第282話 素面に酔う者 2
夜中に様子がおかしくなったカルベネ
「ちょっとカルベネ、待てってば、走り回ったら危ないぞ」
夜なので大きな声は出せないし、騒ぎも起こしたくないので早くつかまえなくてはならない。カルベネは左右にふらつきながら地面へと倒れこんだ。まるで泥酔しているみたいだ。
「ほら怪我してないか?夜遅いから静かにな」
俺が差し出した手を彼女は振り払った。
「ハア、私にかまうなって言ってるだろ、グッ、ああちくしょう……」
カルベネは頭をかかえうずくまってしまった。なにやらぶつぶつと独り言を言っている。こんなところでいられてもこちらが困ってしまう。彼女を起こそうとしたとき、突然胸ぐらに掴みかかってきた。
「待て、なに、俺何か」
「お前!お前のせいだぞ、お前が荷物を捨てろなんて言うからだ!あ゛あ゛、なにもかもお前のせいだ!」
カルベネは人が変わったように大声で俺を攻め立てる。加えてものすごい力だ。このままでは水に落とされてしまう。
「待てってば、俺がなにをしたのか教えてくれよそれからだろ」
「うるさい!!お前さては隠してるんだろ?そうだ、そうやって私を笑っているんだろ?!あの女どもと私が苦しむ姿を見て笑ってるんだろ!」
本当に支離滅裂だ。一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。なにか得体の知れない病気か?今までこんな言葉一度も言わなかったのに。だが困惑しているばかりでは俺が押されてしまう。
歯をむき出しまるで怒り狂った狼のようなカルベネをいかだの端で押し返した。地面へと倒れこんだ彼女はしばらく息を荒げた後顔を上げた。
「あっ……兄さん、悪いな、えっと、ああ忘れてくれ」
カルベネは立ち上がると急に態度を変えふらふらと歩き出した。正気に戻った、いや生気が抜けたようだ。
「なあカルベネ、ちょっと待ってくれ。一体どうしたんだ、なにかあるなら言ってくれよ」
俺は彼女の前に回りこみ顔を覗き込んだ。ぐったりとして青白く痩せこけている。また呼吸も不規則で目がうつろだ。
「え……いや……別になにもないんだ、本当に、なにも……」
「そんなわけないだろ、とりあえずそこに座れ」
カルベネを近くにあった木箱の上に座らせた。
「本当になにがあったんだ、病気なのか?」
すると彼女は薄ら笑いを浮かべた。
「病気……ねぇ、それならいいけど。だって病気なら治るものな、私のは病気じゃない、呪いだ。こうなっちまうのさ酒がぬけると。今ものどが渇いて仕方がない、どれだけ水を飲んだってだめなんだ」
俺のせいって途中で酒を置いてきたときのことを言っていたのか。そして今までの行動から察するに彼女はアルコール中毒だ。
「なんでこうなったのかなぁ、初めは楽しかった。私は人一倍酒に強くて男より沢山飲めた。だけど気がついたときには酒が手放せなくなっていた。だれもなにも言わなかったんだ、私はそれが当たり前だと思ってたからさ」
俺のもといた世界ではお酒とタバコは二十歳になってからだ。しかしこの世界で同じとは限らない。きっと物心ついたころから周りの大人と同じように飲み始め、知らぬ間に中毒になってしまったのだろう。ワイン作りが得意ならなおさらだ。
カルベネは震える手で頭を抱えた。