第290話 海があったら沈みたい
網を切った犯人がウデュラスという怪物だということを知った
翌朝、波の音と共に目を覚ますと水和の姿が見えなかった。もう海に帰ってしまったのだろうか?砂浜を見渡すと貝を拾っている彼女がいた。静かで地味な砂浜に彼女の赤はまるでそこだけ色がついているかのようだ。
俺は顔を洗い朝食の支度をすることにした。干し肉を温めていると水和が貝を袋に入れ戻ってきた。
「おはようございます、なにをしているんですか?」
「肉を焼いてるんだ、よかったら食べるか?」
一つ肉を手渡すと彼女は恐る恐る食べ始めた。やはり人魚は地上であまり物を食べないみたいだ。
「貝があるなら俺も拾ってこようかな」
「あっならこちらです」
彼女はうれしそうに砂浜へと駆けてゆく。
「この穴の下にいるんですよ」
慣れた手つきで穴を掘り、貝を取り出す。俺がいつもスーパーで見ていたのより一回りも大きく育っている。しかも面白いように取れ、潮干狩りのときよりもやりがいがある。これだけ取れたら相当おいしい味噌汁ができるに違いない。そういえば長らく味噌汁を飲んでいなかったな、今になって急に恋しくなってきた。
そんなことをぼーっと考えながら振り返ろうとしたとき、不注意で水和の足に自分の足を引っ掛けてしまった。バランスを崩し体勢を戻せないまま砂浜に倒れてしまった。だが寸でのところでなんとか水和を押しつぶさずにすんだようだ。
「ああびっくりした、ごめんよ大丈夫?!」
「は、はい……ですがあの……」
起き上がろうと手に力を入れた。ふにっとした感触と共に……。ふにっとした感触?これは一体?視線を下に向けると俺の手がちょうど彼女の股間に触れてしまっていた。
「だーーーーごめん!!違う!わざとじゃなくって!ほんとうに、」
「ははは、大丈夫です。それより早く起きてください」
そうだ、早くどかなくては。俺はすばやく立ち上がった。まさかこんなことになるなんて、恥ずかしすぎてきっと俺の顔は真っ赤だろう。
そういえばさっきふにっとした感触があった。これは、もしかして……。
「その、君は女の子、だよね?」
「いえ僕は男ですよ、なに言ってるんですか。アハハ面白いな、そういえばまだ名前を聞いていませんでしたね」
てっきりずっと女の子だとばかり思っていた。言われてみれば女の子にしては角ばっているような、いやでも細いし声も高いしだれだって間違えるだろう。それにこんな服、どう見たって女物だし。
「あ、亜李須川 弘明です……」
最悪だ、こんなときに名乗るなんて。もう海の奥深くに沈んでしまいたい。
「あっ見つけた!水和そんなところにいたの」
聞きなれない声に顔を上げると彼と同じような着物を着た髪の長い、女の子?が立っていた。金髪に青色の着物だ。彼女はぎゅっと水和に抱きついた。
「もう、どこに行ってたの?心配したんだよ。地上はだめだって言われてるのに」
「大丈夫だよ、少し魚をわけてもらってるだけだから」
「だめっ!水和に変なやつがわんさか寄ってくるから。ほら今も目の前に変態おじさんがいる!」
そう言って長髪の女の子はこちらを睨んだ。まさかこの歳でおじさんと言われるなんて、思っていたより心に刺さる一言だ。