第365話 駆け上がる剣
コボルトが反旗を翻したことにより形勢が有利になり始めた
俺たちを襲っていたコボルトはその場を離れ魔術師のもとへ向かっていった。上司のピンチに俺の仲間と戦っていた一人が助けに入る。フィリアナと戦っていた大きな斧を担いだ男だ。魔術師に群がるコボルトたちを蹴散らそうと駆け寄ってきた。走るたびにズシズシと地面が揺れているような錯覚を覚えるほどの重量感だ。よくフィリアナはこんな大男を相手にしていたな。二メートル近くありまるで小山のようだ。
こちらへ向かってくる大男に対し、剣士の相手をしていたセシリアが接近する。男は近寄ってきた小娘など見向きもせずに上司のもとへと急ぐ。二人が途中ですれ違った。大男がぴたりと足を止める。セシリアも過ぎたところで足を止めた。
「おい、ギルガス何をぐすぐすしている早く俺を助けろこの、のろまめ!」
ギルガスと呼ばれた大男はセシリアを振り返りはしなかった。赤く染まった彼女の剣が、彼の足を止めた理由を物語っている。ギルガスの強固な重装備の隙間から鮮血が滴り落ちた。セシリアはあの一瞬で鎧のわずかな隙間を縫い、ちょうど腰のあたりに一撃を食らわせたのだ。だがそれでも致命傷ではない、大男は再び足音を響かせ走り出した。
このままではコボルトたちはあの斧に一網打尽にされてしまうだろう。それを阻止するため後ろからフィリアナが追いかけて来て、ギルガスの前に回りこんだ。
「まだわたくしとの決着がついていませんけど」
痛みに耐えているのかギルガスはフーフーと肩で荒い息を繰り返している。
「死にたくなければそこをどけ、女だからと容赦はしないぞ」
「セシリアさん私の背を伝って止めを刺してください」
名前を呼ばれたセシリアは目を見開き一瞬何かに戸惑ったようだった。きっと以前黒いケンタウロスを殺したときのことを思い出しているのだろう。セシリアの返事を待たずにギルガスは斧を振り上げフィリアナへと向かってゆく。このまま一撃で叩き殺すつもりだろう。対するフィリアナはなんと剣を横に構えその一撃を受けるつもりだ。
体重を乗せた斧がギロチンのように振り下ろされる。ブンという音とともに金属が打たれる甲高い音が悲鳴のように響き渡った。フィリアナはまともに受けず剣を斜めにずらし、重たい刃を滑らせた。その衝撃で彼女の手が痺れ、柄が離れてゆく。
ギルガスのほうも全体重をかけた一撃によりバランスを大きく前へ崩していた。そこへフィリアナの背を駆け上がったセシリアの細い剣が突き刺さる。鎧の隙間からのぞく鎖骨へと剣は差し込まれ、引き抜くと同時に首を切りつけた。太い首には赤できれいな直線が引かれる。
この攻撃に場にいた全員の手が止まっていた。ギルガスは一歩、二歩と後ろに下がると苦しそうに首を押さえうめき声を上げた。
「大丈夫、命まではとってないわ。ほらローレンぼさっとしてないでさっさとそのハゲ男を縛り上げなさいよ」
セシリアは何事も無かったかのように後ろを振り返った。
「あ、わ、わかってるわよそんぐらい」
言われたローレンは隠れていた木の上から飛び降りると倒れている魔術師の男を縛り上げた。