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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第10章「冬休み編」
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【10ー15】年下=小さい子

「ぎぃぃぇぇえええええ、いーたーいーっスー……師匠に地獄の山籠り修行に連れて行かれた時の全身筋肉痛より痛いぃぃぃぃ」

「……山籠り? 魔術師なのに?」

「うぎぎ……あの時は、全身筋肉痛になるまで組み手でしごかれた後で、崖から蹴落とされて、自力で帰ってこいって言われたんスけど……あっ、あの時に比べたら、ベッドで寝てるだけマシな気がしてきたっス」

「……それは本当に、魔術の修行なのかい?」

 ベッドの上でのたうち回るグレンに、フェリクスは苦笑混じりに言葉を返す。

 グレンが目覚めたと聞いたフェリクスは、すぐに彼の部屋に向かった。本当は〈沈黙の魔女〉の見舞いにも行きたかったのだが、今は〈深淵の呪術師〉による治療中らしいから、自重したのだ。

 なによりフェリクスはグレンに対しても、少なからず罪悪感を抱いていた。

 今回の呪竜騒動は自然災害でも竜害でもない。呪術師の呪いが原因の人災だ。そして、この呪術師が恐らくクロックフォード公爵と繋がっている。

 フェリクスの地位を確実にするために画策された呪竜騒動は、誰もが真実を知らぬまま、フェリクスを称賛して幕引きとなるだろう。

 グレンはこのくだらない茶番に巻き込まれ、生死の境を彷徨ったのだ。

 だが、フェリクスがグレンに労いの言葉をかけるより先に、グレンがシュンとした顔で言った。

「会長、その……ごめんなさいっス」

「……? 何故、君が謝るんだい?」

「オレ、護衛なのに、全然護衛らしいことできなかった……」

 天真爛漫を絵に描いたようなこの青年でも、落ち込むことはあるらしい。

 フェリクスはこみ上げてくる苦笑を隠し、廊下へ繋がる扉にちらりと目を向ける。

「落ち込むことはないさ。君はよくやってくれた……そう思っているのは、私だけではないと思うけどね」

 キョトンとしているグレンに、フェリクスはウィンクを一つ。

 そうして足音を殺して扉に近づくと、勢いよく扉を開けた。

「きゃぁっ!?」

 可愛らしい悲鳴をあげて、前のめり気味に部屋に入ってきたのはエリアーヌだ。

 エリアーヌはあわあわと無意味に手を動かすと、フェリクスを見上げて言い訳をする。

「あの、わたくし、盗み聞きをしようなんて、はしたないこと、これっぽっちも思っておりませんのよ。しょ、少々扉にもたれて休んでいましたの」

 いつになく早口なエリアーヌに、フェリクスが口元を手で隠してクスクスと笑う。

「わざわざ、ダドリー君の病室の前で?」

「わ、わたくしは、ただ、その、フェリクス様をお見かけしたので、ご挨拶をと思いまして……えぇ、それだけですのよ」

 モニョモニョと歯切れ悪く口ごもっていたエリアーヌは、意味もなくスカートを弄りながら、チラチラとグレンを見た。

「ご、ごきげんよう、グレン様……その……お体の具合は、いかがです?」

 グレンは先ほど目を覚ましたばかりだ。しかも、少し起き上がっただけで、激痛にのたうちまわってベッドに倒れ込んでいる。

 だが、グレンは勢いよく上半身を起こすと、白い歯を見せてニカッと笑ってみせた。

「もう、全然余裕っスよ! あー、お腹減ったぁ。肉が食いたいっス!」

 グレンの言葉にエリアーヌは眉を下げて、ホッと息を吐く。

 かと思いきや、次の瞬間には呆れたような顔を取り繕って、ツンと顎を持ち上げた。

「病人がお肉なんて、ダメに決まってますわ」

「食べないと元気が出ないんっスよ!」

「……まぁ! 仕方のないお方ですこと!」

 エリアーヌはそう言って、早足でベッドに背を向ける……が、その頬は紅潮していたし、口元がムズムズとしていた。

 エリアーヌが部屋を出て、扉が閉まる直前、廊下から彼女の声が漏れ聞こえてくる。


「ばぁや、ばぁや、お肉を用意してちょうだい! 一番良いお肉を、食べやすいように柔らかく煮込んで!」


 フェリクスはおやおやと笑いながら、ベッドを見た。

 ベッドの上では、グレンが「ぎぇぇぇ」と声を殺して呻きながら悶絶している。この様子では、エリアーヌの声などろくに聞こえていないだろう。

「君は紳士だね。ダドリー君」

 フェリクスがからかい混じりに言えば、グレンはぐったりとベッドに倒れ込み、唇を尖らせた。

「だって、小さい子を心配させるのは、良くないじゃないスかぁ……」

 フェリクスはふき出しそうになるのを口元を押さえて堪えた。

 どうやらグレンにとって、エリアーヌは近所の子どもと大差ないらしい。

(……さて、そろそろレディ・エヴァレットと〈深淵の呪術師〉の話は終わったかな?)

 憧れの人──〈沈黙の魔女〉には、確認することがあるのだ。



 * * *



「あの、〈深淵の呪術師〉様……」

 モニカが恐る恐る声をかけると、レイはとろりとした目でモニカを見た。

「レイ様がいい……いや、呼び捨てがいいな。名前を呼び捨てって、すごく愛されてるって感じがするだろ?」

「えっと、その、そ、尊敬する先輩を呼び捨てになんて、できません、ので……」

「……尊敬、うん。尊敬して? もっと愛して?」

 尊敬する先輩という言葉はそれなりに効果があったらしいが、話を聞く態勢になってくれたかどうかは、微妙に疑わしい。

 できれば彼にはすぐにでもグレンのところに行ってほしいところであるが、モニカはどうしてもレイに確認しておきたいことがあった。

 モニカはベッドの上で上半身を起こしたまま、居住まいを正して訊ねる。

「〈深淵の呪術師〉様は……呪術で竜を呪って、呪竜を作りだすことは、できますか?」

「無理。竜は魔力耐性が恐ろしく高いから、幼体の竜ならともかく、成体の竜が人間の呪術ごときで、どうこうできる筈がない」

 レイにあっさり否定されたモニカは、呪いに蝕まれていた時、激痛の中で見た記憶を思い出す。


 我が子を呪いで殺された緑竜は、人間の復讐のために呪いごと我が子を喰らった。


「じゃあ……もし、竜が自ら呪いを受け入れたと、したら……?」

 モニカの言葉にレイはしばし黙り込み、思案する。

 紫色の睫毛が伏せられ、鮮やかな色の目に影を落とした。

「……今回の呪竜が『そう』だったのか?」

「わたしの腕に残った呪いの痕跡が、自然発生したものではなく、人の手による『呪術』なら……そういうことに、なります」

 レイはモニカの腕の痣を見て、それが「呪術」によるものだと診断している。

 だからこそ、モニカの言葉を即座に否定したりはしなかった。

「今回の呪竜が呪術師の手によるものだとしたら……これは大問題だぞ」

「……わたしも、そう思います」

 今回の件は、人の手で竜を暴走させることができると、証明してしまったことになる。このことが公になれば、国内問題だけでは済まないだろう。

 なにより、この問題は呪術師である〈深淵の呪術師〉にとって、看過できない事態である。

 リディル王国における呪術は、犯罪者に再犯防止、拘束目的で施すものであり、国の許可がないと使用できない準禁術だ。それ以外の個人使用は許可されていないので、呪術師は数が多くない。

 せいぜい〈深淵の呪術師〉の家系であるオルブライト家と、その分家。あとは個人で研究している者がごく少数いる程度である。

 そんな状況下で、呪術師が呪竜を作りだす事件が起こったら、どうなるか?

 当然に人々は、呪術師の代表格であるオルブライト家に疑いの目を向けるだろう。

 オルブライト家当主のレイにとって、これは死活問題である。

「〈深淵の呪術師〉様、あの……今回の件、他のみんなに内緒で、調査しません、か?」

「……いいのか?」

「は、はいっ、わたし、協力する、のでっ……」

 モニカとしても、今回の呪竜の件を公にはしたくない理由があった。


(……多分だけど、殿下は今回の「呪竜」について、何か知っている)


 モニカが駆けつけた時、フェリクスは呪竜を蝕む呪いが「呪術」によるものだと断言していた。

 彼はおそらく、モニカの知らない何かを知っているのだ。

 そもそも、フェリクスが夜中に屋敷を抜け出してこっそり呪竜と対峙していたのも怪しい。本来ならレーンブルグ公爵家の人間や、護衛であるモニカに声をかけるべきところだ。

 更にモニカが気になるのはもう一点。

 モニカが駆けつけた時、呪竜は頭部に氷属性魔術による攻撃を受けた痕跡があった。状況から考えて、それができたのはフェリクスだけだ。

(殿下は攻撃魔術が使えた? ……でも、殿下は……)

 フェリクスは魔術を学ぶことを禁じられていると、以前言っていた。だから、こっそり勉強しているのだと。だが、実際に魔術が使えるか否かについて、彼は特に触れていなかった。

(人前で魔術を使っちゃいけない理由がある? ……でも、王族が魔術を使えるのは、何もおかしなことじゃないのに……なんで?)

 フェリクスは何かを隠している。

 モニカもネロの正体を隠していたので、隠し事をしていたという点では文句は言えないのだが……それでも、一度、フェリクスとは話し合う必要があるだろう。

 モニカが密かにそう考えていると、そんなモニカの手をレイが握りしめた。

 キョトンとしながら見上げたレイの顔は、頬が薔薇色に染まり、その目は恍惚に輝いている。

「あ、あの、〈深淵の呪術師〉様……?」

「……そこまで、俺のことを考えてくれてたなんて……」

 レイにしてみればモニカの申し出は、呪術師であるレイの立場が悪くならないよう気遣ってのものに思えたのだろう。

 感極まった彼の目は、ほんのりと潤んでいる。

「これってもう両想いだよな、相思相愛だよな。きっとそうだ。すごい、俺が愛されてる……」

「あ、あ、あのぅ……?」

 このままだと、恐ろしい方向に話が脱線する予感がする。

 モニカは拙い語彙力を総動員し、必死で話を軌道修正した。

「と、とにかく、そういうわけなので、呪竜の件は、わたし達で、秘密に捜査するということで……」

「二人だけの秘密……秘密の関係ってイイよな……秘密を共有すると愛も深まるって言うだろう?」

 このままモニカを押し倒しかねない勢いのレイに、今まで大人しく黙っていたネロが言う。

「なぁ、オレ様もその秘密を知ってるわけだが。この場合、オレ様との愛も深まるのか?」

「…………」

 モニカは思った。どうでもいいから早く助けてほしい、と。

 そんなモニカの願いが天に届いたのか、部屋の扉がノックされる。

「レディ・エヴァレット。少々よろしいでしょうか?」

 廊下から聞こえる声はフェリクスのものだった。どうやら、安堵するにはまだ早いらしい。

(殿下から、上手に話を聞き出さないと……)

 そう、ここからが〈沈黙の魔女〉の正念場なのだ。




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