第97話 ワイン泥棒 1
カルベネの酒蔵から高級ワインが壁一面分盗まれていた
俺は完全に腰が抜けてしまったカルベネを酒蔵から引っ張り出した。
「そ、そんな、え、え?」
「おいしっかりしろ」
彼女は完全に放心状態でその場にへたりこんでしまっている。このままではらちが明かない、だれかを呼ぼうとしたとき悲鳴のような女の泣き声がどこからか聞こえてきた。
前方を見ると別のサテュロスの少女がうずくまってワーワーと泣いている。
「あの大丈夫ですか?」
「な、ないの、うちのワインが盗まれて、しまったの」
そう言うと再びワーと泣き出してしまった。どうやら被害にあったのは一軒だけではないらしい。
この騒ぎに住民が何事だと集まってきた。そして少女の話を聞いたとたん皆一様に青ざめ、各自の酒蔵へと一斉に走り出した。
この事態に村中が大パニックだ。俺はとりあえずこの事態を仲間に伝えた。
その後、他にも何軒か盗難被害にあっていることがわかった。
「どうして誰も気づかなかったんだ?」
「普段ああいう一番高級なものは蔵の奥底にしまっているんだ、なんたって何十年も熟成させているからね」
カルベネは声を低くして答える。
この緊急事態に夜だというのに村中の住民が集まっている。昼間とは打って変わってまるでいきなり夏から冬になったかのような緊張感が村全体に漂っている。
ただならぬ雰囲気に泣き出してしまった子供たちをフィリアナがなだめている。
皆お互いの顔を見つめ口々にぼそぼそと何かつぶやいている。すると昼間、食事を届けてくれたシーレノスの男が声を上げた。
「こういうことは言いたくないがこいつらが来てからじゃないか?こんなことになったのは」
彼はこちらを疑うような眼差しを向ける。それにあわせ皆が一斉に俺たちを見た。すかさずカルベネが反論する。
「いや違う私はこいつらが小屋から出たのを見ていない」
「じゃあお前はずっと見てたって言うのかよ、一秒も目を離さずにか?」
これには彼女も言葉を詰まらせる。
「なあ、ここ最近変わったことはなかったか?よそ者の俺が言うのもなんだけどこれだけのワインを盗むのにはある程度準備が必要だと思うんだ」
俺の言葉に皆あごに手を当てて考え出した。すると先ほど泣いていた少女が思い出したように口を開いた。
「そういえば数日前、うちにワインを買いたいという男の人が来たの」
それにあわせ盗まれた人たちはうちもだと言い始めた。
彼女の話によると彼らは一通り見学した後その場では何も買わずに帰ったらしい。
「とりあえず現場検証をしてみよう、なにかわかるかもしれない」
俺の提案に皆うなずいた。