表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第2章「学園生活編」
10/236

【2ー3】最大の難関(自己紹介)

 かつてモニカが通っていたミネルヴァの制服は、ダークグリーンだったりネイビーだったりと暗い色の物が多かったが、セレンディア学園の制服は真逆だ。全体的に白を基調とした明るい色でまとめられ、金糸銀糸で華やかな装飾が施されている。

 女子生徒の制服は足首まである上品なワンピース。特筆すべきは、男女共に手袋をすることが服装規定で定められていることだ。

 ミネルヴァでも貴族の子らは手袋をしていたものだが、服装規定で定められているわけではなかった。

 セレンディア学園は貴族のための学園だ。それ故に、社交界に相応しい身嗜みと立ち振る舞いが常に求められている。

 ……が、当然モニカはそれどころではなかった。正直、気絶しないで立って歩いているだけ奇跡に近い。

 慣れない白手袋の中の手は、既に冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

「こちら、編入生のモニカ・ノートン嬢です」

 教壇の前に立たされ、クラスメイトに紹介をされているモニカは、審問台に立たされた罪人の気持ちだった。

 クラスメイト達の視線は全てモニカ一人に集中している。あぁ、もし自分が新入生だったら、たった一人だけ注目を浴びるということもなかっただろうに。

「挨拶を」

 教師に促されたモニカの喉はいよいよ痙攣しだした。人前に晒されるだけでも耐え難いのに、更に挨拶だなんて!

(何か、言わなきゃ……)

 こういう時は、自分の名前に「よろしくお願いします」と一言添えて、お辞儀をするだけでいいのだとルイスに言われている。

 だが、たったそれだけのことすら、モニカにとって途方もない試練だった。

 モニカが黙って俯いていると、クラスメイト達の視線が微妙に変化する。挨拶が進まないことに対する苛立ち、見るからに緊張しているモニカに対する侮蔑、そういった視線がチクチクとモニカに突き刺さる。それがモニカは怖い。

 挨拶をしようとモニカは口を開くが、結局口をパクパクさせるだけで、何も言えずに黙り込む。

「……もう結構。座りなさい。貴女の席は廊下側の一番後ろです」

 老齢の男性教師は呆れたように息を吐いて、モニカに着席を促した。

 モニカは返事をすることもできないまま、震える足で自分の席へ向かう。そんなモニカの覚束ない足取りを、クラスメイト達は冷ややかに見ている。

 やがて授業が始まったが、教師の話はまったくモニカの頭には入ってこなかった。


 * * *


「ねぇ、貴女」

 休み時間になっても椅子に座ってじっとしていると、モニカのすぐそばで声がした。

 もしかして自分に話しかけているのだろうか、でももし人違いだったらどうしよう、と顔を上げることもできずにいると、今度はトントンと肩を叩かれる。

「ねぇ、貴女に話しかけているのだけど。編入生さん」

 モニカはビクッと肩を震わせ、オドオドと頭を持ち上げた。

 モニカをじっと見下ろしているのは、亜麻色の髪の少女だ。色が白く、目が大きく、少し勝ち気そうな雰囲気がある。髪型は凝った編み込みが施され、耳元には金細工のイヤリングが揺れていた。

「わたしはラナ・コレット」

 ラナと名乗った少女は、モニカのことを頭のてっぺんから靴の先までまじまじと眺めて、腰に手を当てる。

「ねぇ、どうして髪をおさげにしているの? そんな田舎娘みたいな髪型、この学校じゃ誰もしてないわ」

 ラナの言う通り、モニカは薄茶の髪を二つに分けて緩く編んで垂らしている。

 ルイスから貴族の令嬢らしい髪型を幾つか教えられたのだが、難解すぎてやり方が覚えられなかったのだ。

 寮に侍女を連れ込んでいる令嬢達なら、侍女にセットしてもらうところだが、当然モニカには侍女なんていない。

「ほ、他の……やり方……分から、なくて……」

 その一言で、モニカを見る周囲の目が「やっぱりな」と言いたげなものに変わる。

 モニカは今の発言で、自分に侍女がいないことを露呈してしまった。寮に侍女を連れてきていない者は、よっぽどの貧乏人か、爵位を持たない末席の者のいずれかだ。

「貴女、育ちはどこ?」

 ラナの問いにモニカは言葉を詰まらせた。モニカは生まれも育ちも王都から比較的近い町なのだが、今はケルベック伯爵家の関係者のふりをしなくてはいけない。

「……リ、リ、リェンナック、です」

 伯爵領の町の一つを挙げると、ラナは「まぁ!」と大きな目を見開いた。

「国境沿いの大きな町ね! あそこは隣国の珍しい布が入ってくるでしょう? ねぇ、今リェンナックではどんな模様が流行っているの? ドレスの型は? スカーフはどんな物が?」

 ラナの質問攻めに、いよいよモニカは困り果ててしまった。

 そもそもモニカはリェンナックの人間ではないし、仮にそこに住んでいたとしても、流行の物なんて何一つ知らなかっただろう。

「わ、わた、わたし、そういうの、よ、よく、わから……なくて…………ごめんなさい」

 モニカがモゴモゴと謝れば、ラナはムッとしたように唇を尖らせた。

「ねぇ、どうして貴女、お化粧をしてないの? せめて白粉と口紅と眉墨ぐらいはするものでしょう? ねぇ見て、この口紅の色。王都の化粧品店の最新作なのよ」

 それからラナは、次々とモニカの服装にダメ出しをする。

 やれ、手袋は縁に刺繍のある物が可愛いのだとか、アクセサリーの一つも付けていないなんて正気じゃないとか、靴のデザインが古すぎるとか。

 モニカは震える声で「よく分からないです」「ごめんなさい」と言うことぐらいしかできない。だって、本当に彼女の言うことが何も分からないのだ。

 ラナは髪型も凝っているし、美しい髪飾りを挿している。手袋はフリル付きで、襟元のリボン飾りは華やかな刺繍入りだ。モニカと同じ制服でも、まるで印象が違う。

 モニカが困っていると、周囲の女子生徒達が扇子を口元に当てて、何やらヒソヒソと話し始めた。


「ねぇ、また成金男爵の令嬢が、田舎者相手に成金自慢してるわよ」

「他に誰にも相手にしてもらえないから、あんな田舎者に絡んでるんでしょ」

「お金で爵位を買ったからって、必死よねぇ」


 いくら小声と言っても、モニカに聞こえるぐらいの声量なのだ。当然、ラナにも聞こえている。

 ラナは細い眉をヒクヒクと震わせていたが、やがて亜麻色の髪をかきあげると、フンと鼻を鳴らした。

「もういいわ。こんなダサい田舎者と話してても、つまんないもの」

「…………ごめんなさい」

 つまらないは、モニカにとって言われ慣れた言葉だ。

 モニカは自分がつまらない存在であることを、嫌になるぐらい自覚している。

 みんなと同じ話題で盛り上がれない、流行りの物が何一つ分からない。興味があるのは数字と魔術だけ。

 自分が何かを言って相手を嫌な気持ちにさせるぐらいなら、その場にいない存在として扱われた方がまだマシだ。

 だからモニカは俯いて、誰とも目を合わせないように、じっとしていることしかできない。

 今もそうして俯き石のように固まっていると、ラナは突然手を伸ばし、モニカの三つ編みをむんずと掴んだ。

 モニカがヒィッと恐怖に息を呑むと、ラナは鋭い声で「じっとしてなさいよ」と言う。

 そうして彼女は、モニカのおさげを何やら器用にまとめて、ピンで固定した。この場に鏡は無いので、自分の頭はどんなことになっているのかまるで分からない。

 だが、ラナは「これでいいわ」と満足そうに頷いた。

「ほら、これぐらい簡単なんだから! できるようになりなさいよ!」

 そう言ってラナはズカズカと大股で自分の席に戻っていった。

 モニカはおっかなびっくり自分の頭に指先で触れる。

 触れた部分はピンで固定され、柔らかな手触りのリボンが揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ