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弟たちの成長が不安なお兄ちゃん日記

作者: 逢見 凌歩

 俺の名前は悠木貴也。ごくごく平凡で一般的な高校生だと自負している。

 そんな俺の一日が、今日もまた不安と共に始まってしまった。




「兄ちゃん! 朝だぞ! 起きろー!!」


 十月も終わる日曜日の朝。時間はまだ六時だというのに、この弟は腹から声が出ている。

 せっかくの休みくらいゆっくり寝かせてほしかったけれど、弟のテンションは俺にそれを許さない。

 なんだなんだと身体を起こせば、そこに居たのは赤いラインの入った体操服に身を包んだウルトラマンだった。

 いや、赤白帽子を半々に被った弟――和也が何かに成りきってポーズをとっている。


「朝っぱらからなんだよお前……」

「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ!」

「ウルトラマンじゃねーのかよ!」


 俺が起きたことに満足したのか、和也は「キーン!」と言いながら両腕を広げて部屋を出ていった。

そこもウルトラマンじゃねーのかよ。


 結局二度寝する気にもならず居間へと向かえば、騒がしい和也と慌ただしい両親が俺の視界に入ってくる。

 親父はカメラの準備。おふくろは大量の弁当……ああ、そういや今日は小学校の運動会だったな。だからこんな朝から元気なのか。


「ちゃんと見てろよ兄ちゃん! 絶対おれが勝つからな!」

「お前赤? 白? それともウルトラマン?」

「おれは赤組! なおも同じだぜ!」


 ことごとくウルトラマンネタには食いつかないのかよ和也。お兄ちゃん泣いちゃうぞ。

 そんな頭やめちまえ。


「じゃあなおを迎えに行ってくる!」


 そう言って和也はドタバタと出て行った。

 荷物忘れてるし、まだ七時にもなってないっての。


「やっべえ! カバン忘れた!」


 扉越しに聞こえてきた声がだんだんと近付いてきて、玄関の中で待ち受けていた俺からカバンを受けとってまた出ていく和也。

 そんな弟の姿に、俺は遠い昔を思い出す。小学三年生ってあんなもんだったか、と。


 ちなみに「なお」とは和也の幼馴染であり、これまた一癖も二癖もある弟みたいなもんだ。



 ×××



 青い空が高く澄み渡っている。清々しいと感じさせる太陽光が、俺たちを温かく包んでいた。

 この小学校では、たくさんの人がそんな空を見上げて笑う。


『続きまして、全学年による借り物競争です。皆様どうぞお力をお貸しください』


 一生懸命カンペを読んでいる放送に、なんだか微笑ましくなってくる。

 開始から順調に進んできた運動会だけど、俺の温かくなっていた心にだんだんともやもやしたなにかが生まれていくのが解った。


 グラウンドに並ぶ小学生は楽しそうに自分の順番を待っている。

 一年生から捌かれていくその列が、ようやく和也の番まで来た。

 マイクの声に合わせて和也たちは一斉に走り出す。小さな障害物を幾つか超えて、用意されたカードを和也が一番に手に取った。


「いよっしゃー!」


 こんなに離れていても聞こえてくるあいつは、もしかして元気加減も一番かもしれない。


「兄ちゃん兄ちゃん! それ貸して!」


 勢い余って俺に激突した和也が、息を切らして真っすぐに手を伸ばす。

 何事かと思えば、どうやらこいつは俺のネックレスが欲しいらしい。

 可愛い弟の頼みだ。シルバーチェーンのネックレスを外しながらお題の内容を問うと、満面の笑顔でカードを見せてきた。


「ちゅーにびょー、だって!」


 中二病――日本の中学二年生の頃、いわゆる思春期にありがちな行動や思考状態のことを指す。


 つまりこの曇りなき笑顔の弟は、俺のこの十字架のネックレスを中二病だと判断したようだ。


「……お前、何でこれだと思ったんだ?」

「? だってなおがよく言ってたから」

「嘘だろ……そんなお題誰が作ったんだよ」

「なおも書いたって言ってたぞ!」


 成る程解決した。和也がこれを取りに来た理由もよーく解った。


「んじゃ、おれゴールしてくる。次はなおの番だしな!」


 楽しみにしてろと楽しそうに走って行く弟の後ろ姿が、なんだか離れていく気がする。

 いや、物理的な意味じゃなくて。


「……嫌な予感しかしねえ」


 平凡を自負している俺だけど、こういう時の勘だけは外れたことが無い。

 既に温かく見守る気持ちなど消えていて、今現在の俺の心は不安でいっぱいだ。

 そんな状態でも時間が止まるはずもなく、和也の次の組がスタートした。



 特にアクシデントもなくカードのある場所までたどり着いた少年少女は、そのまま四方へと散っていく。

 その中でただひとりの少年だけが、俺に向かって走ってきた。


「たかやくん、一緒に来てくれる?」


 一体何を借りに来たのだろうと身構えた相手こそ、和也の幼馴染であり、弟と同じように面倒を見ている坂本直史だ。

 一見大人しい子供だが、その実態はそんなに生易しいものではない。


 直史が考えたものが他にも入っているのなら、「かつら」や「大人の靴」なんかが出てもおかしくはないんだ。

 だけど今回は「俺」らしい。という事は「兄」だとか「頼れる人」だとかだろうか。


 それなら悪い気はしない。

 仕方ないなと歩き出した俺に、直史から走るように一喝されてしまった。

 思わず謝罪を口にした俺は、年の離れた子供に手を引かれて走り出した。


「和也のお題は中二病だったみたいだけど、他にも何か書いたのか?」

「うーん……確か『かつら』や『大人のくつ』ってのも書いた気がするなあ」


 まさかとは思ったけど本当に書いてやがるとは……直史、恐ろしい子!

 何よりも、いつも通りの無害そうな顔で言っているあたりがやばい。

 こいつがその頭角を現し始めたのは幼稚園の頃なのだが、ちょっと思い出すのはやめておくことにした。

 とりあえず今回は安心できそうだ。良かった良かった。


「そういや、俺のお題ってなんだったんだ?」

「知りたい?」


 他の人から見れば「天使のようだ」と言われるその笑顔を向けられて、俺の背中は冷たい汗を流し始める。

 一気にぶり返してきた不安を押し留めて肯定すると、ゴールした直史が変わらぬ笑顔でカードを俺に手渡した。


「ありがとう、たかやくん。おかげで一番だよ。流石かっちゃんのお兄ちゃん!」

「……おう、兄ちゃんだからな。任せとけ」


 カードに視線を落としたまま固まった俺を置いて、直史はさっさと順位の列へと混ざっていく。

 遠のいている周囲の音の中に弟二人の声が聞こえてきた気がしたけれど、きっとそれは気のせいだ。


「あの、次の組が来るので、移動してもらえますか?」


 この競技の係りなのだろう。小学生に恐る恐る声をかけられてようやく、俺はゴールに突っ立ったままだという事に気が付いた。

 ごめんとだけ口にして、そそくさとその場から離れる俺、悠木貴也。

 弟どもが持ってきたカードが「中二病」と「おもちゃ」だなんて、友人たちに言えないネタがまた増えてしまった。


「……はあ」


 肺の中の空気をすべて出すように、深いため息が零れ落ちた。



 ×××



 借り物競争が終わった後もいくつかの出来事があったけど、そのどれもに直史が関わっていそうで俺は見ないふりをした。


 昼時になれば、子供を迎えに来た大人で児童席の周りはいっぱいになった。

 かくいう俺も、弟を迎えに来たわけであって。

 あいつらを見つけ出さないと俺も昼飯にありつけない。

 だが、俺もその人ごみの中にいては、弟たちも見つけることはできないだろう。

 そう思って少し外れに出た途端、賑やかな周囲から鮮明に声が聞こえた。


「行くぞ、なお!」

「行くよ、かっちゃん!」


 前後から聞こえる嫌な声を耳にして、頭の中の警鐘が鳴り始める。

 とっさに身構えるも、次の瞬間には俺のお腹と背中がビックバン。

 なんて威力だ。

 四肢爆散という言葉もなく、俺は笑顔の二人に引きずられて行った。



 昼飯にしたって、和也が大人しく食べるはずもない。

 落ち着きなく食べ終わったかと思えば、その手はお菓子へと向かう。

 俺の記憶が確かなら、全学年選抜リレーに出るお前の出番はすぐだろうに。そんなに食って大丈夫か。

 だけど、俺がなにかを言ったところで止まる弟ではない。

 ここは直史に任せて、一足先にグラウンドへ戻ることにした。



 午後の競技も目立ったアクシデントは無かった。

 和也はリレーを走破したし、小柄な直史は組体操ピラミッドの上で満面の笑みを浮かべていたし。


 ただし、競技以外ではひとつだけあった。


 グラウンドの片隅で売っている大して美味くもないかき氷を口へ運んでいた俺に、本日三度目の激突をかましやがった和也。

 その勢いで手から落としてしまったかき氷を、いつのまにか正面にいた直史が見事にキャッチする。


「サンキュー兄ちゃん!」

「ありがとう、たかやくん」


 仲良くかき氷をほおばるクレイジーモンスターたちは、空になった容器だけを俺に渡して戻って行った。

 離れていく直史の背中には「今度は何をしようかな」という文字は浮かんでいる気がする……。


 やめて! お兄ちゃんのライフはもうゼロよ!



 ×××



 次は一体何を仕掛けてくるのかと身構えていたけれど、あれ以降俺に災厄は降りかかってきていない。

 それが逆に俺の不安を煽ったが、ついに競技は最後の一つ「移動型玉入れ」を残すだけとなった。

 俺の考えが杞憂ならば良かった。と安堵したところで、そのフラグを回収するようにモンスターが現れた。

 ここで表示されるコマンドはただ一つ。


 逃げる ▽


 現状において「話を聞く」という選択肢は存在しない。

 生きるための逃げは有りだって、農業高校の校長も言ってたし。


 決断してからの行動は迅速にするのがベストだ。俺はいつものように後ろを向いて走り出す――はずだった。


 いつもなら問題なく進めるはずの退路が、人の壁によってふさがれていた。

 俺を見上げてくる壁は小さく、しかし逃れられない厚さがある。

 見たこともない相手だというのに、その子供の群れをみて俺は気付いてしまった。


 いや、俺じゃなくても気が付くだろう。

 まるで錆びた鉄がこすれるようにゆっくり振り返ると、そこにはやはり笑顔を浮かべる二人がいた。


「たかやくんにお願いがあるんだ」


 聞きたくなかったこの言葉を聞いてしまい、俺の背後からはそれに同調する声が聞こえる。

 この人数の前で逃げてしまえば、俺はこのガキどもにいい印象は持たれないだろう。

 つまり、悪魔の子直史はそれを狙って連れてきたという事か……お兄ちゃん、お前の将来が心配だよ。

 こうなっちまえばもう、俺は話を受けるしかない。


 俺は元々話を聞くつもりだった風を装って、嬉々として見上げるクレイジーモンスターの願いを聞いた。


「今からやる移動型玉入れで、出るはずだった大人が一人出れなくなっちゃったんだ」

「だから代わりに兄ちゃん出てよ! お願い!」


 やっぱ聞かなきゃよかった……。

 ここで断ればいいと思うだろうが、気付いた時にはさっきのガキどもが俺を囲って和也の言葉に続けている。

 いっそここで「これから俺、どうなっちまうんだ!?」と少年漫画のハーレム主人公のように次週へ持ち越したいところだが、キラキラとした子供の目は攻撃力が高い。悠木貴也に三百のダメージ。


「仕方ねえな。兄ちゃんに任せとけ」


 何度目だよという己の言葉に再度格好つけ、ワッと盛り上がったガキどもにドナドナされていく俺。

 心の中で「逃げちゃダメだ」と唱え続けていたのは、ここだけの秘密にしてほしい。



 ×××



『最後の競技は――』


 和気あいあいと籠を背負う父兄をよそに、俺だけが異常なまでの緊張感で満ちている。

 籠を斜めにしてはいけない。という事は、クラウチングスタートが出来ないという事だ。開始早々全力で逃げることは難しい。


 つまり俺が成すべきこと、それは――「オペレーション・スタンディングトルネード」だッ!


 死んだ世界戦線風に言ってはみたが、要はスタートダッシュで子供を父兄に巻き込んで寄せ付けないようにするだけのもの。

 これならいける。そう確信する一方で、不安の種が消える気配はない。


 何故かと問われれば……そう、競技参加者の中に二人の姿が見えるからだ。


 マイクを通して聞こえる開始の合図。続けて鳴る空砲と共に、ガキどもは一斉に走り出し、同時に俺も走った。

 グラウンドの端まで来てようやく後ろを振り返る。作戦通り、中央にいる父兄に群がっているようだ。

 モンスターも追ってくる気配はない。こうなればもう息をついてもいいだろう――と、俺はまたフラグを立ててしまった。


「たかやくん」


 幼い声が耳に入った。

 うつむいていた顔を上げると、両腕いっぱいに赤いお手玉を持った直史がいた。

 その横には、両手に握ったお手玉をおおきく振りかぶっている和也がいる。


「かくごしろよ、兄ちゃん!」


 二人の背後に続々と集まる小さな軍団。

 テンションが昂って高揚しているこいつらとは逆に、俺の額からは冷や汗が止まらない。

 今日の終わりまでを実況していきたかったけれど、これは全力でいかないと怪我をしかねない状態になってしまった。


 そういう事で、悠木貴也の一日は悪いがこれにてお開きだ。

 何をするかって?

 そりゃもちろん、逃げるんだよォ!


「全機攻撃態勢」

「なおを、いや……おれたちをえんごしろ!」


 わらわらと群がるガキどもが、俺の退路を潰すように立ちふさがっている。

 さあ、考えるんだ俺。ここから一体、どうやって抜け出すかを。


 つーか今更ウルトラマンネタ持ち出すんじゃねーよ!




Fin.


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