第5話 残すものを選びましょう
二日目は、屋敷に残す物の選定をした。
「残す物? 不用品は昨日処分しただろう?」
戸惑ったようにモソモソとそう言うブラーナに、ララはにっこりと笑いかけた。
「はい。残す物を選ぶんです」
不用品を処分した仕事場と寝室は、たったそれだけのことで見違えるようだった。昨日の魔窟が嘘のようだ。ここからさらに物を減らすという事なのかとブラーナは首をかしげるが、
「昨日は服を選びましたよね。あれと同じようなものですよ」
ララの気楽そうな口調に、なるほど、そういうものなのかと納得する。
だがその考えが甘かったことを、ほどなくブラーナは痛感した。
昨日ララの手によって一見片付いた部屋には、仕事や生活するうえで増えた雑多なものが驚くほど多かったのだ。そのほとんどは、本音を言えばまったく覚えていないといってもいいようなものばかりだ。だが、よくもまあこれだけのものを、一時的とはいえきれいに収めたものだと舌を巻きつつ、ララの指示に従いながら残す物を選んでいく。
間に昼食をはさみつつ、終わった時には夕日が部屋に差し込んでくるころ合いだった。
屋敷の清浄機能も復活し、窓を開けなくても空気が清浄化されるが、ブラーナはなんとなく部屋の窓を開けていく。
窓から見える庭には昨日から業者が入り、見違えるように整えられていくのが見える。
風雨にさらされボロボロになったガゼボは、似たデザインの新しいものに取り換えられた。アプローチの石畳がきれいに整えられ、我が物顔に生えていた雑草はきれいに抜かれている。土と草のにおいが濃密になる中、ロジャーが選んだという花が新しく花壇に植えられていた。花の名前は分からないが、それらがマリィが好んだ花だということを、ブラーナは突然思い出す。
「庭が、喜んでる……」
思わずそんな言葉が出てハッと口を抑えるブラーナに、お茶を淹れていたララが当たり前だというような様子で同意した。
「これで、もう誰もここを幽霊屋敷だなんて言いませんね」
「幽霊屋敷?」
知らなかったのか、驚いたような顔でブラーナが言った。
昨日は、古い屋敷にはいて当たり前なんて言っていたのにだ。
「幽霊が住むなら、妻たちが住んでいたらよかったのにな」
香りのよい紅茶を飲みつつ、軽い口調でブラーナがそう言うと、ララはふっとまじめな顔になった。
「ダディ」
「ん? やっぱり変か?」
幽霊でもいいから、一緒に住んでほしいなんて。
そう思って一人照れるブラーナに、ララはふるふると首を振る。
「あんなに汚くしてて、喜んで住む奥さんや娘なんていませんよ」
容赦ない現実を突きつけられ、ブラーナはがっくりと肩を落とした。ぐうの音も出ない。
『ルーカス、見て。今日のお花よ。綺麗でしょ』
またマリィの声が甦る。
マリィは、綺麗なものや可愛いものが好きだった。いつもハチミツ色の美しい髪をひとつに束ね、それを尻尾のように揺らしながらちっともじっとしていない。時に庭で楽しそうに庭師と共に花を育て、メイドと共に家具を磨き、コックと一緒に料理もしていた。あの頃は、家中が彼女の欠片であふれていた。
「綺麗にしたら、帰ってくるだろうか」
亡くなった人間は帰っては来ない。
分かってはいるが、ララが聞き上手なため、ついついおかしなことを口走ってしまう。
「私のせいですか?」
ブラーナが、あまりにも情けない顔で文句を言うので、ララは我慢できずに声をあげて笑ってしまった。そのはじけるような笑い声に、ブラーナもつられて笑顔になる。
「では、ダディの髪とヒゲもきれいにします?」
ララが、笑ったせいで涙の浮かんだ目でそう提案すると、ブラーナは困惑したように
「ああ、うーん」
と唸る。
「どうして悩むんですか?」
「ああ、いや。なんとなく、伸ばしっぱなしだったからな。ないと心もとないと言うか……」
もじゃもじゃのヒゲを撫でるブラーナに、ララは首をかしげた。
「もしかして、奥様はおヒゲが好きだったんですか?」
その言葉に、徐々にブラーナの目が丸くなっていく。
「……まずい、嫌ってた!」
ブラーナは、妻から絶対にヒゲを伸ばさないでね、と言われていたことを思い出し、あわてて洗面所に走る。
「ダディ、急にどうしたんですか?」
「わからん! わからんが、今妙に妻が近くにいるような気がする。彼女は俺がヒゲを伸ばすのが嫌いだったんだ」
「まあ……。っ! ……ダディ、今から理容師さん、呼びますか?」
久々のカミソリで頬を切ったブラーナに、ララはそっと尋ねた。
慌てながら剃刀でヒゲを剃るのは危険でした(--;
次は「家具の配置を変えて磨くのです」です。
生活動線って大事ですよね。
その中で、ブラーナがララに語ったこととはいったい……?