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【番外編9】はて?

 夕焼けは地平に沈み、茜色の空は夜の色が溶け始めている。

 微かに残った西日の名残が、セレンディア学園男子寮の屋根に、細身の男のシルエットを浮かび上がらせた。

「…………くしゅっ!」

 セレンディア学園の男子寮の屋根の上で胡座をかいていたルイス・ミラーは、吹きつける北風に体を震わせ、グスグスと鼻をすする。

 〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットのサポートをするため、学祭にやってきたルイスは今、モニカに代わって第二王子護衛の最中であった。

 チェス大会の刺客は、ルイスの予想通り再びこの学園に現れた。それも肉体操作魔術を使い、学園の生徒に化けて。

 間一髪気づいたモニカは、刺客と交戦。その後、刺客に毒を吸わされ、身動きが取れなくなっているらしい。

 モニカの使い魔が独断でモニカの救出に向かったようだが、使い魔にできることなどたかが知れている。そこでルイスは止むをえず、リンをモニカの救出に向かわせた。

 できれば刺客の追跡をしたいところだが、第二王子に被害は無い以上、優先すべきは〈沈黙の魔女〉の保護。

 あの才能を、こんなところで失うわけにはいかないのだ。

 そう断言できる程度に、ルイス・ミラーは〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットの才能を高く評価している。

「ルイス殿、ただいま戻りました」

 屋根の上にメイド服の美女がふわりと舞い降りる。外套も無いその姿はどこか寒々しいが、風の上位精霊であるリンは寒さなど感じたりしないのだ。

 ルイスは索敵・魔力感知の結界を解除し、風と冷気を遮断する結界を張ると、懐から小さい酒瓶を取り出して中身を呷った。冷えた体を手っ取り早く温めるには、強い酒にかぎる。

 ぷはぁ、と酒臭い吐息を溢し、ルイスはリンに目を向けた。

「〈沈黙の魔女〉殿の容態は?」

「軽症です。この後、引き続き夜の舞踏会にも参加されるとのことでした」

「でしたら、私はそろそろ引き上げて良さそうですね。馬車にロザリーを待たせていることですし」

 舞踏会でも警備は必要だが、正直、舞踏会で第二王子の命を狙ってくる者はそうそういないだろう。生徒が一ヶ所に集まっている分、警備も厚いし、人の密集する場所は暗殺に向かない。

(しかし、刺客の目的は一体何だったのでしょうねぇ……第二王子の暗殺が目的なら、もっと簡単なやり方があったでしょうに)

 刺客がしたことと言えば、変装をして第二王子に近づいただけだ。ルイスは感知の魔術を駆使して学園中を調べたが、学園に何かを仕込まれた様子もない。

「……リン、お前は刺客と〈沈黙の魔女〉殿の会話を聴いていますね? その刺客は今回の潜入の目的について、何か口を滑らせてはいませんでしたか?」

「はい、滑らせておりました。つるっと」

 リンはコクリと頷くと、抑揚の無い声で自分が聞いた会話を再現する。


「『ユアン、例の件は確認できたのですか?』『えぇ、蜘蛛を取るフリをして、至近距離で確認したから間違いないわ。あれは裏切り者のアルトゥールの仕事よ……あの方の読みは正しかった』……以上です」


「……至近距離で確認? 裏切り者のアルトゥール?」

 アルトゥールという名前は、帝国の人間に多い名前だ。やはり、あの刺客は帝国の息のかかった人間と考えるのが妥当だろう。

 帝国の人間がわざわざ第二王子に接近した理由は?

 裏切り者のアルトゥールとは?

(……まさか)

 一つの仮説が、ルイスの頭をよぎる。

 それは、あまりにも突飛で馬鹿げた仮説だ。

 だが、これがもし真実だとしたら……〈星詠みの魔女〉が、第二王子の運命を読むことができなくなった事実と辻褄が合うのだ。

(陛下は、このことに薄々勘付いていた? ……だから、尻尾を掴ませるために、私を送り込んだ?)

 だが、この仮説は軽率に国王に訊ねられるものではない。下手をしたら、不敬罪でルイスの首が飛ぶ。

 まずは、この仮説の補強が必要だ。

 そのためにすべきことは……。

(第二王子の周囲に『アルトゥール』なる人物がいるか否か。恐らく、それが鍵となる)

 ルイスの仮説が正しければ、この件は国を揺るがす大事件になるだろう。

 ルイスは口元に手を添えて、喉をククッと鳴らす。

「ルイス殿、顔が悪巧みをしている極悪人のようです」

「悪巧みとは人聞きの悪い。クロックフォード公爵の破滅を想像したら、ついつい嬉しくて笑顔になってしまっただけです」

 ルイスの仮説が正しければ、クロックフォード公爵は第二王子諸共破滅するだろう。

 ルイスはクロックフォード公爵にも第二王子にも良い感情がないので、容赦をする理由が無い。

(……ただ、〈沈黙の魔女〉殿には、秘密にしておいた方が良いでしょうねぇ……あの小娘は、少し情に流されやすくなっている)

 第二王子が破滅すると知ったら、モニカがどう動くか分からない。

 ならば、ギリギリまでこの推測は伏せておくのが妥当だろう。

 じきにセレンディア学園は冬休みに入る。冬休み期間は第二王子も城に戻るだろうし、モニカの護衛任務もしばし休業だ。

(〈沈黙の魔女〉殿を休ませている間に、アルトゥールなる人物について、調べておくとしますかね)



 * * *



 セレンディア学園の学祭が終了した数日後、ルイスが自宅の書斎で書類仕事をしていると、リンが部屋の扉をノックした。

「失礼いたします」

 そう言って室内に足を踏み入れたリンは、その手にティーセットを乗せた盆を持ち、頭にフクロウを乗せていた。

 頭に、フクロウである。

 ルイスがずれた片眼鏡を持ち上げながらリンの頭上を凝視すれば、リンはごくごく自然な仕草でティーセットをサイドテーブルに置いた。

「紅茶をお持ちいたしました」

「……その鳥は?」

「庭掃除をしていたら、わたくしの頭にとまりました。名前をつけて飼おうかと思います」

 突っ込みどころ満載だが、すぐにルイスはフクロウの足に足輪がついていることに気がついた。

 足輪には星を模した紋章が施されている。

「リン、そのフクロウを飼うのは諦めなさい。それは〈星詠みの魔女〉殿の使い魔です」

 フクロウの足輪には、書簡を入れる小さな筒が取り付けられている。

 ルイスはリンの頭にとまっているフクロウの足輪から、小さく丸めた手紙を取り出して広げた。


 ──星詠みの結果「近く竜害の兆候あり」七賢人は有事に備えられたし。


 竜による災害、いわゆる竜害はこの国ではさほど珍しいことではない。

 草食の小型竜の群れが畑を荒らしただの、大型竜が人や家畜を襲っただの、程度の違いはあれど、竜害はリディル王国東部では日常茶飯事である。

 だが、わざわざ〈星詠みの魔女〉が警戒を促したということは……

「邪竜、あるいは呪竜か……」

 竜の中でも特に高い知能を持ち、人に害を成すものを邪竜。知能の高さを問わず、なんらかの「呪い」を撒き散らす竜のことを「呪竜」と呼ぶ。

 どちらも非常に危険度の高い竜だ。邪竜と呪竜による災害は、とにかく被害の桁が違う。一歩間違えれば国が滅びかねない。

「……どうやら、七賢人には冬至の休みなど無いらしい」

 七賢人の中でも、とりわけ戦闘能力が高いのが〈砲弾の魔術師〉と〈結界の魔術師〉……それと、あまり知られていないが〈沈黙の魔女〉の三名である。それ以外の四人は、あまり戦闘向きではないのだ。

 間違いなく、戦闘向きの三人はどこかしらに派遣されることになるだろう。

(冬至ぐらい、ロザリーとゆっくり過ごしたかったというのに……)

 ルイスが溜息を吐いていると、リンが頭上のフクロウをあろうことか両手で鷲掴みにし、至近距離でまじまじと眺めだした。フクロウは完全に怯えている。

「……リン、他所様の使い魔を威嚇するのはおやめなさい」

「威嚇ではありません。観察です。このフクロウは人の言葉を喋らないのですか?」

「…………はぁ?」

 ルイスは眉間に皺を寄せ、小馬鹿にしたようにリンを見る。

「オウムじゃあるまいし、フクロウが言葉を喋るはずがないでしょう」

「使い魔は、人間の言葉を理解しているのでは?」

 なるほど、リンは使い魔のことをよく分かっていないらしい。そもそも使い魔自体、そうそう見かけるものではないから、当然と言えば当然か。

 ルイスはやれやれと息を吐いて足を組み、椅子の背もたれに背中を預けた。

「使い魔は簡単な言葉なら理解できますが、喋ることはできません。普通の動物よりかは幾らか賢いですが、所詮は動物です」

 使い魔とは、魔術師と主従関係を結んだことで魔力を分け与えられた動物である。

 故に魔術師の簡単な命令なら理解できるが、それでもできることは動物の域を出ない。だからこそ、伝言の際は足輪に手紙を仕込む必要があるのだ。

 精霊との契約に比べて魔力の消費が少なくて済むが、できることの幅は圧倒的に狭い。

 ルイスがそう説明すると、リンはフクロウを掴んだまま、しばし黙り込んでいた。

 このマイペースな精霊にしては珍しいことだが、何やら困惑しているらしい。

 リンは考え込むような素振りを見せたあと、フクロウよりも感情の読めない目でルイスを見た。

「使い魔とは、人間に化けたり、小説を読んだり、オレ様最高イェーイと陽気に歌を歌ったりはしないのですか?」

「そんなトンデモ使い魔がいてたまりますか。人外が人に化けるために大量の魔力がいることは、お前自身がよく分かっているでしょう。人間に変化できるのなんて、精霊かその上位種ぐらいのものです」

 リンは無表情のままフクロウを見つめ、首をカクリと傾ける。


「………………はて?」



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