第182話 荒野の風見鶏、キンナラ族 4
少しの間、集落を見て回ることにした二人
青年はあっけらかんとしていてとても悪い人だとは思えない。すべての動物にああなのだろうか。
「あんなに脅かしたらちょっとかわいそうだな」
「一見かわいそうに見えますが大切なことなんです。しつけができていない子は外に放し飼いできませんから」
俺はそうだけど、と歯切れの悪い返答をした。馬は繊細で臆病なんじゃなかったのか?
「犬はお互いに噛み合って群れでの順位を決めます。でも馬はそうじゃない、追いかけるほうが上で追いかけられるほうが下なんです。かわいそうだからと言って好き勝手させていればそのうち手に負えなくなって結局悲しい最後を迎えてしまう。子供のうちはまだいい、でも大人になってから教えようとしてもだれにもしかられたことの無い子にはわからないんです」
俺とフィリアナは黙って彼女の話に耳を傾けた。
「これは子供にもいえますね、嫌われたくないからかわいそうだからとルールを教えないのはその子の為になりません。子供への愛はなにも甘やかすだけではない、嫌われる勇気というのも必要なんです」
彼女は柵に近づくと馬の顔を少し撫でた。すると先ほどの青年が戻ってきた。
「この馬気に入ったか?だがまだ乗れないな」
「あの、みんなこうやって調教するんですか?」
俺は思い切って質問してみた。彼は笑って首を振った。
「いやいや馬にも性格がある、こういうのはあんまりやらないんだ。このやり方が逆効果なやつもいる。結構ひどく見えるが、やりすぎても良くないし手を抜くのも良くない。そこが難しいんだ」
そう言うと彼は鞍を手にして柵の中へと入っていった。近づいて首を撫でながら布を何度か背中に擦り付けた。馬はじっとしていたが突然、地面を蹴り上げ彼から距離をとった。
確かにこの馬は少しきびしいくらいがちょうどいいのかもしれない。
「アリスガワさんもやってみますか?大丈夫、おとなしい子ですよ」
どきどきしながらついて行くとのんびりと干草を食べている馬のもとへつれて行かれた。馬は俺たちのことなど見向きもせずに口を動かしている。彼女は近くにあった鞍を馬に取り付けた。
「さ、横から上がって跨ってみてください」
俺は恐る恐る台を使い、馬に跨った。先ほどの暴れ馬とは違いこちらはおとなしくやはり俺のことは気にかけていない。
「これで、いいのかな。なんかさっきと全然違うような」
「この子はちょっと臆病なんです。まあ馬はどれも臆病ですが。いろいろな人に乗ってもらって慣れてもらうんです。首を撫でてあげてください」
言われたとおり手を伸ばしてがっしりとした首をなでた。筋肉質で思ったより硬い。もしかしたら紐で叩かれたぐらいではなんともないのかもしれない。
集落を見て回った後、日が暮れる前に俺たちは集落を出発することにした。族長は意見が固まり次第連絡を寄こすと俺たちに告げた。