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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第9章「学園祭編」
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【9ー14】好みのタイプ

 モニカがネロとリンを説得して、ラナの部屋に向かえば、ラナは目を丸くしてモニカの顔をまじまじと見た。

「……なんか、具合悪そうよ。ねぇ、大丈夫? 少し休む?」

 モニカなりに背筋を伸ばして、表情を取り繕っていたつもりだったのだが、一目見ただけで具合が悪そうに見える程度には、モニカの顔色は悪かったらしい。

 モニカは初めての学祭に浮かれて遊び疲れたのだと言い訳をし、ラナに着付けをしてもらった。

 ラナがモニカに貸してくれたドレスは、若草色の生地を使ったドレスだ。元のデザインは子ども向けだった物を、ラナの父が針子に仕立て直しをさせた際に、だいぶ手を加えてくれたらしい。

 肩の出る上半身はシンプルでスッキリしているが、胸元に大きめのレースをあしらっている繊細なデザイン。スカートは左腰に飾られた大きめのリボンから、裾に向かってドレープが流れている。一歩歩く度に、ドレープが波のようにサラサラと流れるのが美しかった。

 全体的に可愛らしいけれど、幼すぎない。さりげなく華やかだけど、華美ではない。

 細かなところまで計算され尽くしたドレスは、この手の物に疎いモニカの目から見ても、自分によく似合っていると素直に思えた。

 更にラナはモニカの髪にドレスと同じ色のリボンを結って、髪と一緒に編み込んでいく。そしてサイドの髪を一房細い三つ編みにし、それを少しほぐし始めた。

「……その髪は、どうするの?」

「ふふん、見てなさい」

 ラナはにんまりと笑うと、ほぐした三つ編みをクルクルと巻いて、ピンで固定する。そうして全体の形を整えれば、細い三つ編みは花のような形にまとまっていた。

「すごい! 髪の毛がお花に……!」

「最近流行してるスタイルなのよ」

 得意げに胸を張るラナの髪も、サイドが同じように花の形でまとめられている。

 モニカは思わず、へにゃりと頬を緩めた。

「……えへ、お揃い」

「そ、そうね! 姉妹みたいでしょ!」

「うん…………えへへ」

 ラナがセットしてくれた髪型は派手な髪留めが無くとも華やかだし、何より非常に手がこんでいる。

 最後にラナはモニカの顔に、チェス大会の時よりも少し華やかに見える化粧を施すと、仕上げに白いバラの花飾りを胸に留めた。

 ドレスは上半身がシンプルなデザインだからこそ、若草色の生地に白いバラがよく映える。

「これで、アシュリー副会長も喜ぶはずよ!」

 化粧道具をしまいながら言うラナに、モニカは首を捻った。

(……なんで、シリル様が喜ぶんだろう?)

 身嗜みがキチンとしていれば、生徒会役員として恥ずかしくないから、シリルも喜ぶということだろうか。

 モニカがそう自問自答していると、ラナは白バラの花飾りを見て、ニンマリと口角を持ち上げた。

「頑張ってね」

「……う、うん?」



 * * *



 エリアーヌ・ハイアットは今日の舞踏会のためにドレスを新調していた。

 名のある職人に仕立てさせた薄紅色のドレスはふんわりと柔らかな生地で、繊細で可憐なエリアーヌの魅力を存分に引き立ててくれる。

 ふわふわな小麦色の髪は可愛らしくまとめて花の飾りを散らしているので、まるで妖精姫のようだと、使用人達は口々に褒めちぎった。

 当然、会場に一歩踏み入れれば、誰もがエリアーヌに注目して……


「あぁ、やはりグレイアム嬢がいらっしゃると、それだけで華やかだなぁ」

「アシュリー嬢のお美しいこと……あの方がいらっしゃると、まるでそこだけが別世界のようだわ」


 耳に飛び込んできた声に、エリアーヌはピクリと指を震わせる。

 人々の視線の先を目で追えば、まず視界に飛び込んでくるのは、迎賓客と和やかに談笑している生徒会書記のブリジット・グレイアム。

 金糸銀糸で豪奢な刺繍を施した葡萄色のドレスは着る者を選ぶデザインだが、彼女はそれを難なく着こなしていた。

 なんと言っても目を惹くのは、ドレスに負けぬ華やかな美貌と、美しい金の巻き毛。

 派手なドレスを着ても下品に見えないのは、彼女の知性と品性ある振る舞い故にだろう。

 なにより、迎賓客の素性や関係性を全て把握し、相手に合わせた話題を振る話術は、誰にでも真似できるものではない。


 休憩用のソファにもたれ、物憂げな顔をしているのは、ハイオーン侯爵家令嬢クローディア・アシュリー。

 身につけたロイヤルブルーのドレスが、スレンダーな彼女の体のラインを上品に引き立てている。艶やかな黒髪は美しく結われ、大振りの髪飾りでまとめて、一房だけサイドから垂らしていた。その一筋の髪すら美しく見えてしまうのは、彼女の神秘的な美貌故にか。

 人形のような無表情で座っている彼女がわずかに身動ぎし、ほんの少し瞬きするだけで、周囲の男達は何かを期待するかのように彼女に熱い視線を送る。


 華やかな夜会の場で、ブリジットとクローディアの美貌は際立っていた。

 エリアーヌはブリジットとクローディアに並ぶ、学園三大美人だ。だが、どうしても先の二人に比べると、見劣りする──可愛らしいお嬢さん、という枠から抜け出せない。

 そもそも三大美人の枠に入ることができたのだって、エリアーヌがフェリクスの身内であることを知った周囲が持ち上げたからだ。

(……それがなんだと言うの。家柄や振る舞いだって、令嬢として評価されるポイントだわ。わたくしは誰よりも高貴な家柄だし、振る舞いだって、あの二人に劣ってなんかいない)

 ほら、エリアーヌがにこやかに微笑めば、周囲の男子生徒はすぐに頬を緩めてエリアーヌを囲ってくれる。そうしてエリアーヌを褒めちぎってくれる。

 春の精のようだ。なんて可憐なのでしょう。愛くるしさに胸が潰れてしまいそうです──そんな言葉に気分を良くしつつ、エリアーヌはちらりと横目でフェリクスを探す。

 フェリクスの姿はすぐに見つかった。この場の誰より圧倒的な存在感のある人なのだ。探すのは難しくない。

 できればフェリクスに近づいて、ドレスの感想を聞きたいところだが、フェリクスは教師達と話し込んでいた。ここで無理やり割り込んでは令嬢の振る舞いとして失格。あくまで控えめかつ自然にフェリクスに近づいて、彼から自分に話しかけさせるのが正解だ。

 フェリクスは絶対にエリアーヌを無視したりはしない。だって、エリアーヌはフェリクスに一番相応しい令嬢なのだから。

(……あら?)

 なにやら、奥の方のテーブル周辺が賑わっている。女子生徒達が一人の男子生徒を囲っているのだ。

 囲まれているのは、今日の舞台で英雄ラルフ役を務めたグレン・ダドリー。背の高い彼の金茶色の髪は、令嬢達に囲まれていてもすぐに分かった。

 どうやら、今日の劇で主役を務めた彼に、令嬢達は興味津々のようだった。

(あら、あら、まぁ、まぁ……あんな、粗野で下品な男のどこが良いのかしら? フェリクス様に相手にされない人達って可哀想ね)

 グレンをチヤホヤしている令嬢達を内心小馬鹿にしつつ、エリアーヌは彼女達の会話に意識を向けた。

 令嬢達はキャアキャアと甲高い声で今日の芝居がいかに素晴らしかったかを語り、その合間にグレンのことをあれこれ詮索している。

 ある令嬢が頬を薄桃色に染め、うっとりした顔でグレンに訊ねた。

「ダドリー様は、七賢人〈結界の魔術師〉様のお弟子さんとお聞きしたのですが……」

「そうっスよ!」

(──!? な、な、な、なんですって……っ!)

 初耳である。

 グレン・ダドリーと言えば、高等科二年の編入生で、貴族らしからぬ振る舞い故に周囲から浮いていた生徒だ。ただ、その愛嬌のある性格故にか、一部の生徒とはそれなりに交流があるらしい。

 エリアーヌに言わせれば、グレン・ダドリーはセレンディア学園に相応しくない「不良」だ。

 それなのに何故か生徒会役員の一部と交流があるし、フェリクスも目にかけている。

(七賢人の弟子? それも〈結界の魔術師〉と言えば、社交界でも人気の有望株だわ。七賢人になれば伯爵位相当の地位になるし、なによりも国王陛下の相談役……重鎮中の重鎮よ。ゆくゆくは、グレン・ダドリーも?)

 エリアーヌは自分を褒める取り巻きの言葉を半ば聞き流し、グレン達の会話に意識を向けた。

「ダドリー様の今日のお召し物、とてもよくお似合いですわ」

「えっへへ、この礼服も師匠が見立ててくれたんっス!」

 グレンが着ている礼服が一流の仕立て屋で作られた物だということは、誰の目にも明らかだった。襟の形やシルエットなどで流行を押さえた細身のジャケットは、手足の長い彼によく似合っている。

 彼の師のルイス・ミラーは社交界でも貴婦人方に評判の良い洒落者だ。その彼が見立てただけあって、グレンの礼服姿は非常に垢抜けている。

 金茶色の癖っ毛がピョンピョン跳ねているのが惜しいと言えば惜しいが、グレン・ダドリーはこの場にいる若者の中でも、フェリクスに負けないぐらいの存在感があった(図体と声がデカいというのも理由ではあるが)

 令嬢の一人が、はにかみながらグレンに問う。

「ダドリー様は、どなたと踊るか、もうお決めになりましたの?」

「うーん、オレ、ダンスはそんなに得意じゃないし。とりあえず、お腹いっぱいご飯が食べたいっスね」

「まぁ、ダドリー様ったら!」

 令嬢達は、グレンの奔放な振る舞いすら楽しんでいるようだった。

 今度は別の令嬢が冗談交じりに訊ねる。

「ねぇ、ダドリー様はどのような女性が好みなのです?」

「まぁ、わたくしもお聞きしたいわ!」

「わたくしも!」

 えぇ、わたくしも是非お聞かせ願いたいわ。とエリアーヌは耳に全意識を集中した。

 グレンは腕組みをして「うーん」と唸ると、視線を宙に彷徨わせながら口を開く。


「……アメーリア、っスかね」


 初代国王ラルフの妻アメーリア──エリアーヌが演じた役である。

 それ即ち、アメーリアを演じたエリアーヌを慕っていると宣言したも同然。

(まぁ! まぁ! そういうことでしたら、わたくしの前で申してくだされば……『わたくしは、ラルフ様よりフェリクス様が好きですわ』と言って差し上げるのに!)

 そんな意地悪いことを考えているエリアーヌの耳に、グレンの声が届く。


「子どもの頃に初代国王物語を読んだ時から、ずっとアメーリアみたいなカッコいい女の人が好きなんっスよね。クールで仕事ができて、悪いことは悪いってビシッと言ってくれて、でも、オレの話を真剣に聞いてくれて……オレが怪我すると仕方ないわねって手当てしてくれる、年上の人がタイプっス!」


 エリアーヌは思わずあんぐりと口を開けそうになった。

 すごい。グレンがあげる条件は、何から何までエリアーヌと正反対だ。

 ついでに言うと、エリアーヌは高等科の一年生なので、グレンの年下である。

 思わず頬が引きつりそうになり、エリアーヌは慌てて扇子で口元を隠した。取り巻きの男子生徒達が「具合が悪いのですか?」と声をかけてきたので、エリアーヌはすぐに美しく可憐な笑顔を取り繕って、上目遣いに男子生徒達を見上げる。

「皆様が沢山褒めてくださるから……恐れ多くて、つい恥ずかしくなってしまいましたの」

 そう言ってニコッと微笑めば、周囲の者は皆、デレデレと頬を緩める。

 ほら、これこそがあるべき姿なのだ。グレン・ダドリーは見る目が無いにも程がある。こんなにも可憐な共演者がそばにいるというのに、褒め言葉どころか、挨拶の一つも無しだなんて!

 こっちを向いて挨拶の一つでもしたら──そして、エリアーヌのことを褒めてくれたなら、少しぐらいは見る目があるのだと褒めてやってもいい。

 そんなエリアーヌの思いが通じたのか、グレンはパッと顔を上げて、エリアーヌの方を見た。

 無論、エリアーヌの方から声をかけてやるつもりなんてない。声をかけてきても、最初のうちは相手になんてしてやるものか。

 そんなことを考えていると、グレンはズンズンと大股でエリアーヌに近づき──その横を爽やかにすり抜けて、入り口付近に立っていた小柄な少女に声をかけた。

「あっ、やっぱり、モニカだ! おーい! モニカー!」

「あっ、ダドリーさん……こ、こんばんは……」

「こんばんはっス! そのドレス、可愛いっすね! 似合ってるっスよ!」

「あ、ありがとう……ございます……えへへ」

 思わず扇子を取り落としたエリアーヌに、取り巻きの男達が心配そうに声をかけるが、男達の声はエリアーヌには届いていなかった。

 エリアーヌはブルーグレイの瞳に静かな怒りを宿し、グレン・ダドリーとモニカ・ノートンを凝視する。

 こうなったらもう、なりふりなど構っていられない。

 エリアーヌは早足でフェリクスの元へ向かうと、彼と教師の会話が終わるのを見計らって声をかけた。


「フェリクス様……わたくしと、踊ってくださいまし?」


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