第347話 勇猛な角 1 (押絵あり)
陸へと誘導するも思わぬ反撃に会ってしまった
なんとか引きとめようと近づく。だが尾の一振りでハエのように払われてしまう。大声を出し気を引いてみる。それでも塩水と砂のせいでのどが枯れ、うまく声がだせない。海のケンタウロスたちはというと氷のブレスを恐れ後ずさりしているようだ。それをいいことにウデュラスは歩を進める。
「退却ーやはりこの作戦は失敗だ!海の中で戦うぞ沖のほうへと誘導しろ!」
だれかが号令をかけている声が聞こえる。せっかくここまで来たのに、俺の作戦はうまく行かなかった。去ってゆくイクチオケンタウロスたちの姿を見てただ呆然とするしかない。そういえば仲間はどうしたのだろう。あの船は沈まずに戻ってこれているだろうか。
もし帰り際に出くわしてしまったらと思うと胸が痛くなる。ウデュラスが顔を海につけた瞬間、水しぶきとともに大きく体をのけぞらせた。なんと顔に銛が突き刺さっている。同時に何者かが空中へと身を投げ、砂浜に着地した。
「オラァー、デコ野朗相手はこっちだろ!俺と戦え!」
砂浜に突如、降り立ったのは以前であったカプリコーンの仲間だろう。太い二本の角にヤギの前脚、それから魚の尾というあべこべな姿の種族だ。引き締まった筋肉がうらやましくなる健康的な青年は前脚を立てて相手を見据える。彼はもう一方の手に持っていた二本目の長い銛を利き手に持ち変えた。
海のほうでは何をしているんだとケンタウロスたちが口々に叫んでいる。ウデュラスを飛び越え、砂浜へと上がった彼の退路は厳しいものになってしまった。這って逃げていては追いつかれてしまう。
「なにしてるんだ陸にあがったら危ないぞ!」
俺が制止するも彼はこちらを見もしない。それどころかこのまま一戦交える気でいる。
「ハッ俺は海にこそこそ逃げるような臆病者じゃない。陸でだって戦える!」
敵に向かって大声で叫ぶとそれに刺激され怪物が彼へと攻撃を始めた。先手を食らわされ怒りに燃えたウデュラスは歯をむき出し飛び掛る。青年は二本の前脚で砂浜を蹴ると尾で小刻みに地面を打ち、駆け出した。追撃さえ尾の力で跳ね、かわしてゆく。まるで不利な環境にいるとは思えない動きだ。
「おいお前!さっさと人間どもを呼んで来い!ここで挟み撃ちにするぞ」
俺は彼の声に鞭打たれ、本来の目的を思い出した。
「わかったそれまで持ちこたえてくれよ!」
一人残していくことに不安を感じながらも俺は近くの漁村へと走り出した。なんて説得しよう、いや遠くからでも怪物がいることはわかる。とにかく気づいてもらわなくては。
そのとき後ろから青年の悲鳴が聞こえてきた。足を止め振り返るとなんと彼の尾にウデュラスが噛み付いている。
「だ、大丈夫か?今助けに行くからな」
「こっちに来るな!!さっさと行け、ちくしょーこの離せ化け物が!」
どうしよう、このままでは彼は殺されてしまう。海に視線を向けるもだれも動かない。心配そうに見つめるだけで皆、自分が標的になるのが怖いのだろう。当然だ一撃打ったところで次の瞬間には氷付けにされてしまう。
暴君は尾を咥えたまま恨みを晴らすがごとく彼を振り回し地面へと叩き付けた。青年はまるで捕らえられた魚のようになすすべなくされるがままだ。すると彼の手に握られていた銛が飛び、怪物の後方へと飛んでいった。