第192話 作戦開始
町に潜入したもののひどい目に合わされているアーグナを見てしまった亜李須川
俺はいたたまれなくなってその場から立ち去ってしまった。からっぽの胃がきりきりと痛む。あのとき叫びたかった、俺は違うと、助けに来たのだと。だがそれでは今までの努力を無駄にしてしまう。
そんな俺の様子をシャリンが心配そうに見ている。
「なあ、アリスガワ大丈夫か?どこかで休もう、まだ日暮れまでに時間がある」
俺はシャリンに促されるまま近くの喫茶店に入りそこでコーヒーを飲んだ。シャリンは熱い紅茶を恐る恐る舌の先でなめている。
「はあ、悪いな心配かけてこんなんじゃ」
俺の言葉に彼女は紅茶から顔を上げた。
「お前は少し疲れているのだ。休んだほうがいい、戦いはこれからなのだからな。それに今私たちが不審者だと感づかれてはいけない」
そう言うとついていた角砂糖をぺろぺろと舐め始めた。確かに彼女の言うとおりだ、俺は今一度深呼吸をした。店の窓から外に目線を移すといくつも二階建てのアパートのような建物が見えた。
行き交っている人のほとんどは商人か移住してきた移民でときどき武器を持った冒険者が混じっている。この町にいるのは人間だけではなくシャリンのような亜人や獣人も混じっている。なぜケンタウロスやキンナラと仲良くできないのかいまだに理由がわからない。
俺たちは町を見回りながら時間を潰すことにした。露天にはおいしそうな食べ物やきれいな装飾品、服、本などいろいろな品物が立ち並んでいる。だが今の俺にはどんなものでも灰色に見える。
こうしている間にもアーグナや彼の仲間がひどい目に合っていると思うとまた胃が痛くなってきそうだ。
ついでに先ほどからカルベネの姿も見当たらない。もっともわざわざ探そうとは思わないが。
「アリスガワ、おい、……おい」
「えっあっああどうした?」
シャリンの声で再び現実に引き戻された。彼女は手に小さな木彫りの猫を乗せている。
「な、なあお前好きだろ?猫。盗んだものじゃない、ちゃんと買ったんだ、やる」
俺は彼女から猫のおもちゃを受け取った。彼女なりの気遣いなのだと思うとなんだかうれしいようなおかしいような気持ちになった。
「ありがとう、俺もお返しになにかあげなきゃな」
そう返して露天に目線を落としたときなにやら突然町の様子が騒がしくなった。甲高い鐘の音が鳴り響き、それに合わせ人々が一斉に門と逆のほうへ逃げていく。
「いよいよ来たようだな、少し時間は早いがきっと監視に見つかったのだろう」
「よし俺たちも冒険者のふりをして門に近づこう」
俺は木彫りの猫をポケットにしまい他の冒険者とともに門を目指した。