第390話 ボスの器
力尽きたエレナーゼは負けを認めてしまった
負けを認める?今エレナーゼはそう言ったのか?これも作戦のうちの一つなのか?アマゾネスたちも困惑している。
「なんだって、お前の負けだと?どういうことだ。負けたのはあの人面犬どもだ、勝負の取り決めを反故にしたんだぞ」
狼女の言葉にそうだそうだと他のアマゾネスたちも声を上げる。そこへ俺の仲間たちも駆け寄ってきた。状況を察し流れるように武器を抜く。思わぬ一言にループは足を止めなにも言えずにいるようだ。
「だから私の負けだと言ったの。たとえ彼らの仲間が加勢しなくとももう私は限界。立ち上がることすらできない。止めを刺そうとすれば彼一人にだってできる」
まあそうだが……。俺と同じようにみんな腑に落ちないという顔をしている。
「私を殺したいならどうぞ。だけどやるのはあなた、手下じゃない。さあ早くしないと私の体力が回復するよ」
部下の視線が一斉にループに集まる。ボスの行動を全員がじっと待っているようだ。決断を迫られた彼は目線を泳がせ動揺している。
「そ、そうだな。俺の勝ちだ。お前はよくやった、この俺をここまで追い詰めたのだからな」
「なにを?!そのうるせぇ口を閉じろ!おいあのクソ犬どもをやっちまおうぜ」
ループのおごった態度に狼女が怒りをあらわにする。
「大体なぁ、大群で押し寄せてなにが真剣勝負だ。止めに入らなきゃ今頃部下にやらせてただろ?それにもともと……」
「それ以上は言わないで、この戦いの意味がなくなってしまう」
エレナーゼに制止され彼女は黙った。
「卑怯なのは私のほう、魔法を使うことを知らせずに挑んだのだから。本当に真剣勝負ならそうするべきでしょ」
これにループはバツが悪そうな顔をする。逆に彼のほうにハンデがあったということにされてしまったからだ。すっかり戦意喪失した彼はどうすればよいかわからず狼狽している。
「お、お前ら俺を馬鹿にしているのか?ええ?!そうなんだろ、きさまもそうか?!」
八つ当たりに隣にいたリーダーの男に怒鳴り散らす。男は違いますと首を振った。
「待って違う、私はあなたを認めたの。あなたにはみんなを率いていくだけの力と器がある。だからこそ今一度、立ち止まって考えて。あなたの命令ひとつに大勢の命がかかっているの」
ループは口を閉じ、エレナーゼの話に耳を傾けている。
「さっきだって私の攻撃にだれかが巻き込まれてしまう可能性があった。一度失った命はもうもとには戻らない。部下たちはあなたのために命だって捨てる覚悟がある。それがどれだけ幸せで、どれだけ重い責任かわかっているの?」
「俺は……」
彼は自分を取り巻く仲間たちを見回した。
「私の種族にはあなたたちみたいな習慣はない。仲間としての絆も上下関係もあるけど、基本的には個々で生きている。私にはよくわからない気持ちだけど、大きな心でその信頼を受け止めるべき。忘れないで、この群れには小さな子供も年寄りもいる。彼らだってあなにのために命を捨てるの」
この言葉に木の陰に隠れていた年寄りたちが顔を覗かせる。きっと彼の行動に反対する人たちもいたのだろう。
「そう、だな。お前の言うとおりだ。仲間が殺されたのなら仇をとればいい、そう思っていた。だがたとえ仇をとっても逝ったものは帰ってこない。俺にはもう少し考える時間が必要だな。すまなかったなエレナーゼ、よければ俺に友人になる機会をくれないだろうか?」
「ええーっ友達?まあそこからなら始めてあげてもいいけど」