第355話 黒い狂犬
動けないヴェロニカのもとへコボルトが攻撃を仕掛けた
初めに到達した一匹がうなだれているヴェロニカに鼻を近づけた。彼女が着ているフード付きのマントの中をごそごそと探し回っている。荷物を取ろうとしているのだ。
「だれかヴェロニカのところへ行ってやってくれ!ぐわっ」
俺が叫んだのと同時に目の前のコボルトが棍棒を振り上げ飛び掛ってきた。取り押さえようとするもすばしっこい動きに翻弄され、なかなか勝負にならない。ヴェロニカに近づいた一匹が短剣を取り出し、舌なめずりをする。
そのときマントの中から黒い手が伸び、まるで鷲のごとくコボルトを掴み地面へと押さえつけた。突然の反撃に後を追った仲間たちの足が止まる。ヴェロニカは敵を掴んだままゆっくりと立ち上がり、そしてなんとそのまま近くの木へと叩きつけた。
気絶してしまったコボルトを放ると今度は目の前の敵へ振り返る。仲間をやられた獣人たちは武器を振り上げ一斉に向かっていった。彼女は目の前の二匹をものすごいスピードで同時に掴み取ると、手から火を噴射した。コボルトたちは苦しげな悲鳴を上げ、もがきながら生きたまま紫の炎に身を焼かれてゆく。
「ギャャャアア、ギャア、グウァアアー」
それを見ていた他のコボルトは身を引き始めた。ヴェロニカが一歩前へ出るとビクッと体を震わせ一歩下がる。前列の一匹が逃げ出そうとしたとき、彼女はそいつの頭をグイと掴むと地面へ容赦なく叩きつけた。それを皮切りに次々と退却し始める。だが逃がさんと言わんばかりに背を向けるコボルトたちの尾を掴むと持っていた武器を奪い手際よく突き刺してゆく。
「どこいくんだよ、襲ってきたのはてめぇらだろうが逃げてんじゃねぇーー!」
黒いマントの下から一瞬覗いた目は赤紫に燃えていた。俺たちも手を止め呆然とする。まさかぐったりとしていた彼女がここまで動けると思っていなかったからだ。
ヴェロニカは次々に逃げ出すコボルトを捕らえると踏んづけ殴りかかり、引き裂いた。獣人の泣き叫ぶ悲鳴が密林にこだまする。
「どうした私をやるんじゃなかったのか、ええ?!楽に殺せると思ったんだろこのクソアホどもがぁ!」
「ギャワン、ギャーキャンキャン」
この悲惨な現状をだれも止めることができない。みんなわかっているのだ、もうこれ以上戦う必要はないと。だが怖くて動くことができないでいる。今まで一緒に旅をしてきたがここまで激しく怒る姿は初めて見た。まさか彼女がこんな変貌を遂げるなど、いやこれが本当の姿なのかもしれない。
手負いになり気の立った彼女が見境無く暴れる姿は、まるで黒い狂犬のようだ。