第270話 一部の悪意
エレナーゼに止められ最後の一人を逃がしたセシリア
死体運びを手伝おうと思ったそのとき俺は自分の顔がものすごく痛いことを思い出した。今までアドレナリンがでていたのかすっかり忘れていた痛みが今になって戻ってきた。
「アリスガワ、お前顔が腫れているぞ。鼻血も出ている、ほらこれを使え」
俺はシャリンから布を受け取った。触ってみると殴られた部分が熱を持ち腫れている。血は止まっているが手でぬぐったせいで顔中血まみれだろう。
「大変!すぐに手当てしなきゃ。貸してください」
ポリーンは布を湿らせると俺の顔を拭きだした。
「動かないで!」
「だっちょっと痛い」
「もう我慢してください」
顔をぬぐわれた後、冷たい布を患部に当てた。前を歩いていたボアオークの女こちらを振り返る。
「悪いね、もうすぐ村だからそこで治療してあげるよ。私はこれでも魔道士でね、少しだけど治癒魔法も使えるんだ」
「あの水はどこから持ってきたんですか?」
「それももちろん魔法さ、一番得意なのは水属性なんだ」
しばらく死体を引きずって行くと密林が開かれた場所に小さな村が見えてきた。俺たちの姿を見て他のボアオークたちが寄ってくる。皆死体を見てはあきらめたように首を振った。そのうちの一人の男が口を開いた。
「ようやくか、冒険者さんたち依頼を受けてやってくれたんだろ?帰ったらもうギャングはいなくなったと伝えてくれないか?」
「すいません俺たち冒険者じゃなくてただの旅人なんです」
男はそうか、と言って死体を担ぎ上げた。
「こいつらに出された依頼を偽装するために関係ない仲間が襲われてるんだ。耳を切り取っていって報酬だけもらおうとする輩が多くてね。止めてもらうよう直接言いに行ったりもしたけど、取り合ってなんてくれなかったよ」
魔術師の女が俺の顔に手を当てながら話してくれた。この情報によるとこの近くに人間が支配している大きな町があるかもしれない。まあ俺一人ではないので行っても逆に危険になるだけだが。
「あのヒロさん、セシリアさんのことなのですが彼女を置いてきてしまいましたよね」
フィリアナに言われて気がついた、セシリアを置いてきてしまった。もう一度戻って探さなくてはならない。そのときエレナーゼが後ろから姿を現した。
「私が行くのがいいんでしょうけどね、でも今私にだけは会いたくないだろうね」
確かにこの生い茂るジャングルの中を進むのに適していそうだがエレナーゼの顔を見たとたんさらにどこかへ行ってしまいそうだ。
「仕方ない俺が行くよ。傷の手当をしてもらったら探しに行ってくる」
「ヒロさん一人で大丈夫ですか?」
俺は大丈夫だと手を振りながら女につれられ彼女の家へと向かった。殴られたところが熱を持ちさきほどよりひどく腫れているようだ。ボアオークたちの家は粗雑だが質素で体の大きさに比べ小さく感じる。俺がいすに座ると女は湿らせたタオルを当て、そのうえから手をかざした。
「相当ひどく殴られたんだねぇ、かわいそうにあなたいくつ?」
「えっと二十二です」
俺がまだ子供に見えていたようで彼女はこれで大人なの?と驚いている。
「あなたの種族はみんな子供みたいなのね。あ、いや別に悪気はないの、でも私が知っている人間とは違うのね。もっと背が高くて手足も長い、それに色も違う」
それは人種が違ければ体格や皮膚の色が異なっているのは当然だ。別の種族から見たら人間というひとくくりなのだろう。彼女に手当てをしてもらったおかげで痛みも少し引いたようだ。
「ありがとうございます、ちょっと仲間を一人探してきますね」
「もう行くの?気をつけてね、とても迷いやすいから。特に木の上には注意して、肉食獣が構えているかもしれないからね」
俺はまだ少し痛む頬を押さえつつ密林へと戻った。