第373話 牙を剥く女たち、密林のアマゾネス 1
橋の上で怖がるフィリアナをからかったカルベネ
一番先に気づいたのはきっと先頭を歩いていたシャリンだろう。彼女も耳が猫なので人よりは聴覚が優れているはずだ。緊張が走る中、シャリンが茂みに向かって語りかける。
「だれだ、姿を現せ。私たちはただの旅人だ。怪しいものではない。なるべく戦いは避けたい、これ以上深入りはしないと約束する」
すると木の上から小柄な獣人が飛び降りてきた。姿は猿に似ており、女の子だ。彼女はこちらを確認するといたずらっぽく笑った。
「けへへ、見つかったか。お前たち結構やるじゃねえの。こんなに大人数でどうする気だ?」
「どうもしない、ただここを通りたいだけだ」
そのとき後ろから大柄な狼の獣人が草木をなぎ倒すように現れた。怒りのこもった鋭い視線で俺たちを見下ろす。
「怪しいな、連れて行け!」
「ちょっと待ってください、わたくしたちは」
フィリアナが弁解するより早く、前方にいた猿の女の子にポリーンが捕まってしまった。
「ほらさっさと歩きな。この虫女がどうなってもいいのか」
鋭い短剣を彼女ののどもとに突きつける。人質を取られてはこちらも迂闊に手を出せない。コボルトたちは危険だと言っていたがどうやらその通りのようだ。俺たちは言われるがまま二人の獣人に連行された。なにか逃げ道はないか、相手は二人だ。ポリーンの毒針を使って逃げている間にどうにか反撃はできないだろうか。
「逃げようなんてこと考えるんじゃねえぞ。そいつからすぐに殺してやる」
考えを読まれているかのように後ろから低い声が聞こえる。狼女のほうはフィリアナに匹敵するほどの背丈だ。分厚い毛皮に発達した筋肉、殺すという言葉はうそではなさそうだ。前を歩く猿がポリーンに乱暴しないよう注視していると密林の中に村が見えてきた。
俺たちの姿を見た住民たちは一斉に手を止め顔を上げる。獣人と言っても種族はバラバラのようで虎や猫、犬、羊や山羊もいる。それに完全に獣ではなく、シャリンのように人間とのハーフもいる。そのなかからハイエナに似た顔の女獣人がこちらへ歩み寄ってきた。一人一人の姿を舐めるように観察している。
「ほーう、侵入者ってのはこいつらねぇ。まさか人間どもとは。こいつら冒険者なんじゃないか?」
「冒険者に偽装しているだけだ。ほらこいつを見ろ」
狼女はそう言ってエレナーゼを指した。それにハイエナはにんまりに笑う。
「ははあ、なるほどなぁ。いやあの犬どもも頭を使うなぁ。それにしても今度は猫なんて、あいつ女ならなんだっていいのか」
犬?猫?なんのことを言っているのかさっぱりだ。もしかして別の人と勘違いしているのかもしれない。
「あの俺たちはただの旅人で……」
「うるせえ!さっさと歩け!」
ドスの聞いた声が密林にこだまする。俺たちは弁明する間もなく檻へと入れられてしまった。良かったことと言えばポリーンが無事だったことだ。ところで村の中を歩いていて一つ、不思議なことに気がついた。それは男の姿を全く見なかったことだ。ここで暮らしている獣人のほとんど、いや全員が女なのだ。