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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第10章「冬休み編」
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【10ー17】〈沈黙の魔女〉改め〈失言の魔女〉

 ネロの説明を聞いたフェリクスは、いつもと変わらぬ穏やかな笑顔だった。笑顔だったが、困惑していることは、ありありと伝わってくる。

「ウォーガンの黒竜は、山奥で夜な夜な不気味な鳴き声をあげていた……と聞いたのだけど」

「おぅ、喉が痛くてな」

「……その鳴き声は、翼竜を指揮する鳴き声のわけではなかった?」

「『うぉぉぉ、すッげぇーいてぇぇぇ』って感じだったな。オレ様、あの日から、口の中で鳥を踊り食いするのはやめようって誓ったぜ」

「………………」

 フェリクスはやはり、笑顔のまま困惑していた。ごもっともである。

 モニカは非常に居た堪れない気持ちだった。

 〈沈黙の魔女〉はウォーガンの黒竜を撃退などしていない。ただ、喉に刺さった骨を抜いてやっただけなのだ。

 〈沈黙の魔女〉を英雄視していたフェリクスは、きっとさぞガッカリしたことだろう。

「……ワタシに、幻滅しましたカ?」

 モニカがしゃがれた声で訊ねれば、フェリクスはゆるゆると首を横に振った。

「いいえ。黒竜を助け、従者にするなど誰にでもできることではありません。貴女に対する尊敬の念に、変わりはありませんよ。ただ、ちょっと……竜に対するイメージが変わったと言いますか」

「おぅ、竜に対するイメージがグングン上昇中だろ?」

 ネロは得意げだが、おそらくフェリクスの中では「竜は案外抜けている」という方向に、評価が傾いていることだろう。

 フェリクスは少しだけ苦い笑みを口元に浮かべ、ネロに訊ねた。

「……キミは人間に対する害意は無いと、認識しても?」

「おぅ、オレ様、それほど人間に興味ねーもん」

 かつて棲んでいた山を追われてもなお、ネロはあっけらかんとしている。基本的にあまり深く根に持たない性格なのだ。

 まぁ、人間に興味ないと言っても、最近は人間の文化やら創作物には興味津々の様子なのだが。主にダスティン・ギュンターとか。

「ちなみにキミは……人の姿でも、黒炎が使えるのかい?」

 黒竜が吐く黒い炎、通称「黒炎」は、呪術や防御結界すらも焼き尽くす最強の炎だ。

 歴史を紐解くと、数百年ほど前には黒炎を操る魔術師が極少数いたらしいが、現代では使い手はおらず、黒炎は一級禁術扱いとなっている。

 黒炎は「死者蘇生」「天候操作」に並ぶ、最大の禁忌なのだ。

 それを人の姿でも使えることになると、流石のフェリクスも看過できないのだろう。

 だが、ネロはあっさりと首を横に振って、それを否定する。

「うんにゃ、黒炎は元の姿でないと使えねぇ。つーか、人に化けてても使えんなら、とっくにこっそり使ってるぜ」

「……そうだろうね」

 ネロの言葉に嘘はない。人間に化けている時のネロは身体能力こそ高いが、空を飛ぶことはできないし、黒炎も使えない。

 フェリクスも一応は納得したのか短く息を吐くと、不安げなモニカにニコリと笑いかけた。

「ご安心を、レディ。彼のことは誰にも話したりはしません。貴女と私だけの秘密です」

「……アリガトウございマス」

 モニカがぎこちなく礼を言えば、フェリクスは碧い目を柔らかく細めた。

 最低限、ネロに関する口止めをしておきたかったモニカは、まずは第一関門突破だと、胸を撫で下ろす。

 だが、ここで話を終わらせるわけにはいかない。今度はモニカが訊ねる番なのだ。

「わたしカラも、殿下に、訊ねたいコトが、ありマス」

「昨晩のことですか?」

 モニカはコクリと頷き、昨晩、フェリクスは何故一人で屋敷を抜け出して、呪竜を撃退しようとしたのか訊ねようとした。

 だが、モニカがその疑問を口にするより早く、フェリクスが語り始める。

「昨日の夜はなんだか酷く胸騒ぎがしたのです。眉間を猟銃で撃っただけで、本当に伝説の呪竜を倒せたのか不安で……それで、臆病な私はこっそり様子を見に行ったのです。そうしたら、あの呪竜が動き出していたので、ああして対峙することになりました。私の独断行動で、貴女に迷惑をかけたこと……心から申し訳なく思います」

「……ナゼ、わたしや、公爵家の方に声をかけて……護衛をつけなかっタのデスか?」

「『呪竜が本当に死んだか不安だから、一緒に確認してくれ』だなんて言って、貴女達に臆病者だと思われたくなかったのです。全ては私の見栄がもたらした判断ミスでした。反省しています」

 嘘だ、とモニカは直感で思った。だが、それを嘘だと糾弾するには、あまりにもモニカに手札が足りない。

 モニカは己が唯一持っている手札をちらつかせることにした。

「……ナゼ殿下は、呪竜を蝕む呪いガ、自然発生した呪いではナク、呪術によるモノだと、分かったのデスか?」

 あの晩、呪竜と対峙するモニカに、フェリクスは言った。

 ──それは「呪術」です。恐らく「呪具」が体内のどこかに……と。

 七賢人であるモニカですら、自然発生した呪いと呪術は見分けがつかない。それなのに何故、フェリクスは呪術と断言できたのか?

 モニカの疑問に、フェリクスはいつもと変わらぬ穏やかさで答えた。

「すみません。本当は『呪術』と確信していたわけではないのです。ただ、私は呪術師が罪人に呪術をかける現場を見学したことがありまして……それで、もしやと思っただけです」

 やっぱり嘘だ。あの晩のフェリクスは、呪竜を蝕むものの正体が「呪術」だと確信していた。

 モニカはもどかしさに歯噛みしつつ、次の切り口を探す。

「……アノ呪竜は、頭部に氷ノ魔術で攻撃サレた形跡がアリました。アレは殿下が?」

「あれは、氷の魔術を銃弾に付与した魔導具です。昼間はただの狩りのつもりだから、持参していなかったのですが……あぁ、あんなことになるのなら、肌身離さず持っておくべきでしたね」

 恐らくフェリクスは、モニカが指摘するであろうことを予め予想して、その答えを用意してきたのだろう。あまりにも淀みのない語り口は、全てにおいて誤魔化されているのを感じる。

 ……だが王族相手に、これ以上は踏み込めない。

「わたしのギモンに答えてイタダキ、アリガトウございマス、殿下」

 釈然としないものの、ひとまず礼を告げれば、フェリクスはやはりいつもと同じように穏やかに微笑む。

 その碧い目は美しい色なのに、どこか淀んで底が知れず、モニカは思わずコクリと唾を飲んだ。

 フェリクスは柔らかく微笑んでいて、威圧感なんてあるはずがないのに……気圧されていると感じるのは何故だろう。

 モニカはローブの袖の中で震えそうになるこぶしを握りしめる。

 最後に、これだけは確認しておかなくては。

「……最後に、一つ、ダケ、教えてくだサイ」

「なんなりと、レディ」

「……殿下は、〈螺炎〉の件について……どこマデ、知っているのデスか?」

 この屋敷に着いたフェリクスは、モニカにこう言った。


 ──シリルを助けてくれたのも……〈螺炎〉から、私を救ってくれたのも、やはり貴女だったんですね。


 フェリクスは〈螺炎〉で、自身の暗殺未遂事件があったことを知っているのだ。

 あの騒動の顛末を知っているのは、モニカとネロを除けば、ルイス、リン、そして犯人のケイシーのみ。あとは、ケイシーの父親ぐらいか。

(殿下は、あの事件のことをどこまで知ってるの? ……犯人がケイシーだと……気付いてる?)

 もし、フェリクスが犯人を知っているとしたら……ケイシーはフェリクス暗殺未遂事件の犯人として、法廷に引きずり出され、間違いなく処刑されるだろう。

(それだけは……っ)

 握りしめた手に冷たい汗がじわりと滲み、心臓がバクバクと嫌な音を立てた。

 だが、そんなモニカの緊張をよそに、フェリクスは世間話でもするかのように軽い口調で答える。

「詳しいことは何も。私が知っているのは、貴女が〈螺炎〉から、私を守ってくれたという事実だけです」

 この言葉が真実なら、フェリクスはケイシーの関与には気付いていないことになる。

 助かった? と密かに胸を撫で下ろすモニカに、フェリクスはニコリと告げた。

「私からも質問が。貴女はシリルの暴走を止めた時と、〈螺炎〉の件のどちらにも関与している」

 ギクリとローブの下で肩を震わせるモニカに、フェリクスは真意の読めぬ碧い目を向ける。


「もしかして、貴女はセレンディア学園の関係者なのですか、レディ・エヴァレット?」


 モニカの心臓が、音を立てそうなほどに跳ねる。

 それでもモニカは必死で動揺を押し殺し、声が震えぬよう精一杯強気の口調で答えた。

「……イイエ。どちらも、偶然居合わせただけデス」

「そうですか……貴女には本当にいくら感謝しても、したりませんね。〈螺炎〉から私を守るだけでなく、我が生徒会の書記も救ってくれた」

「……エっ?」

 思わず疑問の声を漏らしたモニカはハッと青ざめ、己の口を手で塞ぐ。

 だが、もう遅い。

(……しまったっ!)

 動揺を隠せずにいるモニカとは対照的に、フェリクスは変わらぬ笑顔で言葉を続けた。

「あぁ、失礼。間違えました。シリルは書記ではなく、副会長だった」

 シリル・アシュリーがセレンディア学園の副会長であることは、学園の生徒なら誰でも知っている。

 だが、外部の人間は──まして社交界と無縁の〈沈黙の魔女〉が、その事実を知っているのは、あまりに不自然だ。

 それなのに、モニカはフェリクスの「言い間違い」に反応してしまった。


(気づかれた……〈沈黙の魔女〉が、セレンディア学園にいるってことが……っ!)


 フェリクスはそれ以上追求をしようとはしなかった。だが、確実に気付いている。

 金色の長い睫毛に縁取られた碧い目は、隠しきれない悦びを滲ませてモニカを見ていた。

「怪我人の部屋で長話はよくありませんね。そろそろ退室します。左手、どうぞお大事に」

「…………」

 モニカは言葉を返すこともできぬまま、俯き震えることしかできなかった。



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