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第6話 家具の配置を変えて磨くのです

 三日目。


 ブラーナは、さっぱりした自分の顔を鏡で見る。

 結局、昨日は理容師に来てもらい、久々にヒゲを剃って、髪も短く整えてもらった。

「老けたな」

 と呟き、そんな自分に驚く。前にきちんと鏡を見たのはいつだったのかも思い出せないし、一昨日まで自分の容姿など気にもしなかったのだ。

 ララと一緒にしまった服を見て、今日は何を着ようかと考える。作業のしやすい服がいいだろうと思い、そんな自分がおかしくてブラーナはクスッと笑った。

「娘ってのは、いいものだな」

 家の中にいるだけで、小さな太陽がすべてを照らしているようだ。


  ★


「ララ、これを見てくれないか」


 ブラーナが小さな何かを持ってララに差し出した。小さな箱に入ったものは、ララのチョーカーについているカボションとそっくりだ。

 それは、中に星をちりばめたような模様が入っているのが特徴の、銀河(ミルキーウェイ)という名の宝石だった。天然のものは高価だが、人工のものは安価で出回っている。


「これは妻がデザインしたものでね、彼女と一緒に作ったんだ。君のチョーカーを見るまで、どこに置いたかさえ忘れていたが、昨日見つけたんだよ。宝石としては偽物だけど、特別でね。子どもが生まれたら、何か身に着けられるものに加工しようと楽しみにしてたんだ」


 手のひらに置かれた銀河(ミルキーウェイ)をララが光にかざすと、石の中には何か模様が入っていた。それは、小さな宇宙を閉じ込めたような、静かでちいさな世界だ。一見黒に見える濃い紫色の石は光を反射し、まるでララに笑いかけているかのような印象を与えた。

「きれいな紫……」

「それは、マリィの目の色なんだよ。とても、美しい目だったんだ」

 はっきり思いだせるようになった妻の笑顔を思い浮かべ、ブラーナは微笑む。

 まさか自分が、妻の顔を笑って思いだせる日が来るとは思ってもいなかったと考えながら。


「永遠の愛を……と彫ってありますね。大切にしないと」

 そっとララが石を返すと、ブラーナは大きくうなずいた。

「そうする」

 そしてブラーナは小さな箱の中に銀河を戻し、寝室のチェストに、そっとそれをしまった。


  ★


 今日は生活動線を考えて家具の配置を変えることになっている。二人で話し合った結果、家具は業者任せではなく、あえて自分たちで磨くことになった。


 職人が入ったため、計画さえ立ててしまえば家具の配置や、新しい機材が整うのはあっという間だ。

 今まで寝室も仕事場もはっきりした境がなかったが、庭が見える部屋を仕事場に変更し、寝室は昔のように上の階に移動させた。


 ララが用意した家具用ワックスは、マリィが生前使っていたのと同じ、さわやかな柑橘系の香りがする。


「妻が使ってたものと似てるな」

 ブラーナのつぶやきを耳にし、ララは少し不安になった。

「奥様を思い出して、嫌ですか?」

「いや。今は、彼女を感じることをうれしいと思える。やっと、闇から抜け出せた気がするよ」

 そう言って笑った顔は、初めて会った日とは別人のようだ。

 それがつい二日前とは、信じられないような変化である。


「ダディ、若返りましたね」

「逆だろ? 俺は老けたと思ったぞ」

「それは大昔と比べてですよね? 私、この三日しか知りませんよ?」

「大昔って……。若い娘に十年は大昔かもしれないけど……」

 何かショックである。


  ★


 屋敷中が以前のように明るく輝くにしたがって、ブラーナは力が湧いてくるのを感じた。


「ダディがこのまま若々しくなったら、きっと女の方が放っておきませんね」

 まじめな顔でそんなことを言うララに、ブラーナは思わず吹き出す。

「いやいや、それはないだろう」

「そうですか? 資産家で男前で独身なら、引く手数多(あまた)ではないでしょうか? 再婚する気はないんですか?」

「ないね」

 即答である。

「ああ、そんな顔をしないでくれ。俺だって、別に一人で生きていきたいってわけではないんだ。まあ、そうだな。マリィ以上に心惹かれる女性が現れたら考える。それでいいかい?」

「でも……」

「大丈夫。もう魔窟は作らないから。もし天国なんてものがあるとしたら、将来マリィと娘にはまた会えるだろ。その時汚いダディなんて嫌! なんて言われたら……」

 俺、二度と立ち直れない気がする……。



 なぜか涙目で黙り込んだブラーナを、ララは不思議そうに眺めた。



「それより、ララ」

「はい」

「ロジャーの契約は今日までだろう。このまま個人的に契約を延長することはできるのだろうか?」


 それは最上の誉め言葉だ。だが……


「私、けっこう売れっ子なんですよ。契約をするなら予約が必要です」

「ああ、やはりそうか。どれくらい先になるかわかるかい?」

「たぶん、早くて三年先だったはずで……」

「三年! すぐ予約する!」


 笑顔で宣言すると、ブラーナは手近な通信端末であっという間に予約をとってしまった。


「その時は、また娘になってくれるかい?」

「はい、ダディ。喜んで」

ようやく前を向いたブラーナでした。


次は「さよなら、ダディ」です。


あっという間の三日間。とうとうお別れですが……

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。 年末ということもあり、大掃除という単語がドンピシャであてはまる物語ですね。家の整理と心の整理。大切なものをもう一度見つめ直してみたら、生きるための目標が見えてくるような気がしま…
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