第296話 不穏な影
メアリーに案内され宿屋へと泊まることのできた一行
宿屋にはいくつか部屋があり、普通のビジネスホテルのようなシンプルな部屋と夜行列車のようなきつい寝室だけの部屋がある。体の大きなフィリアナやニーナ、ローレンは広い部屋を割り振りその他は窮屈なベッドで寝ることにした。というのも船乗りが一泊するだけのものなのでとりあえず大人数収容できるようにしたのだろう。
村の市場へ行ってみるとそこそこにぎわっていた。果物や野菜は現地のものなのかとても安い。まあ形がいいとは言えないが。そのかわり輸入品である缶詰や酒などは高くなっている。とりあえず必要最低限なものだけ購入した。
ふとすれ違った住民の話が聞こえてきた。
「あいつのところもやられたらしいぞ、全部持ってかれちまった。番犬がいたみたいだがのどもとから真っ二つにされてたんだとよ、かわいそうにな」
「ええ、本当か、夜通し見張るにしてもそいつまで食われちまう始末だからな。一体どうしろってんだまったく、このままじゃ村中の羊がいなくなっちまうよ」
「見たやつによるとすんげえでかくてそれが何匹もいるんだとよ」
宿屋の男は一匹と言っていたがどうやら群れ全体が規格外のようだ。そんな猛獣がうろついているなんて住民は気が気じゃないだろう。なにごともおこらないうちにさっさとこの島をでてしまおう。
その夜俺は言われたとおり狭い部屋の小さな簡易ベッドで休んだ。屋根があるのはすてきだが硬くて粗悪な寝床は翌日全身が痛くなりそうだ。窓はついているが小さくて風通しも悪い。遠くのほうで犬の遠吠えが聞こえる。
もしかしてこれが狼の声なのかもしれない。今も外で新たな獲物を探しているのだと思うとぞっとする。だが怖いもの見たさというもがあり、俺は小窓からそっと外を覗いてみた。二階の部屋だからよく見渡せるが特に何も無く、遠くのほうに海がちらっと見えるぐらいだ。下を見るとヴェロニカが岩に腰掛けタバコを吸っている。外へでてはだめだといわれたのにいくら彼女でも狼には勝てないだろう。
俺は足音を立てないようにそっと下へ降りていった。宿の外はひんやりとしていて昼間ののどかさから一変、ホラーゲームのような不気味な雰囲気が漂っている。早いとこ注意して戻ろう。嫌な汗をかきながらすばやく宿の裏手へと回った。
だがそこに彼女の姿はなかった。もしかしてもう戻ってしまったのかもしれない。辺りを見回してもその痕跡はない。そうだ、戻ったに決まっている、俺も早いところ戻るべきだ。姿の見えない敵におびえながらもと来た道を引き返す。
そのとき遠くに白いものがちらりと見えた。思わず体が止まってしまう。白いものがいくつも動いている、これは羊か?その群れを追い立てるようにして黒い大きな影が走り回っている。
いけないとわかっているのに足を進めてしまう。怖い、だがその正体を知りたい。すると黒い影の一つが立ち止まりこちらを見た。遠くても、暗くてもわかる、赤く光った二つの目。本能がここからすぐに立ち去れと叫んでいるようだ。
気がつけば宿の後ろに隠れていた。その視線から逃れるように。しかし早く教えなければならないこのままでは羊がすべて盗まれてしまう。俺は宿の管理人を起こすべく走った。