第278話 熱帯の踊り子、メリュジーヌ族 1
泥に沈みそうになっていたところを女に助けてもらった
俺たちが乗ったカヌーをニーナともう一人助けてくれた女が押している。
「本当にありがとう、えーっとあなたはナーガなのかな?」
俺の質問に女は明るく笑い出した。
「ハハハ、違うよ、私はメリュジーヌだよ。だってこんなに泳ぎが得意でしょ。残念だけどナーガは水中ではそんなに速くないのよね。陸上では速いのに」
これがボアオークの言っていたメリュジーヌ族か、確かにナーガとは違いそうだが。しばらく進むと先に救助されていたもう一隻のカヌーが止まっていた。近くには彼女の仲間らしき男が見える。どうやらみんな無事なようだ。
男はこちらの姿を確認すると並んで船を押し始めた。だがエレナーゼだけが見当たらない。
「みんな無事でよかったよ、そういえばエレナーゼはどうした?まさか置いてきちゃったのか」
「私はここよ」
船の縁からひょっこり顔だけを覗かせている。よかった、慌てていて全員を確認するのを忘れていた。エレナーゼを見てメリュジーヌの女がぐっと身を乗り出し覗き込んできた。
「え、なになにあなたは一体なんなの?こっちはアラクネでしょ、ケンタウロスにナーガ、そんでえーっとなんだっけ。テュ、えーサテュロス!でもあなたは見たことがない!ねえ、ときどき毛玉をはいたりするの?」
メリュジーヌの二人はエレナーゼを見てケラケラと笑い出した。馬鹿にしたような笑いではなく、ただ面白くて仕方ないと言った様子だ。
「はあ……私は、その、ちょっとした特別な生き物ってところかしら。もちろん毛玉ははかないしねずみも追わないけど」
それを聞いて二人はふーんとだけ返した。すると男が俺のほうを見て話し始めた。
「ところであんたらどこに向かってるの?冒険者だろうからあっちのほうまで送ろうか?ほら人間が沢山いるところ。どうせそこから来たんだろ?ちょっと遠いけど」
「いや、俺たちは旅人なんだ。だからここらへんについてあまり知らなくて」
女はまた愉快そうに笑っている。
「ハハ、なるほどここらの川は海に繋がっててね。潮が満ちてくると水位が一気に上がるんだ。まあ行動範囲が広がるから私たちはうれしいんだけど」
俺はボアオークと出会ったこと、そしてこれからの行き先について話した。二人の顔から笑顔が消えた。
「ああ、そうだったの、ねえあなたたち本当に冒険者じゃないわけ?」
「本当だよ、突然襲われたんだ。だから仕方なく追い返したけど。まあ俺がやったんじゃないけどね。俺はやろうとしてなぐられちゃって。まだ少し腫れてる気がするよ」
半分信用してくれたのか俺の顔を見てまた二人は笑い出した。
「クククッ、さしずめあのケンタウロスがやったところかな」
「いや私の隣にいるナーガでしょ、それかあの気の強そうなダークハーピーかも。このぼっちゃんじゃないことは確かだよね」
笑いあっている二人を後ろに俺も少しはやったんですけど、と言いたかった。