第200話 恐怖のビーストテイマー 2
逃げ遅れた二人の前に猛獣を連れたビーストテイマーが立ち塞がった
地面に倒れる俺に黒い馬は歯をむき出し必死になって噛み付こうとしてくる。眼前にまで肉食獣のような尖った牙が迫ってきた。俺はそれをすぐに手を引っ込めて間一髪のところで避けた。ガチンと歯がぶつかる音が聞こえる。
恐怖から呼吸が乱れ全身が汗で寒い。立ち上がろうにもまるで悪い夢のように力が入らず俺は芋虫のように地面を這った。後ろからは自分を殺そうとする獰猛な獣の荒い鼻息が聞こえる。いつ体に噛み付かれるかわからない、なにしろ今俺の目には地面しか見えていないのだから。
必死に腕を伸ばし目の前の地面に爪を立て少しでも前に進もうとがむしゃらに体を起こした。そのときどこからか女の声が聞こえてきた。それもうわーという雄たけびだ。顔を上げるとヨーラが大きな剣を振り回しながらこちらに向かって走ってきていた。
「ヨ、ヨーラまだいたのか危ないからって、うわっ!」
俺はむちゃくちゃに剣を振り回すヨーラに踏み潰されそうになり寸でのところでかわした。彼女はそのままの勢いで馬に突進していくと手にしている剣を振るう。突如として現れた敵に馬はびくっと肩を震わせ逃げ出してしまった。ヨーラはシャリンを襲っていたもう一頭にも襲い掛かる。
大声と得体の知れない相手に驚いたのか二頭は酔いが醒めたかのようにじっとヨーラのほうを見つめている。
「おいこら何をやっている愚図どもさっさと攻撃しろ!」
後ろで見ていたビーストテイマーの男は鞭を打ち鳴らし苛立ちを見せる。乾いた音に二頭は首を振って興奮しだしたがヨーラが蹄をならし半歩前にでるとまた体をびくっとさせて彼女のほうを向いてしまう。先ほどまで獰猛だった獣はいまやただの臆病な馬のように体を寄せ合っている。
「シャリン大丈夫か?」
俺はこの隙にと倒れているシャリンのもとへ駆け寄った。
「だ、大丈夫だ。しかし突然なにが起こったのだ?ヨーラが助けてくれたのか?」
「どうやらそうみたい」
ビーストテイマー男は足で地面を蹴ると馬を鞭で打った。打たれた馬は甲高い鳴き声を上げ男から距離をとる。一向に戦おうとしない二頭に男は怒り心頭だ。
「くそっ!さっさと行けこの役立たずのゴミども!」
「ちょっとかわいそうですよ、いい加減にやめてください」
ヨーラの言葉を男は鼻で笑った。すると彼は腰の鞄からなにかを取り出した。銀色に光る筒のようなもの……注射器か?そこで馬の異常な興奮に合点がいった。おそらく中に仕込んでいるのは興奮剤だろう。
考えるより先に俺は男の太い腕に飛びついた。
「なにする、こいつ離れやがれ!」
「させるかちくしょう!」
怒鳴る男の腕に無理やりしがみつく。もう片方の手で背中をつかまれ引き剥がされそうになるが、俺は体重をかけまるで母親にすがる子供のように全身でぶら下がった。
「このふざけやがって雑魚が!離せ!ん……なんだ」
男の動きがふと止まった。姿勢を戻すとどこから来たのか縄が彼の体にかかっている。