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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第10章「冬休み編」
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【10ー14】愛されたがりの呪術師

 リディル王国で数少ない呪術を専門に扱う一族、オルブライト家の現当主、三代目〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトは七賢人の中では比較的若く、まだ二十歳を超えたばかりの青年である。

 切れ長の目に鼻筋の通った、それなりに整った顔立ちの男なのだが、些か痩せすぎで顔色が悪い。

 おまけに左右非対称のザンバラ髪は、アメジストの粉でも溶かしたかのような紫色。同色の睫毛に縁取られた目は、宝石をそのまま嵌め込んだのではないかというぐらい鮮やかすぎるピンク色。

 整った顔より、派手すぎる紫の髪とピンクの目が、見る者に強烈な印象を与える、そんな男だ。

 そして今、派手な容姿の若き呪術師はベッドに横たわるモニカの左手に触れながら、切ない声で語りかけていた。



「……ねぇ、俺のこと、愛してる?」



 モニカは額に脂汗を滲ませ、こわばった顔で〈深淵の呪術師〉を見上げた。

「あ、あの、えぇと……」

「愛してる? 俺のこと必要?」

「ひ、必要です……とても、必要、なので、あの……っ」

「じゃあ、愛してるって言って?」

 グイグイとベッドに迫ってくるレイの首根っこを、ネロがむんずと掴んだ。

 ネロはレイをベッドから引き剥がすと、鼻の頭に皺を寄せて呻く。

「愛してるって言ってほしいんなら、オレ様が気が済むまで言ってやる。愛してる愛してる。ほら、とっとと治療しやがれ」

「……男に言われても嬉しくない。女の子がいい」

 不貞腐れたような顔をするレイに、ネロは心底呆れた顔でモニカを見た。

「……なぁ、本当にこいつが七賢人なのか? 七賢人ってのは、人格破綻者集団なのか?」

「あぅぅぅ……っ」

 ネロの言葉にモニカは何も言い返せず、口ごもることしかできなかった。



 * * *



 モニカは自分が呪いを受けた後のことを殆ど覚えていない。

 ネロが言うには、呪竜はその身に宿した呪いごとネロの黒炎で焼き尽くされ、跡形も無く消え去ったという。

 ネロの正体がフェリクスにバレてしまったのは痛恨のミスだったが、状況を考えればネロを責めることはできなかった。寧ろ、ネロが正体がバレることを覚悟の上で呪竜を倒してくれたからこそ、モニカもフェリクスも生還することができたのだ。

 ネロはフェリクスに自身の正体がウォーガンの黒竜であることを口止めし、屋敷に戻ってモニカを休ませてくれた。

 呪術そのものは、ネロの炎で完全に焼きつくされたから、モニカやグレンの皮膚を這う呪いの黒い影は消えている。だが後遺症はあるらしく、モニカは左手に、グレンは全身に、青黒い痣が残っていた。

 血管を釘で打つような激痛こそしなくなったものの、呪いを受けた左手は殆ど握力がなく、無理やり動かすとズキリと痛む。

 モニカは左腕の肘から下だけで済んだが、全身に呪いを受けたグレンは、まだ意識を取り戻さぬままこんこんと眠り続けていた。

 そうして一夜明けたところで到着したのが、レーンブルグ公爵が呼んだ呪術の専門家〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトである。

 レイは出不精で腰の重い男なので、彼が来てくれたことがモニカには少し意外だった。

 だが、考えてみれば伝説級の災害である呪竜が現れたのだ。この国一番の呪術師がそれを確かめに来るのは、当然と言えば当然である。少なくとも呪術という分野において、三代目〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトの右に出る者はいない。

 そんなこの国一番の呪術師は、到着するなりメイドに「俺のこと必要? 愛してる?」と迫り、使用人達を壮絶に困らせた。

 それでも周囲があの手、この手でなだめすかしてモニカの部屋に連れていき……そして今に至るという訳である。




「呪術師なんて、いつもみんなから気持ち悪いって言われて、後ろ指をさされるんだ……」

 ネロの手から解放されたレイは、陰気な顔で項垂れ、両手で顔を覆う。

「魔術師はカッコいいってもてはやされるのに、呪術師はいつもいつもいつも『なんか暗そう』『不気味』『気持ち悪い』って言われるんだ……俺だって尊敬されたいしチヤホヤされたいし愛されたい……狂おしくモテたい。〈結界の魔術師〉みたいに若い女の子にキャーキャー言われたい、〈結界の魔術師〉死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……」

 レイは怨念の一つでも飛ばせそうな声で、恨み言をブツブツと繰り返す。

 そんな彼に、ネロは大真面目に言い放った。

「安心しろ、オレ様が断言してやる──お前は呪術師じゃなくても、暗いし不気味だし気持ち悪ぃ!」

「ネロっ!」

 モニカは慌ててネロを叱ると、拙い語彙をかき集めて懸命にレイを宥めた。

「あのっ、えっと、呪術師は、立派なお仕事だと思いますっ。気持ち悪くなんか、ありません」

 レイは指の隙間から、チラリとモニカを見た。

「……髪の色とか目の色も気持ち悪いって言われるし……オレだって金髪碧眼が良かった、それかもっと無難な髪色が良かった……」

 初代〈深淵の呪術師〉は、百を超える呪術を編み出し、その呪術を自身の体に刻み込んだのだという。

 王族の人間が幼少期から少量ずつ毒を飲んで、毒に対する耐性をつけるように、初代〈深淵の呪術師〉もまた、自身の体に呪術に対する耐性をつけたのだ。

 そして、その体に刻まれた呪術は、次代の〈深淵の呪術師〉に伝承されていく。

 三代目〈深淵の呪術師〉であるレイの体には、二百を超える呪術が刻まれており、その肌には呪いの紋様が刺青のように浮き出ているという。

 故に体内に刻まれた大量の呪術の影響で、彼の体は色素異常を起こし、人あらざる髪と目の色になってしまったというわけだ。

 それは、大量の魔力を体内に取り込むと起こる魔力中毒と似ている。魔力や呪いといったものは、どうしたって人間の体には毒だし、大量に取り込めば体に異常が起こるのだ。

「あ、あの、紫色の髪の毛、綺麗だと、思います。紫は、その、こ、高貴な色……ですし……」

 モニカが懸命に言葉を紡げば、レイはゆっくりとゆっくりと顔を上げた。

 宝石のようなピンク色の目が不気味に底光りして、モニカを見下ろす。

「……じゃあ、愛してる? 俺のこと愛してる? 愛してるって言って?」

 結局のところ、彼に「愛している」と言わないと、治療はしてもらえないらしい。

 だが、こういう時に上手に愛想笑いをして「愛してます」と言えないのが、モニカであった。

「あの、えっと……愛してると言いますか、七賢人の先輩として、お、お慕いしているし、尊敬してまふっ」

 最後は盛大に噛んでしまったが、レイはモニカの言葉に何かしら感じるものがあったらしい。

 お慕い、尊敬、お慕い、尊敬……とブツブツ呟き、口の端をゆっくりと持ち上げ不気味に笑う。その笑みは、どこか恍惚としていた。

「……あ、イイ。お慕いしてるって、なんか特別感がある。うん、ただ愛してるって言うより、なんか慎みがあってイイな。それに、尊敬……尊敬か……尊敬はいいな、敬われ慕われてる感じがする」

「なぁ、もういいだろ。早く治療しろよ」

 げんなりした顔のネロの言葉に、レイはあっさり「うん、する」と頷く。

 レイが到着してから治療を始めるまでにかかった無駄な時間を思うと目眩がするが、モニカは黙って寝間着の袖をめくった。

 モニカの華奢な腕は、肘から下の部分が青痣だらけになっている。それも、ただの青痣だけでなく、髪の毛のように細い筋が赤黒く浮かび上がっているのだ。その鬱血痕に指で触れたレイは、目を細めて呟く。

「これは自然発生した呪いじゃないな。呪術だ」

 モニカには自然発生した呪いと、人為的な呪術の見分けがつかないが、専門家の目には一目瞭然らしい。

「そんな簡単に分かるもんなのか?」

 ネロが興味津々の顔で口を挟むと、レイは「分かる」と素っ気なく返した。〈深淵の呪術師〉は基本的に男性に対して素っ気ない。

「……呪術ってのは残滓が残りやすい。呪術の媒介にした呪具が欠片でも残っていれば、その欠片に滲んだ呪いが延々と残り続けることもある」

 事実、モニカが竜の体内を攻撃した後も、呪いはしぶとく残り続けていた。

 恐らく、モニカの炎の魔術だけでは呪具を完全に焼き尽くすことができなかったのだろう。

「……今回は余程上手く、呪具を破壊したんだな。呪いが綺麗さっぱり無くなってる」

 感心したように呟くレイの背後で、ネロが得意げな顔をしていた。

 なにせ呪具を破壊したのは、全てを焼き尽くす伝説の黒竜の炎である。呪竜の肉体も呪いも欠片も残らなかったため、モニカは酷い後遺症に苦しまずに済んだのだ。

 無論、ネロの正体についてレイに話すわけにはいかない。あくまでネロはモニカの従者という扱いなのだ。ネロの正体はルイスですら知らない。知っているのはモニカだけ……。

(あぁっ、あと、殿下にバレたんだった……どうしよう、あとで何か言われる……きっと言われる……)

 考えだすと頭が痛い。ついでに胃も痛い。

 とりあえず、この件については後で考えようと、モニカは頭を切り替えた。

「……えっと、あの、この痣は、しばらく残りますか?」

「痣は二、三週間ぐらいで消えるだろうけれど、腕の痛みと痺れは、ひと月ぐらい続くだろうな。まぁ、安静にしていれば、そのうち治る」

「あ、あの……そしたら、グレンさんも、見てもらえませんか?」

 正直に言うと、モニカは自分よりも真っ先にグレンを診てほしかったのだ。

 だが、レーンブルグ公爵家の使用人達は、半ば押しやるようにレイをモニカの部屋に連れてきた。理由は言わずもがな。

 まともに会話が成立しないこの呪術師を、同じ七賢人ならなんとかしてくれ……とばかりに、使用人達はレイをモニカに押し付けたのだ。

「グレンさん、わたしより、症状が酷いんです。呪いが全身に回ってて……」

 モニカがグレンの名を口にすると、レイは眉をひそめた。

「グレン? ……あぁ、思い出した。〈結界の魔術師〉の弟子か」

「知り合いなんですか?」

「遠くからチラッと見たことがある。図体も声もデカイから目立つ……あいつ嫌いだな。背が高いし、見るからに天真爛漫で、みんなから愛されてますって顔してるし、絶対モテるに決まってる……」

 またブツブツと恨み言を口にするレイに、モニカは慌てて懇願する。

「あの、グレンさんを、診てあげてほしいんです。本当に酷い症状で……」

「あいつなら大丈夫だろ。オレ達より魔力量多いから、呪いに対する抵抗力が高いし」

「…………へ?」

 モニカがパチクリと瞬きをすると、レイは「知らなかったのか?」と意外そうな顔をした。

「〈結界の魔術師〉の弟子の魔力量は、非公式だけど250を超えてた筈だ」

「えぇっ!?」

 一般的な魔術師の魔力量が100前後、七賢人になるために必要な最低ラインが150、そしてモニカの魔力量は200を少し超えるぐらいである。

 公式記録だと、魔力量が250を超えている者は国内で四人しかいないのだ。そのうちの二人が七賢人の〈茨の魔女〉と〈砲弾の魔術師〉である。

 魔力量の測定記録は、正式な魔術師にならないと登録されないから、見習いのグレンの記録はまだ非公式記録になっているらしい。

(そ、そういえば、選択授業でグレンさんが魔力量測定器を壊したことがあったけど……)

 あの時、グレンが壊してしまった測定器の上限は250。つまり、グレンの魔力は測定器を上回っていたのだ。

「グ、グレンさんって、すごかったんですね……」

「魔力量は化け物級なのに、魔術の腕はてんでダメだから〈結界の魔術師〉に預けられたんだよ。そういうわけだから、あいつの心配は不要だ。賭けても良い。明日には起きてる」

 レイがそう言ったタイミングで、部屋の扉がノックされ、使用人の声が聞こえた。

「七賢人様、よろしいでしょうか……グレン・ダドリー様が目を覚ましたそうです」

 ほらな、とレイはどうでも良さそうな顔で肩を竦めた。


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