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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第2章「学園生活編」
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【2-4】ぼっちご飯の魔女、暗殺者(?)と出会う

 セレンディア学園における昼食は、大半の者が校舎にある食堂を利用する。

 学園の食堂は一流の料理人達が揃っているし、給仕役もいる。一応鍋ごとに簡単な毒味も行われているので、安心して食べられるという訳だ。

 ただ、ごく一部の裕福な生徒は寮に自前の料理人や給仕を連れ込み、寮の食堂で調理をさせて自室で食事をする。モニカの護衛対象である第二王子も、そのパターンらしい。

(だ、だから、別に食堂には行かなくても、いい、よね……)

 そう自分に言い訳をして、モニカは昼休みになるとコソコソと教室を抜け出した。

 モニカのクラスの生徒達はみな、流れるように食堂へと移動していくが、モニカはその流れに逆らって、校舎を出る。

 モニカのポケットには、木の実が一握りほど入っている。これを人の少ないところで食べようと思ったのだ。

 モニカは昔から人の少ないところを探すのが得意である。ミネルヴァに通っていた頃は、秘密の隠れ場所に篭って、本を読んだり計算をしたりしていたものだ。

 今日は天気が良いし風も強くないから、モニカは外を散策してみることにした。

 セレンディア学園の敷地はとても広く、庭園は美しく整備されている。今は夏の花が終わり、秋薔薇の蕾が膨らみ始めていた。

 一般的に貴族の通う学校は秋、庶民の子が通う学校は春を入学の季節に設定していることが多い。

 貴族は春から夏にかけて社交界シーズンで忙しいし、庶民は収穫祭のある秋が一番忙しいからだ。故に、その時期を避けて入学の季節にしている。

 モニカは庶民の出身だが、市井の子が通う学校に通ったことがない。モニカの父親はとても物知りだったから、勉強は全て父に教えてもらえたし、父が亡き後は紆余曲折を経て父の弟子にあたる人物の養子となり、魔術師養成機関であるミネルヴァに入学したのだ。

 だから、モニカは集団生活に慣れていない。ミネルヴァに通っていた頃も、友人らしい友人なんていなかった。

 それでもミネルヴァでは、魔術の才能があったから居場所を与えられた。研究室に引きこもることが許された。

 だが、この学園においてモニカはその才能を発揮することはできない。セレンディア学園にも魔術に関する教科は選択制で用意されている……が、そこで魔術を披露してしまえば、大変なことになるだろう。

 あがり症のモニカは、無詠唱でしか魔術を使えない。

 そして、ここで無詠唱魔術を披露したら〈沈黙の魔女〉であることがバレてしまう。

 モニカは溜息を吐いて、髪に留められたリボンに触れた。

(……わたし……「ありがとう」の一言すら、言えてない)

 いつだって、言いたい言葉はモニカの喉に貼りついて、そのまま声にならずに飲み込まれてしまう。

(……クラスメイトとだって、まともに話せないのに……どうやって、王子様に近づいたらいいんだろう)

 護衛をするためには、第二王子に近づかなくてはいけない……が、第二王子は三年、モニカは二年。そもそも学年が違うのだ。

(……本当に護衛をさせたいなら、ルイスさんは同じ学年にわたしをねじこむぐらいしてたはず……ううん、そもそも確実に護衛したいなら、男の人を送り込む、はず。だって、男子と女子は寮が離れているもの)

 ルイス・ミラーは傍若無人で壊滅的に性格が悪いが、有能だ。

 この護衛任務、絶対に失敗できないことはルイスも分かっているはず。

 それなのに「王子を護衛する」にしては、この計画は穴が多すぎる。そもそもモニカをこの学園に送り込む時点で無謀だ。

(ルイスさんは、他に何か考えがあるんじゃ……)

 そんなことを考えながら庭園を横切ったモニカは、ふと校舎の奥に大きな柵を見つけた。この先も学園の敷地内の筈だが、これ以上先に進めぬように柵の鉄門は閉ざされている。

 門扉には「旧庭園、現在整備中」という札がかけられていた。

(……ここなら)

 モニカは、朝からずっと下を向いていた頭を持ち上げ、鉄柵を見上げる。

 それなりに高さはあるが、それでもモニカの身長の倍ほどではない。

(これぐらいなら……)

 モニカは周囲に人がいないのを確認し、無詠唱で魔術を起動した。

 モニカの足元に小さな旋風が巻き起こる。モニカは魔術で風を操作し、地面を軽く蹴った。それだけでモニカの体は軽々と鉄柵を跳び越える。

 今のは魔法兵団等でよく使われる飛翔魔術の応用だ。本来の飛行魔術は高速で空を飛べるものだが、バランス感覚や運動神経というものが致命的に欠けているモニカは、飛行魔術は使えない。ただ、これぐらいの高さを跳び越える程度なら、なんとか使うことができた。

(……今の高さでも、充分に怖かったけど)

 ドキドキと鳴っている胸を押さえて、モニカは旧庭園を早足で進む。こういう閉鎖されている空間は、絶好の隠れ場所だ。

 整備中の札がかけられていたけれど、思っていたほど木々は荒れていない。ただ、花の類は殆ど見当たらなかった。どうやら花は全て表の花壇に移してしまったらしい。咲いているのは秋の野草ぐらいだ。

(でも、静かで良い場所……)

 ここなら落ち着いて過ごせそうだ。

 モニカは少しだけ気持ちを浮上させ、座るのに丁度良い石を探す。

 だが、その浮かれた足取りは、ツツジの茂みを一つ曲がったところでピタリと止まった。

 旧庭園の奥、今は使われていない噴水の縁に誰かが座って書類を読んでいる。少し距離があるので顔はよく見えないが、蜂蜜色の美しい髪だけはしっかりとモニカの目に焼きついた。

 男がモニカに気づき、顔を上げる。

「誰だ?」

「……っ、ひぃっ」

 モニカはすかさず身を翻し、その場を逃げようとした……が、もつれた足が石に躓いた。

「ふみゃっ!」

 間抜けな声をあげて豪快にすっ転んだモニカのポケットから、木の実が飛び出して、バラバラと散らばる。

「わ、わ、わ……」

 モニカがあわあわとしながら起き上がろうとしていると、頭上でクスクスと笑う声が聞こえた。

「ここは施錠されていたはずだけど……どうやら、子リスが迷い込んだらしい」

 モニカは半ばパニックになりながら考えた。


 どうして立ち入り禁止の場所に人がいるのだろう(自分はさておき)

 本来なら出入りできない場所に出入りしているなんて怪しすぎる(自分はさておき)

 もしかして、この人は不審者なのではないだろうか(自分は以下略)


 ──混乱したモニカの思考回路は、やがて一つの結論を導き出す。


(まさか、この人……殿下の命を狙う、暗殺者……っ!?)


 一度そう考えだすと、男の手の中にある書類の束が暗殺の指令書に見えてきた。

 あぁ、そうだ、この男はきっとこの場所で第二王子の暗殺方法を考えていたのだ。

 そして、この男が暗殺者なのだとしたら、目撃者であるモニカを見逃す筈がない。

 さくりと土を踏む音がした。男がモニカに近づいてくる。

「ひぃっ……!」

 モニカは半泣きになりながら、無詠唱魔術で風を起こした。殺傷能力はないが、強い突風が吹き、男の体をよろめかせる。男が手にしていた書類の束が風に舞って、雪のようにハラハラと散った。

 男は髪を軽く押さえて屈むと、何かを拾い上げる。

 男が拾い上げたのは、散らばった書類ではない。モニカのポケットからこぼれ落ちた木の実だ。

「今の風で君のおやつが、いくつか散ってしまったみたいだ」

 そう言って男は、ビクビクと震えているモニカの手をそっと持ち上げ、そこに拾った木の実を乗せる。

「これだけしか集められなかったのだけど、許してくれるかい? 子リスさん?」

「…………ぁ」

 男は自分が手にしていた書類よりも先に、モニカの木の実を拾ってくれた。

 男が暗殺者なら、こんな親切なんてしない筈だ。

 ふとモニカは気がついた。足元に散らばっている書類は、どれも数字がずらりと記載されている。暗殺の指令書なんかじゃない。これはただの帳簿だ。

「あ、ご、……ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

 モニカは慌てて地面に這いつくばり、散らばっていた書類をかき集めた。幸い、帳簿は支出の年月日が記載されているので、中身を見れば大体の順番は分かる。

 モニカが書類をかき集めている間、男はのんびりとモニカの木の実を拾い集めていた。どうやら書類にはあまり頓着していないらしい。

 モニカは書類についた土を払いながら、年月日順に書類を並べ直した。その過程で数字に目を奪われたのは、習性のようなものだ。モニカは数列を目にすると、どうしても目で追わずにはいられない。

(……あ)

 書類にざっと目を通したモニカは、胸がムズムズするのを感じた。

 数字に絶対的な価値を置くモニカにとって、答えの合わない計算は、気持ちが悪くて仕方がないものだ。それは、完璧な絵画についた一点の染みに似ている。

 そして、今モニカが拾い集めた書類は「染み」だらけなのだ。

「すまないね。拾ってくれてありがとう」

 そう言って男はモニカの手に、残りの木の実を握らせる。

 今になってモニカは気がついた。男は──まだ年若いその青年は、モニカと同じように学園の制服を着ている。ここの学生だったのだ。

 モニカは俯いたまま、拾い集めた書類を青年に差し出し、震える声で言う。

「さ、ささ……さっ、さっ、」

「うん?」

「三十九、箇所……不備が、あり、ました」

 それだけ言って、モニカは書類を青年に押しつけると、踵を返してその場を逃げだした。

 後に残された青年は、しばし無言でモニカの背中を見送っていたが、やがてその背中が見えなくなると手元の書類をおもむろにパラパラとめくる。

「……三十九箇所?」

 青年はボソリと呟き、碧い目を僅かに細めた。


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