第198話 壊れぬ魂
アーグナを助け出せたが彼の父親はすでに手遅れだった
残されたアーグナの父は俺たちにも早く逃げるように言った。
「でもせっかく来たのに、こんなところに残して行けませんよ」
俺はシャリンと顔を見合せた。そうは言ってしまったものの大きな彼を二人で運び出すことは容易ではないことはあきらかだ。
「仕方がない私たちももう行こう、できることはすべてやった」
ぐったりとしている彼は一言ありがとうとだけ言った。そのときふと扉から差し込んでいた月明かりが何者かによって遮られた。シャリンは咄嗟に剣を抜き振り返る。
なんとそこに立っていたのは護衛ではなくタッドだった。戦いには参加していなかったはずなのになぜ彼がいるのだろう。まさか止めを刺しに来たのか?!
彼は同じく驚いているアーグナの父親の前まで行くと後ろを向いて腰を下ろした。
「タ、タッドこんなところで何をしているんだ」
「いいから速く乗れ、全く情けない。これで群の長が勤まるのか」
まばたきを繰り返す父にタッドは速くしろと言った。
「お前たちぼーっとしてるなさっさと乗せるのを手伝え」
驚き突っ立っているばかりの俺たちはそう言われすぐに作業に取りかかった。痩せ細り骨張った体を引きずるように背に乗せる。よく見ると地面と接していた部分の毛皮が剥がれ痛々しい傷になっている。
タッドは彼を背負うと力強く立ち上がり小屋の扉をくぐった。
「人間に捕まるなど世話のやける兄だ」
「フッ、弟に世話になるなんてな」
悪態をつく弟のタッドに兄はどこか嬉しそうに息を漏らした。外へ出ると二人の姿を見た仲間たちが次々に指をさし歓喜の声を上げる。近くで父親の無事を確認したアーグナは砂ぼこりが舞う喧騒の中を先陣を切り走り出した。
護衛たちの間を縫うように駆け抜けてゆく。皆こぞって彼を捕まえようとするが伸びる腕をするりとかわしてしまう。それはまるで幽霊か幻想のようで、砂にまみれやつれているはずの彼は松明と月の明かりに照らされなぜか美しく見えた。
「早くその銀髪を捕まえろ買い手がついてるんだぞ!」
焦りの怒号が飛び交い、縄が足元に投げられたがそれも鹿のようにひょいと脚を上げ避けている。慌てて地面を転がる人々を前脚で蹴散らしながらその中をタッドが兄を背負い一直線に進む。
「退却だ!全員門へ戻れ!」
タッドの低い声が町中に響く。それを合図に皆、体の向きを変え一斉に出口へと続く。道中に残された護衛たちは踏み潰されないよう命からがら逃げ出している。大地を踏みしめる蹄の音は次第に大きくなり砂を巻き上げ群れは荒野へと戻ってゆく。
すると後ろから馬の群れが出てきた。先頭にはカルベネが跨っている。きっと飼われていたものを開放したのだろう。男たちが必死に止めようとするも馬たちは振り切り、前を走るケンタウロスの群れへとついていってしまった。
キンナラたちは流れてくる馬を上手く捕まえるとひょいと跨り一緒に帰っていった。
「さ、俺たちも早いところでよう」
「そうだな」
俺とシャリンも後ろに続き門へ向かって走り出した。