第307話 狩られる者 2
銀の小物で反撃する方法を思い付いた亜李須川
ピヨの翼の間から煙が立ち上る。目の前では先ほどまで地響きをあげて走っていた狼男がぴたりと動きを止めた。
「ガッ、ガアアアァーー!!」
突然片目を押さえながら悲鳴を上げ始めた。よく見ると指の隙間からキラリと光るものが見える。ピヨの放ったティースプーンは見事、目に命中したようだ。つぶれた片目からは痛々しく煙が立ち上っている。きっと銀の効果だろう。どのような仕組みかはわからないが彼らが銀に触れると火傷してしまうのだ。
その姿を見て後ろにいた二人も様子をうかがっている。傷ついた一人は泣き声を上げながら森の奥へと消えていった。中央にいた狼男は我に帰ると元凶である俺たちを怒りがこもった目でとらえた。牙をむき出し低い唸り声を上げる。周りにいる敵には目もくれず一直線でこちらに向かって来た。
俺はピヨの翼に小さなフォークを挟み込んだ。
「よし、さっきみたいに狙うんだ」
ピヨがぐっと息を呑むのがわかる。暗い森の中を押しのけるように巨体を震わせ走ってくる。少し手前に来たところで爆発音がした。放たれたフォークはわずかに耳をかすめ後方へと飛んでゆく。
「焦るな、大丈夫まだ弾はある。十分にひきつけてから狙うんだ」
こんなえらそうなことを言っているが実は一番怖いのは俺なのだ。今も体はこの場から逃げだそうとしているのがわかる。手汗がピヨにばれていないか、なんて考えると自分でも笑えてくる。俺は最後の一本であるペーパーナイフをピヨの翼の間に挟んだ。
狼男は速度を落とすことなく真っ直ぐに走ってくる。彼らにとってはこの小さな銀でさえ脅威なのだろう。怒りをはらんだ息遣いが耳に流れ込んでくる。汗が、体臭がいやにはっきりと感じ取れる。まるでここには俺とピヨ、それから相手の三人しかいないような錯覚を覚える。
太い腕が地面を叩く音と心臓の鼓動しか聞こえない。目の前でガバリと大きな口が開く。湾曲した牙に長い舌、開かれた赤いのど奥が網膜の奥に写真のように焼きついた。この瞬間、ピヨと俺の心音が合わさった気がした。
今だ!という声より先に爆発音が鼓膜に響く。目の前に広がっていた大口が閉じられた。この一瞬、世界が止まったようだった。狼男がのどを押さえ咳き込み始めた音で再び現実に引き戻される。
「グッ、グガッ、ガアァ」
頭を振り苦しそうにのた打ち回っている。どうやらピヨの放ったペーパーナイフがのど奥に突き刺さったらしい。狼男は無理やり口に手を入れると血反吐とともにナイフを吐き出した。
相手は怒りに燃えた目でこちらをギロリとにらみつけてきた。だが不思議ともう怖くは無かった。彼はそのまま向きを変えると森へと消えてった。それを見ていたもう一人も引き続き姿を消す。ちょうどそこへ後ろから武器を手にした村人たちが駆けつけ、やつらの後を追って行った。
「ふへぇーぷぅ」
緊張の糸が切れたのかピヨは変な声を上げながらその場にへたり込む。それは俺も同じでまるで体の筋肉がなくなったなのように後ろにしりもちをついてしまった。