第394話 深緑のささやき、アルラウネ 2 ♥
妖艶な声に操られ貞操の危機に陥った亜李須川(このエピソードには少々性的な内容が含まれます、苦手な方は読まなくてもストーリの進行に大きな影響はありません)
花に包まれた女はこちらを振り向き妖艶に笑う。
「ほら早くして、なにを戸惑っているの?それともシたくないの?」
全然やりたくない、むしろ命の危機だというのに俺の手は勝手にスボン、それから下着に伸びる。大声で叫ぶんだ、助けを求めよう。そう思ってものどがつまり言葉が出てこない。こういう時は一度目をつむり息を止めるのがいい。金縛りのときはそうやって冷静になり頭をリセットするのだ。俺は目を閉じ現実から逃れようとした。だが美しい声が耳から流れ込んでくる。
「怖気づかないで、怖くないわよ、さあ」
息を止めそれから大きく深呼吸して……いやまて今来られたらまずくないか。どう考えても誤解されてしまう。そうだベルトについたままの短剣があったはず。これを取って背後から攻撃すれば逃げるチャンスが生まれる。俺は地面に落ちている短剣へそっと手を伸ばした。足は前に進もうとしているがこれならなんとか行けるかもしれない。もし知られても敵は俺への呪縛をとかなければ自然と近づいてきてしまうことになる。脅しだけで逃げられる。
「アリスガワ、そこにいるのか!大丈夫か?!」
聞きなれた声に全身が固まった。誘う女の声より聞きたくなかった、今一番会いたくない人物。
「大丈夫か?!なんだこいつは、アリ……」
シャリンは剣を片手に俺のほうを見て固まった。最悪だ、もうなにを言っても無駄な気がする。だが嫌なのは俺だけではなかったようだ。花に包まれた女は自分の食事を邪魔され青筋を立てる。
「チッあと一歩だったのに。さっさと消えろ!」
すると地面から何本もの木の根が姿を現した。それはまるで触手のようにうねり、シャリンへと襲い掛かる。圧倒的な攻撃にシャリンは後ろへと退いた。
「くっ、なんだこれは、以前見た花とは別のものか!」
「残念だけどこの男は渡さない、死にたくなければ早く引き返しなさい」
この女が木の根を操っているのか。根は鞭のごとくものすごい勢いでシャリンへと叩きつけられた。衝撃で地面がえぐれ雑草が飛び散る。こういう場合、どうしたらいいのか。そうだ、エレナーゼだ、彼女の火の魔法ならなんとかできるだろう。
「シャリン一旦退いてエレナーゼを呼んできてくれ!火の魔法なら木に強いはずだ」
「そうか、わかった!」
シャリンが引き返そうとしたとき逃がすまいと木の根に足首を捕らえられてしまった。八つ裂きにしようとその後を追うように伸びる根にがんじがらめにされている。あっという間に小柄な彼女の体は縛り上げられてしまった。
早く拘束を解かなくては!いや待て、もしかして今がチャンスではないのか?すべての攻撃がシャリンへ集中しているのならば本体はがら空きなはずだ。俺は短剣を拾って女のもとへ走った。下がる女に剣を突きつける。
「早く開放しろ、じゃないとお前を殺すぞ」
「私を殺すですって?あなたにそんなことできるかしら」
馬鹿にされたような態度が頭にきて咄嗟にのどもとに掴みかかり剣先を突きつける。
「ほらどうしたの?やりなさいよ、できるものならね、あなたに人が殺せるかしら?」
見透かされたような笑み。そうだ俺は本気で殺す気などない。ただの脅しだ。だがこれは果たして人なのか、それともしゃべる植物か。今とどめを刺さなければ仲間が危ない。気持ちが大きく揺れ動くのを感じる。やらなければやられる、やらなければ……俺は剣を大きく振りかぶった。