第292話 あべこべなカプリコーン族 1
水和を助けたお礼に船を用意してくれた
必死に頼み込む水和に根負けしたのか中年の男は安くしてくれるようだ。
「わかったよ、それじゃちょっと待っててお客さん、今家族を連れてきますから」
そう言うと男は水に潜っていった。しばらくすると十代くらいの男の子と女の子が一緒にあがって来た。二人とも不機嫌そうな顔をしている。
「さあ、お待たせしましたそれじゃあ出発しましょう。ちなみにこれはうちの息子と娘でございます」
彼らにも同じような角が生えている。二人は父親に促されしぶしぶ船を引き始めた。
「はぁ、なんで私がこんなことしなきゃいけないわけ?山羊なのに引き馬なんてサイアク」
女の子はぶつくさと文句を言っている。隣で一緒に引いている男の子のほうは無表情でぼーっとした感じだ。
「まあまあ、こうしてお客さんがいてくれるから自分たちは食べていけてるんだよ」
「これ私が選んだ仕事じゃないし」
女の子はフイとそっぽを向いてしまった。それはそうだ、十代の若い女の子がこんな船を引っ張る仕事なんてやりたいはずがない。そういえば彼らはなんという種族なのだろう、サテュロスに似ている気がする。
「あのすいませんがみなさんは何という種族なのですか?」
「あー自分らはカプリコーンと申します。ほら下半身が山羊のようになっています。でも魚の尾がついているんです」
男は山羊の前脚を上げた後、魚の尾を見せた。要するに海に適応したケンタウロスということか。これを聞いて隣の女の子が大げさにため息をつく。
「ハア、あーあいいな人魚は。イクチオケンタウロスでもいいや、この種族以外になりたい」
イクチオケンタウロスについては知らないが彼女はきれいな人魚姫にあこがれているみたいだ。まあ女の子ならだれしも想像することだろう。
「そんなこと言わないで。私たちの先祖はサテュロスの神様、パーンだと言われているんです。ある日別の神に追いかけられて慌てて水にとびこんだところ山羊だか魚だかわからないあべこべな姿になったのです」
笑いながら語る男に娘は嫌味たらしくまたため息をついた。
「おーそれなら私たちは兄弟ということか、なあおっさん」
カルベネが船から身を乗り出して手を振る。
「ええ、そうとも!ハハハ、面白いものですなー」
「本当はワインで乾杯したいところだが……ここにうるさいのがいるからやめておくよ」
カルベネは歯の隙間から搾り出すように答えた。それをセシリアがチラリと睨みつける。
どうやらここからその羊島まではしばらくかかりそうなので、つかの間の休息を楽しむことにした。