 殿下にバレたの!」

「にゃ、にゃにぃっ!?」

 こんなことなら、下手に探りを入れるのではなかった……〈螺炎〉の件に触れるのではなかった、とモニカは心の底から後悔した。

 そもそも、社交的で外交上手なフェリクス相手に、口下手なモニカが交渉事で敵う筈がないのだ。

「うっ、うっ……逆に、こっちがボロ出しちゃったよぅぅぅぅ」

 冬休みが明けたら、きっとフェリクスは学園のどこかにいる〈沈黙の魔女〉を探し始めるだろう。

 まだ護衛任務は半年近く残っているのに、これからどうしたら良いのか。

「殿下がどうして呪術のことを知ってたのかとか、殿下は魔術が使えるのかとか、聞き出そうと思ってたのに……」

 結局、その部分に関しては全て誤魔化されてしまった。

 モニカが落ち込んでいると、ネロがなんでもないことのように言う。

「そういうのは王子の契約精霊がやったんじゃねーの? 精霊なら、呪術に関して何か知ってるかもしれねーし。攻撃魔術の一つや二つは使えんだろ」

「…………へっ?」

 モニカは一瞬、言われたことの意味を理解できなかった。

 ベッドからのろのろと身を起こし、モニカはネロを見上げる。

「……殿下の、契約精霊、って?」

「だからほら、前に言ったろ。王子のそばをチョロチョロしてる白っぽいトカゲ。あれ、多分水の上位精霊だぜ」

「待って待って待って……」

 フェリクスに契約精霊がついているなんて初耳である。だが、トカゲが云々という話はネロからうっすら聞いたような記憶があった。

(たしか、殿下がトカゲを使ってネロのことを探ろうとしたとかなんとか……話が途中で途切れたんだっけ……)

 水の上位精霊は氷の魔術も使うことができるので、なるほど呪竜相手に立ち回ることもできるだろう。

 だが、フェリクスが水の上位精霊と契約しているというネロの言葉に、モニカは疑問を覚えずにはいられなかった。

「殿下が水の上位精霊と契約してるっていうのは……ちょっと、無理があると思う」

「なんでだよ? あの性悪ルイルイ・ルンパッパだって風の上位精霊と契約してるじゃんか」

「上位精霊との契約は、膨大な魔力がいるの。他にも契約精霊との相性とかも……」

 七賢人になるのに必要な魔力量の最低ラインが150なのだが、上位精霊との契約には、そのぐらいの魔力が必要なのである。

 魔力量が少ない術者が契約の儀式を行うと、魔力をごっそり失って、そのまま死亡することも珍しくはない。非常に危険な儀式なのだ。だから国内の魔術師の中でも、上位精霊と契約している魔術師は十人いるか、いないか程度と言われている。

 フェリクスは頭が良い人だし、論文の完成度から見るに、彼が集中して研究すれば、上位精霊召喚の儀式を行うことはできるだろう。だが、その儀式の成功には膨大な魔力が絶対条件。

「……ネロから見て、殿下って魔力量多い?」

「ん〜、オレ様からしたら、人間の魔力量って大差ないように見えるからなぁ。暴走したヒンヤリ兄ちゃんや、声デカ坊主ぐらい突出してると、なんとなく分かるけど」

 ネロの魔力感知能力は比較的ふんわりとしていて、正確に数値化できるものではないので、あてにしない方が良いだろう。

 ただ、仮にフェリクスの魔力量が上級魔術師レベルだとしても、更にもう一つ、上位精霊召喚には条件があるのだ。

「上位精霊と契約したり、召喚したりするのには、属性の相性が一致していないといけないの。ルイスさんは風属性が得意属性だから、風の上位精霊と契約できる、みたいな」

 ちなみにモニカが風の精霊王の召喚をできるのも、モニカの得意属性が風だからである。故に、モニカは風の精霊王以外は召喚できない。

「じゃあ、あの王子は水が得意属性なんだろ?」

「……殿下の得意属性は、多分、土だと……思う」

 歯切れ悪く言うモニカに、ネロは首を捻る。

「あの王子が魔術を使うところなんて見たことねーのに、なんで分かるんだ?」

「殿下の名前。ミドルネームが『アーク』でしょ?」

 この国では精霊王の加護が得られるようにという願いを込めて、得意属性の精霊王の名前をミドルネームにする習慣がある。

 身近な例がニールだ。彼のフルネームはニール・クレイ・メイウッド。ミドルネームの「クレイ」は、土の精霊王「アークレイド」が由来のものである。

「殿下のミドルネームの『アーク』は土の精霊王の名前が由来だから、得意属性も土だと思う。だから、水の上位精霊と契約するのは不可能なはず……」

「オレ様、そのへんよくわかんねーけど、成長過程で得意属性が変わることってねーの?」

「得意属性は基本的に両親のどちらかのものを引き継ぐんだけど、成長過程で変化することはないって、研究でも分かってるの」

 魔力に遺伝的要素が関係していることは、モニカの父親の研究でも裏付けられている。ポーター古書店でモニカが買ってもらった父の本でも、そのことに触れていた。

「ん〜、んん〜、なんか、いまいちピンとこねーけど、そーいうモンなのか?」

「地竜がある日突然、水竜になったりはしないでしょ」

「にゃるほど、確かに」

 ネロはフンフンと頷き、顎に手を当てて首を捻る。

「じゃあ、たまたま得意属性と関係のないミドルネームをつけたんじゃねぇの?」

「……王族のかたが、わざわざ得意属性じゃないミドルネームをつけたりするかな」

「まぁ、そーいうこともあるんじゃね?」

 名前にこだわりの薄いネロはあっさりとそう言うが、モニカはどうしても違和感を覚えずにはいられなかった。

(……もしかして、殿下が人前で魔術を使えない理由って、その辺に関係しているんじゃ……)

 今回の騒動を通じて、モニカの中にフェリクスに対する疑問と違和感が少しずつ積もり始めている。


 呪竜に対する不自然な態度。

 上位精霊という手札を隠している理由。

 そして……王位に固執するわけ。


 だが、モニカが好奇心でそれを暴いて、何になるというのだろう。

(……これは、きっと、わたしが触れて良いことじゃない)


 この時のモニカは、そう思っていたのだ。



 * * *



 〈沈黙の魔女〉の部屋を退出したフェリクスは、廊下の隅に膝を抱えてうずくまっている男を見かけて、足を止めた。

 男が身につけているのは〈沈黙の魔女〉と同じ、七賢人のみが着ることを許された濃紺のローブ。フードの端から見えるのは、世にも珍しい紫色の髪の毛。

 七賢人が一人〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトだ。

 てっきり、グレンの部屋へ治療に向かったものとばかり思っていたのだが、廊下の隅で何をしているのだろう? 具合でも悪いのだろうか?

「……愛されたい、狂おしく愛されたい、私にはあなただけって言われたい、愛されたい愛されたい愛されたい……」

 フェリクスは〈深淵の呪術師〉が城の侍女に愛を乞う姿を何度か目撃している。

 あぁ、いつものアレかと納得しつつ、フェリクスはレイの肩を軽く叩いた。

「失礼、〈深淵の呪術師〉オルブライト魔法伯とお見受けします。お体の具合でも悪いのですか?」

 まぁ体調不良ではないのだろうけれど、と知りつつフェリクスが穏やかに声をかければ、レイはゆっくりと顔を持ち上げてフェリクスを見上げ……両手で目を押さえる。

「王族オーラに目が潰れる……」

 〈深淵の呪術師〉の言葉は九割程度聞き流して構わないだろうとフェリクスは判断した。

「体調に問題がないようでしたら、ダドリー君のことを診てほしいのですが……」

「……分かった。行く……」

 女性相手だと「俺のこと愛してる?」と口癖のように言う男だが、男相手だと素っ気ないのがレイ・オルブライトという男だった。

 王族に対して不敬などと、口やかましく言うつもりはない。少なくとも国王は、性格面に問題があると知った上で、この男を七賢人に任命したのだから。

 レイは力なく立ち上がり、病人のようにフラフラとした頼りない足取りで廊下を歩き出そうとし……足を止めて首を捻る。

「……グレン・ダドリーの病室は、どこだ?」

「私で良ければ、ご案内しましょう」

 使用人に任せても構わなかったが、フェリクスは少しだけ〈深淵の呪術師〉に訊きたいことがあったのだ。

 フェリクスが歩き出せば、レイはフェリクスと距離を空けて後に続く。

 背後からジメジメじっとりした視線が向けられるのを感じつつ、フェリクスは世間話のような口調でレイに話しかけた。

「今回は貴方が来てくれて助かりました。やはり呪いの専門家がいると、心強い」

「…………〈沈黙の魔女〉もいただろう」

「えぇ、もちろん! 彼女の防御結界が無ければ、我々は全滅していたでしょう。呪竜という災害と対峙して生き残れたのは、彼女のおかげです」

 事実、〈沈黙の魔女〉がいなかったら、狩り場にいた者は確実に全滅していただろう。

 そして呪竜は呪いを撒き散らしながら、今もレーンブルグ公爵領を蹂躙し尽くしていたはずだ。

「ところで浅学の身故、呪いの専門家である貴殿にお訊きしたいのですが……呪術で生き物を意のままに操るというのは、可能ですか?」

「……それは、呪術の本質じゃない」

 フェリクスは足を止め、背後の呪術師を振り返る。

 〈深淵の呪術師〉は、長い前髪の隙間から宝石のような目を煌めかせて、どこか軽蔑するような目でフェリクスを見ていた。

「呪術は他者を『操る』ためにあるんじゃない。他者を『苦しめる』ためにあるんだ。操りたいなら精神操作魔術だろう」

「……ご尤もです」

「もし、呪術で生き物を操ろうとする奴がいるのなら、それは呪術師の風上にも風下にもおけない、ただのゴミ野郎だ」

 一般人にしてみれば、他人を操ることも苦しめることも等しく非道に見えるのだが、呪術師には呪術師の信念があるらしい。

(……そんな力を使って、祭り上げられる王子様か)

 クロックフォード公爵が、フェリクス・アーク・リディルのために用意した道は、数多の犠牲で塗り固められた血塗れの道だ。

 それでももう、彼は引き返すことはできない。



(あと少しなんだ………………“()()()”)


ネロ「オレ様、トカゲのことは、ちゃんと報告したぜ!(※【10ー6】参照)」

「はのほーひほ、へーやふへーれーひゃろ」=「あの王子の、契約精霊だろ」

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