第264話 先客の跡
荷車が通らないので各自荷物を持って進むことにした
歩き始めてから早十分、いや五分もたっていないかもしれない。早速休みたくなってきた。そんな俺を尻目にみんな険しい道をざくざくと進んでいく。シャリンとニーナが先頭に立ち深く生い茂った草を短剣で切り道を作ってくれている。
「アリスガワ、大丈夫かー?蛇やサソリに気をつけろ。木に隠れているかもしれないからな」
シャリンが先頭から俺を気遣ってくれている。
「あ、ああ。ありがとう」
正直そんなのを見ている余裕などないが。俺は所狭しと生えている木の幹を手すり代わりにしながらなんとか転ばないよう必死だ。ふと手を置いた瞬間、なにかが手のひらの下でうごめいた。悪寒が腕を伝って這い上がってくる。なさけない声を上げ、すぐさま手を引っ込めた。
「んーヒロどうしたの?」
前を歩いていたピヨとポリーンが振り返った。
「今なんかいた、そこの木に。変な虫がいたんだ、さされてないかな」
気持ち悪さに途切れ途切れの言葉しか出てこない。ピヨは俺が指差した木をじっと見つめている。
「あっこんなところに、えへへ見て、この虫葉っぱみたい」
ピヨはうれしそうに木に張り付いていた虫をつかんだ。体が緑色で翅が本物の葉にそっくりだ。
「わあーおもしろい」
ポリーンもうれしそうにしている。毒はなさそうだがとてもじゃないが触る気にはならない。
「ちょっとーなにしてんの置いていくよー」
ニーナの声に二人は虫を放り投げ再び歩き出した。不用意に木を触ることはよそう。警戒するように辺りを見渡すと少し離れた木になにやら傷がついているのが見えた。斧のようなものをたたきつけた痕がいくつもついている。もしかしてこの辺りに熊か以前であったデスハチェットのような獰猛な生き物がいるのかもしれない。
「ヒロアキー早くしなさい!」
ニーナに怒鳴られ俺はその場を後にした。しばらくしてちょうど太陽が頭上に昇るころ、手ごろな岩陰で休息をとることにした。荷物を降ろすと肩がガチガチで寝違えたように痛い。
「はあ、しんどいな……そういえばヴェロニカは大丈夫?」
「まあな、死ぬほど暑いがそれ以外はどうってことない。それよりもここには先客がいたようだな」
彼女に言われ地面に目を落とすと岩の近くに焚き火の跡がある。火は完全に消えている。少し前にだれかいたようだが今はもう近くにはいないだろう。エレナーゼが焚き火の周辺に残された空き瓶や荷物の残骸を調べている。
「本当ね、時間はたっているけど。どんなやつらかわからないから回りを見てきましょうか?」
「いいえ、いらない」
そう答えたのはセシリアだった。彼女は誰よりも早く身支度を整えていた。もうすぐにでも出発したそうだ。
「そう、わかった」
エレナーゼは一言返事をすると離れていった。俺はもう少し休んでいたかったがセシリアが歩き出してしまったので仕方なくついていくことにした。
「なにをそんなに焦ってるんでしょうね」
エレナーゼが隣で独り言のようにつぶやいた。