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連載版を投稿しました。孤高の魔女は友達が欲しい

作者: 緋色の雨

 セルベリア大陸の中央には、魔の森が広がっている。

 様々な魔物が生息するがゆえに、一般人は滅多に近付かない。そんな森の奥地にある遺跡の最深部に隠された部屋は、大気中の魔力素子(マナ)を吸収して光る魔導具に照らされている。


 部屋の真ん中には、巨大なクリスタルが設置されていた。光に照らされて虹色に煌めくクリスタルの中には、一人の女の子が閉じ込められている。


 そのクリスタルに、ピシリとひびが入った。


 最初は小さな一筋のひびに過ぎなかったが、続いてピシッ、ピシシッとひびが幾筋にも入り、それがクリスタル全体へと広がっていく。

 そうしてひびで真っ白に染まった直後、凄まじい音を立ててクリスタルは砕け散った。


「――信じてっ、私じゃないよっ!」


 クリスタルのケージから解放された女の子が叫び声を上げると、バランスを崩して床の上にぺたんと座り込んだ。

 どうしてこんなところにいるんだろうと言いたげに、キョロキョロと周囲を見回す。それからほどなく、彼女は自分の置かれている状況を思い出した。


(そっか……私、みんなに裏切られて……)


 クリスタルに閉じ込められていた少女――フィーアリーゼは学生として学校に通い、大好きな魔法の研究に没頭する。わりとどこにでもいるような普通の女の子だった。


 だけどある日、学校の研究所で魔法の暴走が起きて、多くの怪我人が出た。

 その件にフィーアリーゼは関わっていない。いや、クラスメイトが危険な研究をしているのを知って、やめた方が良いと忠告はしたがそれだけだ。


 だが、魔法を暴走させたのはフィーアリーゼだと言うことになった。

 本来の犯人が、魔法が暴走したのはフィーアリーゼが魔法陣に細工をしたせいだと主張し、他のクラスメイト達が共謀して、フィーアリーゼの罪をでっち上げたからだ。


 フィーアリーゼは最後まで無実を訴え続けたけれど、結局は危険な犯罪者として封印処理を施されることとなった。

 未来永劫目覚めることのない封印で、死ぬことも出来ない。それが重犯罪者の烙印を押されたフィーアリーゼの運命だったはずなのだが、なぜかその封印が解かれている。


「……誰かが、私の無実を証明してくれたのかな?」


 口にしてから、その可能性は低いと判断する。

 フィーアリーゼをハメた連中は悪質で大きなグループを結成していた。もしフィーアリーゼを庇う人が現れたら、共犯者に仕立て上げるくらいはやりそうだ。

 そもそも、意図的に封印が解除されたのなら、この場にほかの者がいないとおかしい。


 だとしたら、フィーアリーゼの封印が解除されたのはイレギュラー。封印が解けたことを知られたら、また封印を施されるかもしれない。

 そうしたら、今度こそ二度と目覚めることはないだろう。フィーアリーゼはこの場から逃げ出す決意をして、そのために必要な物を探そうとして辺りを見回す。


 シンプルな部屋で、入り口は一つ。

 特にこれと言ったものはないが、机の上に子供が魔物対策に持ち歩くような魔導具が二つと、魔石が少しだけ転がっていた。

 よく見るとフィーアリーゼ作である紋章が入っていた。彼女が研究室に置いていた物のうち、価値の低い物だけがここに置かれているようだ。


 ないよりはマシだろうと、フィーアリーゼはアイテムボックスの魔法でそれらを収納。

 更には自分の封印が解けた事実の発覚を少しでも遅らせるために、クリスタルの破片もすべて収納した。


 持ち出す物は以上。

 後は……と、最後に自分の身だしなみをチェックする。

 黒い長髪はいつも通り後ろで束ねたままで、着ている服も魔法学校指定の制服だった。これなら、他の生徒に紛れ込んで逃げ出せそうだ。


 フィーアリーゼは深呼吸をして自分を落ち着かせ、覚悟を決めて部屋から脱出したのだが、廊下に出た彼女はぽかんと間の抜けた顔をさらしてしまう。

 魔法で強化されているはずの廊下がボロボロになっていたのだ。


「……ど、どうなってるの? 魔王でも攻めてきたの?」


 ぱっと見たところ、他の部屋も破壊されている。フィーアリーゼのいた部屋が無事だったのは、たまたま難を逃れただけのようだ。


 明らかな異常事態。

 フィーアリーゼは鼓動が早くなるのを感じながら外を目指す。どうやらフィーアリーゼがいたのは学校の地下だったようで、階段を上って廊下を進むと外に出ることが出来た。

 だけど――


「ここ、どこなの~」


 フィーアリーゼは泣きそうな声を出した。

 校舎の上階はほとんど崩れ去っていて、残った校舎は蔦に覆われているし、周囲は見たこともないほど深い森に呑み込まれていた。

 校舎が壊れてから、長い年月が過ぎていそうだ。


 当然、学生や先生は一人も見当たらない。

 逃亡が発覚する危険は低下したけれど、自分が封印されているあいだに、一体なにがあったのかという疑問が浮かんでくる。


「また誰かが魔法を暴走させて、この付近が立ち入り禁止区画になった……とか?」


 口にしてありそうだと思った。特に“また”という部分がありそうだ。一度目に暴走させたクラスメイトの魔法陣は、明らかに欠点を抱え込んでいた。

 それを改善していなければ、二度目の暴走もあり得るだろう。


 ただ、それにしても、この荒廃ぶりは行き過ぎている。

 なにか不穏な物資でもばらまいたんだろうか? その場合、この場に長居するのは危険だと、フィーアリーゼは魔法で大気中の成分をチェックする。


「……問題はなさそう、ね」


 フィーアリーゼの心配は杞憂だったようで、大気はとても綺麗だった。むしろ大気中に溶け込んでいる魔力素子(マナ)の濃度が高くて、暮らしやすい環境と言えた。


 もし付近に生徒や先生がいないなら、この辺りで暮らしても良いかもしれない。けど、まだ生徒や先生がいないとも限らないし、危険がないとも限らない。

 フィーアリーゼは魔法を使って周囲を精査することにした。


 まずはこの一帯がかなり大きな森になっていることが分かる。動物の他にも魔物が多く生息しているのは、大気中の魔力素子(マナ)が豊富だからだろう。

 魔物が多いのは煩わしいが、魔石を初めとした素材を多く入手出来ると言うことでもある。

 端的に言って、この一帯はかなりの一等地となっていた。


 そんな一等地になぜ誰も住んでいないのかが分からない。ただ、住居は見つけられなかった代わりに、森の外縁にある街道らきし道を発見した。


 直線距離で数キロメートルほど。フィーアリーゼはひとまず自分の正体を知らない人と接触して情報を集めようと思い、その街道を目指して深い森の中を駆け抜けた。


(街道と思ったけど、これは……)


 目的地へとたどり着いたフィーアリーゼは、その光景を目の当たりにして首を傾げた。

 道は道なのだが、特に舗装されているわけでもなければ、ましてや魔法で強化されているわけでもない。ただの土が踏み固められただけの道で、雑草すらところどころに生えている。


 もっとも、その割には幅が広くて、距離もフィーアリーゼが精査した端から端まで伸びている。その規模だけで言えば、間違いなく街道と言えるレベルだった。


(文明レベルの低い種族が作った街道とかかな?)


 それならあり得るかもしれないと、フィーアリーゼは考え込んだ。そうしてもう一度辺りを精査したとき、近くにいくつかの生体反応が集まっていることに気付く。


 ひらりと木の上に飛び乗り、視力を強化して反応のあった方を見つめる。そこには馬車が十台近く並んでいて、周囲にブラウンガルムらしき魔物が集まっているのが見えた。

 幸か不幸か、学校の関係の馬車ではなさそうだ。


 そんな馬車の近くでは護衛らしき剣士が十数人、ブラウンガルムと戦っている。

 鉄の剣に、革の防具。とくにこれといった魔法が掛かっている様子はないし、身体能力を上げるような魔法を使っている様子もない。

 剣士達の基礎能力が高ければ問題ないのだが、いまのところブラウンガルムをあまり倒せていない。馬車を護りながら戦っているせいもありそうだが、苦戦しているようだ。


(……ブラウンガルム程度に、なんで?)


 ブラウンガルムなんて、子供が持つ撃退用の魔導具でも一掃できるレベルなのに、大人が何人も揃って苦戦というのがフィーアリーゼには良く分からない。


 分からないけれど、襲われている人達を放っては置けない。

 もちろん、助けたお礼に、少し話を聞かせてもらうなんて下心もあるわけだが、とにもかくにも、フィーアリーゼは木の上から飛び降りて、馬車へと小走りに向かう。


(さて……反射的に飛び出したけど、攻撃魔法を使うのは不味いかも?)


 いまのフィーアリーゼは学校の制服を身に着けている。だから魔法を使うこと自体は不自然じゃないのだが、攻撃魔法を習得している生徒は限られている。

 フィーアリーゼと特定される可能性は排除しておきたいというのが本音だ。


 少し考えたフィーアリーゼは、部屋から持ってきた魔導具を使うことにした。アイテムボックスから取り出した魔導具に魔石をセット。

 馬車を取り囲んでいるブラウンガルムをロックして魔法を発動する。


 魔導具からブラウンガルムの数と同じだけの光の矢が出現。それらは淡い光を残しながら飛来して、ブラウンガルムを貫いていく。

 獣の勘か、とっさに回避したブラウンガルムもいるが、光の矢は弧を描いてブラウンガルムを追尾、決して周囲の人間を巻き込むことなく、ロックした獣だけを貫いた。


「な、なんだいまの攻撃は!」


 冒険者がざわめき、周囲の警戒を始める。

 子供の護身用の魔導具を使っただけで、特に脅かすようなことはしていないと思っていたフィーアリーゼはその反応に面をくらってしまった。


「落ち着け! 詳細は不明だが、魔法は敵だけを貫いている! 周囲を警戒しつつ、ブラウンガルムに生き残りがいないか確認しろ!」


 リーダーらしき精悍な青年が周囲に命令を飛ばす。他の護衛者達はその声に従い、周囲の警戒をしながらブラウンガルムにとどめを刺して回る。

 ほどなく、こちらに気付いた冒険者が武器を構える。


「そこの娘、何者だ!」

「落ち着いてください。こちらに敵意はありません」


 敵意がないと知らせるためにふわりと微笑みを浮かべた。その瞬間、フィーアリーゼに気付いた冒険者達がざわめき始める。

 それらの声を拾って纏めると、少女がこんな場所に一人でいることが不自然らしい。


(たしかに、女の子の一人旅って珍しいかもしれないね。道中が退屈だし)


 フィーアリーゼは少しずれたことを考える。


 そんな中、さきほどのリーダーらしき青年が仲間達に静まるように号令を掛け、静かになったところでフィーアリーゼへと視線を向けた。


「そこの娘、さきほどの攻撃はおまえか?」

「ええ。苦戦しているようだったので援護したんですが……余計なお世話でしたか?」

「いや、あれがなければ負傷者が出ていたかもしれない。感謝する」


 精悍な青年がその表情を少しだけ和らげる。

 顔立ちこそ荒っぽい感じがしたが、その行動は冷静なようだ。この人なら話を聞けそうだと判断して、フィーアリーゼも安心しましたと会釈する。


「あらためて、商隊を救ってくれたことに感謝する。俺はこの商隊の主であるグレイグだ」

「私は――フィーアです」


 本名を名乗るのは不味いかもしれないと気付いた結果、フィーアリーゼは愛称を名乗った。少し軽率だが、珍しくない名前だし、愛称ならなおさら大丈夫だろう。


「そうか。では、フィーア嬢。さきほどの魔法はもしや魔導具か?」

「ええ、そうです」


 だから私は攻撃魔法なんて使えませんよと胸を張った。そんなフィーアリーゼの反応に、グレイグが怪訝な表情を浮かべ――次に獲物を見つけたような表情を浮かべた。


(あ、これはまずったかも)


 さきほどのグレイグはもしや魔法か? ではなく、もしや魔導具か? と問い掛けた。フィーアリーゼが魔導具を使ったかも知れない事実に驚き、もしやと確認したのだ。

 つまりは、彼にとって魔導具は誰もが持っている道具ではないと言うこと。当たり前のように魔導具だと答えるべきではなかった。


(もしかしたら、封印されているあいだに魔導具の価値が上がってるのかもしれないね)


 互いの距離は一息で攻撃できる射程圏内。

 フィーアリーゼはさり気なく後ずさった。


「おっと、警戒させてしまったようだな。すまない、魔導具が珍しかったので気になっただけで、特に他意はないんだ」


 グライグは無害だとばかりに両手を広げて、攻撃の意思はないと証明した。

 これで周囲の連中がさり気なく距離を詰めてきたら真っ黒だが、幸いにして他の者達も大人しく待機している。少なくとも、この場で襲ってくるようなことはなさそうだ。


(不安だから防御魔法を掛けておこうっと)


 バレないレベルで防御策をとり、警戒なんてしてませんよとばかりに平静に振る舞う。


「商隊を率いるのには便利だと思うんですが、魔導具はお持ちでないんですか?」


 グレイグの反応から、絶対に所持がありえないレベルではない。個人で持っているのは珍しいレベルだと当たりを付けたフィーアリーゼは、それを確認するために探りを入れる。


「俺も常々手に入れたいと思っているんだがな。品薄でなかなか手に入れられないんだ」


 やはり商隊規模であれば、所持していてもおかしくないらしい。品薄というのが良く分からないが、なんらかの理由で魔法技術が低下したのかもしれない。


「フィーア嬢、無理を承知で聞くが、その魔導具を譲ってはくれないだろうか?」

「魔導具を……ですか」


 グレイグの唐突な提案に、フィーアリーゼは黙考した。

 実際のところ、くだんの魔導具はフィーアリーゼにとって、片手間に作った子供の防犯グッズ。安定性には優れているが、自由度や威力は低い。

 必要になったとしてもまた作ればいい。それくらいの価値しかない。


 その魔導具と引き換えに、当面の生活費や情報が手に入るのならどうぞ持っていってくださいと叫びたいレベルである。

 だが、理由は分からないが品薄となっている魔導具を、フィーアリーゼが不用意に扱うのは不味い。価値を知らない小娘と思われるのならともかく、魔導具をたくさん持っていると思われたり、量産できると知られたら拘束されるかもしれない。


 魔導具を売ることのメリットとデメリット。

 二つを天秤に掛けたフィーアリーゼは、ほどなくある結論に達した。


「売っても構いませんが、条件があります」

「……ほう、その条件というのは?」

「取り引きはどこかの街についてからです。ですから、私をあなた方の目的の街まで同行させてください」


 街に行くまでは手放さないので、力で奪うことも出来ないと暗に言う――と見せかけての、街の場所を教えてもらいつつ、道中で情報をゲットしようという作戦である。


 なお、慎重に取引することで、フィーアリーゼにとっても魔導具は高価な品物であると主張しているつもりなのだが……本来、魔導具はよほどのことがなければ手放さない。


 グレイブの売ってくれとの言葉は半分がかまかけで、もう半分は冗談だった。だから、売るかどうか考えた時点でありえない。

 さきほどの条件で売っても良いとの答えに至っては、完全に異質に映っているのだが……いまだ子供の防犯グッズ感覚が抜けきれないフィーアリーゼはまったく気付いていない。

 考えているようで、その実は残念なフィーアリーゼであった。



 意思の齟齬はあったが、フィーアリーゼは商隊の馬車に乗せてもらうこととなった。

 フィーアリーゼはお客様として扱われているようで、グレイブと同じ馬車に乗せてもらう。向かい合わせで四人掛けの席、フィーアリーゼはグレイブと並んで座る。

 向かいの席には見習いっぽい少年が座った。


 グレイブが商隊に指示を出し、馬車が一斉に動き始める。

 淡い午後の日差しが降り注ぐ。森の外縁にそった街道を、馬車がガタゴトガタゴトと――ちょっと揺れすぎじゃない!? と、フィーアリーゼは眉をひそめた。


 農業に使うような荷車ですら、もう少しマシな対策が施してある。ましてや商隊のリーダーが乗る馬車なのに、この揺れ様はフィーアリーゼにとって想定外である。

 頃合いを見て話を聞く予定だったのだが、このままではお尻が痛くなりそうだ。


(持ってて良かった、低反発クッション!)


 てーれってれーとでも言いたげに、アイテムボックスからクッションを取り出した。その瞬間、向かいの席に座っている少年がぎょっとする。


 だが、クッションは魔導具でもなんでもない、ただ反発力が低いだけである。なのに、どうして驚かれているのか分からなくて、フィーアリーゼはこてりと首を傾げて見せた。


「フィーア嬢、いまのは……アイテムボックスだろうか?」


 グレイブに問われて、ようやくフィーアリーゼも自らの失態に気がついた。彼らが驚いているのは低反発クッションではなく、アイテムボックスの魔法だったのだ。


(ばかばかばか、私の馬鹿! 子供の防犯グッズが高級品になってるのよ。アイテムボックスが珍しいことくらい、少し想像したら分かるじゃない!)


「いまのは……その、アイテムボックスの魔導具なんです」

「おぉ、そのような物まで持っているのか!」

「――ただし、これは代々引き継いでいる物で、私の家系以外には使えないんです」


 せめてもの抵抗に、アイテムボックスの魔法を使えるわけではなく、自分以外には使えないと嘘を吐いておく。

 もっとも、フィーアリーゼ自身を魔導具のごとくに所有して持ち歩くという非道な方法もある。グレイブがそんな考えに至らないことを願って、急いで話を逸らすことにする。


「そ、それより、良ければクッションをどうぞ。振動が減りますよ」


 追加で低反発クッションを二つ取り出して、グレイブと少年にそれぞれ手渡す。そして、こうやって使うのだと、自分の分をお尻の下に敷いて見せた。


「……え、グレイブ様、これ、凄いですよ!」

「む? ただのクッションではないのか? ――なんだこれは!?」


 低反発クッションを使ったグレイブがくわっ! と目を見開いた。


(それただの低反発クッション、低反発クッションだからぁ。なのになんで、この素晴らしい発明はなんだ! 見たいな目で私を見てるのぉ~)


 もはやフィーアリーゼは涙目である。フィーアリーゼが日常的に使っている物がことごとく、彼らの琴線に触れるのだからたまらない。

 もはや、一体なになら驚かれずに済むのかと、フィーアリーゼは真剣に考えた。


「ところで、私の着ている服ですが……」

「ああ、実は気になっていたのだ。そのようなチェックの生地は滅多にお目にかかれない。一体どれだけの価値があるか……フィ、フィーア嬢、どうしたのだ!?」


 はらりと零れ落ちた涙を指で拭い、少し目にゴミが入っただけだと誤魔化した。


 だが、明らかに文明のレベルが下がっている。ここまで来たら、自分達の一族がどうなったのか聞かずにはいられない。


「あの……この辺りの森って、いつごろからあるかご存じですか?」

「三百年ほど前までは魔女の都市があったそうだから、その後だろうな」

「そう、なんですね」


 三百年というのは、衝撃ではあったが予想の範疇である。

 だが、魔女の都市とはどういうことだろう?

 少し考えたフィーアリーゼは、自分の通っていた学校が女子校だったから、魔女の都市だと言われていたのかもしれないと考えた。


 ただ、学校がなくなった理由も、ここまで文明レベルが低下している理由も分からない。尋ねたら教えてもらえるとは思うが、一般常識な可能性を否定できない。

 そんなことを質問したら、疑われるのは確実だろう。そんな危ない橋は渡れない。


「今度はこちらからも聞いて良いか?」

「えっと……はい、なんですか?」


 グレイブの精悍な顔でジッと見つめられ、フィーアリーゼはドキッとした。恋に堕ちる乙女的な意味ではなく、狩人に狙われた小動物的な意味である。


「フィーア嬢は、どこから来たのだ?」

「私は……その、理由があって住んでいたところから追い出されたんです」

「追い出された?」

「仲間に濡れ衣を着せられて、犯罪者として……」


 暦の上では三百年ほど前の出来事だが、フィーアリーゼにとっては昨日の出来事だ。

 封印処理をされたがゆえに生き残れたとも言えるが、クラスメイトだと思っていた者達に裏切られた悲しみは消えることがない。


「すまない、嫌なことを思い出させてしまったようだな」

「いえ、気にしないでください」

「……ふむ。では、街に向かっているのは、あらたな地で暮らすためか?」


 その問いに対して、フィーアリーゼは小首をかしげた。

 学校の跡地から逃げ出したのは、再度封印されることを恐れたからだ。だが、話を聞く限りその心配はない。フィーアリーゼは自由の身だ。


 だが、自分が通っていた学校はなくなっているし、魔導具も高級品になっている。魔法のレベルはかなり衰退しているとみて間違いがないだろう。

 これからなにをしたいか分からないというのが、フィーアリーゼの素直な気持ちだった。


「いまはまだ良く分かりません。自分がなにをしたいか、これから考えようと思います」

「ならば、俺のところで働く気はないか?」


 まるで、最初から用意されていたかのような言葉。

 フィーアリーゼは思わず苦笑いを浮かべる。


「私の持つアイテムボックスの容量、そんなに多くないですよ?」


 グレイブはニヤリと笑った。

 フィーアリーゼは完全に便利アイテムとしてロックオンされているらしい。断ったら、強引な勧誘を受けるかもしれないと警戒するが、グレイブはすぐに表情を和らげた。


「心配するな。互いの利益になるならと思って提案しただけだ。嫌なら無理に受ける必要はない。これは俺の勘だが、おまえとは長い付き合いになりそうな気がするからな」


 グレイグは、フィーアリーゼと友好的な関係を結ぶことに決めたらしい。


 その後は特に問題も起きず――といっても、フィーアリーゼの持つあれこれについて聞かれたりはしたが、朗らかな雰囲気のまま数日が過ぎ――目的の街へとたどり着いた。



 たどり着いたのは貿易都市アルフィス。

 ぐいっと見上げなければいけないほどの鉄の壁と、あらゆる魔物を退ける結界に護られた、世界の中心――なんてことはなく、四メートルくらいの石の壁に護られた小さな街だった。

 貿易都市アルフィス、完全に名前負けをしている。


 門をくぐると砂利道の大通りがあって、左右には木造のお店が建ち並んでいた。上下水道こそ存在しているようだが、文明のレベルが低下している。

 魔法で舗装された石畳の道や、魔法で生み出した材質による建物が普通の環境で暮らしていたフィーアリーゼにとって、貿易都市アルフィスはかなりの田舎町に映った。


 とはいえ、穏やかな日差しに照らされる大通りに歩く人々は活気に満ちている。この辺りは、黙々と勉強に取り込んでいた学校の生徒達よりも明るいかもしれない。


「フィーア嬢から見て、貿易都市はどうだ?」

「そうですね。道行く人達が活気にあふれていて、私は好きかもしれません」


 学校では研究に打ち込んでいたフィーアリーゼだが、決して人とのコミュニケーションが嫌いなわけではない。どちらかといえば、人との交流を楽しいと感じている。

 フィーアリーゼはグレイブ達との馬車旅でそれを強く実感した。


「ところでフィーア嬢。そろそろ魔導具を売って欲しいのだが?」

「そうでしたね。それで、値段ですが」

「アルヴィス金貨100枚でどうだろうか?」


 ここ数日のあいだに値段を考えていたのか、グレイブからすぐに金額が提示された。

 だが、フィーアリーゼは小首をかしげる。


「む、納得がいかなかったか。では、120枚でどうだ?」


 フィーアリーゼが小首をかしげたのは、アルヴィス金貨の価値が分からなかったからなのだが、なんだか値段が上がってしまった。


「……あの、グレイブさんの馬車の価値って、どれくらいなんですか?」


 あの揺れの酷い馬車の値段が分かれば、アルヴィス金貨の価値がある程度は分かるかもしれない。そんな想いを込めて尋ねると、グレイブは苦笑いを浮かべる。


「なるほど……馬車の安全を考えればもう少し出せるはずだと言うわけか。世間知らずと思っていたが、なかなかしたたかだな。良いだろう。金貨150枚だ」


 更に値段が上がってしまった。

 なんだか下手なことを言うと厄介なことになる気がする。そんな風に感じ始めたフィーアリーゼは、金貨150枚で魔導具を売ることにする。

 その場で魔導具の効果を確認した上で手渡し、金貨150枚入った布袋を受け取った。


 なお、金貨150枚あれば高級な馬車が何十台も買えるレベルなのだが――フィーアリーゼの価値観で言うと、金鉱物よりも純度の高い魔石など価値の方がよっぽど高い。

 グレイブの反応から予想して二束三文とは思っていないが、金貨150枚で一ヶ月くらい生活できれば嬉しいな、くらいの感覚である。


「ところで、フィーア嬢はこれからどうするのだ?」

「特に決めてませんけど、まずはこの街を見て回ろうかなって思ってます」


 更に言えば、どこかで情報を仕入れたい。

 グレイブに聞けばいくらでも教えてくれるはずだが、これ以上余計なことを聞いて、目を付けられたくはない。

 図書館を探すか、こちらの素性に無頓着な相手を探すのが理想だ。


「ふむ。そういうことなら、オークションを見に行かないか? 今日は月に一度の、大きなオークションが広場で開催されているんだ」


 オークションと聞いて、フィーアリーゼはピクリと反応した。

 単純に掘り出し物が在るかもしれないという好奇心が二割、オークションで売られている商品とその落札価格から、物価がある程度分かるかもしれないと思ったのが八割である。


 既に価値観が大きくズレている状況でそんなことが可能かどうかは疑問だが、フィーアリーゼはそのことに気付いていない。

 その結果――



 グレイブに同行してやって来たオークション会場。

 会場といっても街の広場に仮設された屋根付き部隊があるだけだが――その会場の最前列、参加者の席に座り、フィーアリーゼは出品されている商品を眺めていた。


 最初に出品されたのは椅子と机のセットだった。

 よくよく見ると、フィーアリーゼの学校でも採用されていた椅子や机と良く似ている。もしかしたら、同じ工房の作った量産品かもしれない。

 それに金貨3枚の値が付いた。


 たしかに座り心地の良い椅子で、新品で買えばそこそこの値段がするはずだが……オークションで売られているのは中古品。新品ほどの価値があるとは思えない。

 金貨3枚で宿に二、三泊できるくらいかもしれないと、フィーアリーゼは当たりを付けた。


 なお、入札はなかなか白熱していて、落札したのはどこかのおじさんだった。

 中古の椅子と机を落札して、かなり嬉しそうな顔をしている。きっと生活費を切り詰めて、中古の椅子と机を買ったんだろうなと、フィーアリーゼは温かい気持ちになった。


「ほう。あのアンティークを落札したのは辺境伯か。彼はなかなか見る目があるようだな。今度、掘り出し物を持ち込んでみるか……」


 グレイブの呟きが聞こえてくる。

 言われて見直すと、机と椅子は保存状態はかなり良い。中古品としては掘り出し物だろう。


 だが、倹約家を商売の相手として狙い撃ちにするのが効率的だとは思えない。どうしてそんな非効率なことをするんだろうかと、フィーアリーゼは首を傾げた。


 その後も、中古のガラス製品やソファなどがオークションに掛けられる。

 そのどれもがせいぜい金貨数枚まで。

 オークションという言葉から、高級品が扱われると思っていたフィーアリーゼは、どちらかというと古物市的な感覚みたいだと考えをあらためた。


 そんなオークションだが、参加者はどんどん白熱していく。そして出品される商品の落札価格も徐々に上がっていき、魔導具が出品されるようになった。


 ちなみに、フィーアリーゼがグレイブに売り渡したのと似たような魔導具は、金貨90枚の価格が付いていた。フィーアリーゼが売った値段よりも安い。


「グレイブさん、ずいぶんと高値で買ってくれたんですね?」

「いや、そうでもないぞ。フィーア嬢が売ってくれた魔導具に込められた魔法は、先ほど落札された物と比べてもかなりレベルが高かっただろう?」


 子供の防犯グッズとはいえ、種類は色々とある。フィーアリーゼが売り渡したのは、彼女自身が作った品で、子供の安全を第一に考えている。

 それを評価されたと知って、フィーアリーゼは少し嬉しくなった。



 その後、魔導具の出品は少なかったようで、すぐに魔導具のオークションは終了した。

 それでオークションは終わりかと思ったのだが、司会が本日のメイン商品のオークションを開始すると宣言したことで、会場は沸きに沸いた。

 だが、ちらりと横を向くと、グレイブは渋い顔をしていた。


「すまない。あまりフィーア嬢に見せるものではなかったな」

「なにが出品されるんですか?」

「人間だ。亡国のお姫様が売りに出されるらしい」


 フィーアリーゼは軽く目を見張った。

 借金を負った物や犯罪者などなど、人間の売買――つまりは奴隷制度自体は、フィーアリーゼが暮らしていた時代から存在した。

 ただ、このような青空オークションで奴隷が売買されるとは思わなかったのだ。


 そんな風にフィーアリーゼが驚いているうちに、お姫様が舞台の上に連れてこられた。

 年の頃は十代後半くらい――フィーアリーゼと同じくらいだろうか? 麻布の奴隷服に身を包んでなお、育ちの良さがうかがえるプラチナブロンドの少女。

 だが、その瞳は曇っており、憔悴しているのが見て取れる。


 さらに、お姫様の後ろには、同い年くらいの少年が並ばされている。司会の説明によると、お姫様に忠義を誓っている使用人だそうだ。


「それではお姫様と使用人のセット、開始価格は金貨1枚から!」


(お姫様やっすっ!)


 フィーアリーゼがオークションを参考に算出した相場によると、宿に一泊できる程度のお値段。しかも、お姫様だけではなく使用人付き。

 この時代の人間の価値はどれだけ安いのかと、フィーアリーゼは目を丸くした。


 もっとも、即座に入札があり、いまは金貨10枚くらい。その後も少しずつ上がっているので、そこまで安いわけではなさそうだと、フィーアリーゼは安堵する。。


 そんなフィーアリーゼが次に考えたのは奴隷の有用性。奴隷といえば奴隷契約で縛って、裏切りを防ぐことが出来る。

 極端な話、フィーアリーゼが自分の素性をすべて打ち明けた上で情報収集をしても、問題が発生する可能性が限りなく低い相手。


 しかも、お姫様とそのお付きの執事。

 フィーアリーゼが情報を聞き出すのにも向いていると言える。問題は性格だが――と、グレイブへと視線を向け、お姫様の素性や人となりを尋ねた。


「ん? フィーア嬢は奴隷に興味があるのか?」

「少し気になって」

「俺もあまり詳しいことは知らんが、亡国の姫であることは事実だ。王族は皆殺しの憂き目に遭っていて、彼女が生き残ったのは家族の裏切りで幽閉されていたからだそうだ」


 フィーアリーゼは息を呑んだ。

 一瞬、自分のことを言われたのかと思うほど、亡国の姫と彼女の境遇は似ている。


 フィーアリーゼはあらためてお姫様を見た。

 この世に絶望したような瞳で自分を入札する者達を見つめている。

 あそこに立っているお姫様は、無実を訴えても誰にも信用してもらえなくて泣き叫んだフィーアリーゼと同じだ。

 少し運命がイタズラしたら、フィーアリーゼも彼女と同じ道を歩んでいたかもしれない。


「金貨――100枚」


 気付いたら、フィーアリーゼは入札していた。

 それまで金貨20枚くらいだったところから、一気に5倍の価格。その瞬間、会場が水を打ったように静まり返った。


 もっとも、フィーアリーゼにとっては自分が作った魔導具の代金であり、それがなにやら高く売れて数ヶ月分の生活費になった――くらいの感覚だ。

 平民なら一生遊んで暮らせる金額を提示している自覚はまるでない。


「……金貨110枚」

「金貨120枚」

「……金貨130枚」

「金貨150枚」


 フィーアリーゼは先ほど得た金額のすべてを提示した。

 これで入札できなければ負ける。

 息を詰めて、祈るような気持ちで落札が決まるのを待った。


「金貨150枚、金貨150枚です。他になければこれで――」

「――金貨155枚」


 だが、無慈悲に入札価格が更新された。

 フィーアリーゼにその価格を覆すことは出来ない。


 今日初めて会った赤の他人だが、既に他人とは思えなくなっている。フィーアリーゼは、自分と同じ境遇のお姫様を救えない事実に唇を噛んだ。


「フィーア嬢は、あのお姫様を落札したいのか? もし他に魔導具を持っているのなら――」

「――持っています」


 その問いかけの本質が、フィーアリーゼの正体を探る物であることに気付きながらも、迷うことなく肯定した。


「……そうか。ならば、その魔導具を買い取ろう。ただし、その魔導具がどのような物であれ、いま用意すぐに動かせる金貨は100枚までだ」

「商談、成立ですね」


 そうこうしているあいだにも、オークションは終わりを告げようとしている。実際の取り引きは後で良いという許可をもらい、フィーアリーゼは再度口を開いた。


「金貨――250枚」


 フィーアリーゼの凜とした声が会場に響き渡った。

 会場は再び静まり返り、続いて波が返すようにざわめきが大きくなる。すぐ隣からは「思った以上に大物だったようだな」なんて呟きが聞こえる。


 フィーアリーゼはいくつかの犠牲を払い、亡国のお姫様とその従者を落札した。




 会場の控え室。

 フィーアリーゼは奴隷商と向き合っていた。奴隷商の後ろには商品であるお姫様とその従者。フィーアリーゼの後ろにはグレイブが控えている。


 フィーアリーゼのような普通の娘が奴隷のお姫様を購入したことが意外だったのか、係の者などはフィーアリーゼをチラチラと盗み見ていた。

 だが、この奴隷商はそういった素振りを見せない。お姫様はもちろん、従者の健康状態もしっかりしているし、プロ意識が高いのだろう。


「アルヴィス金貨250枚、たしかに頂戴しました。いまから奴隷契約をおこないます」


 金貨を数え終わった奴隷商が、奴隷契約の儀式魔法を使用する。奴隷のお姫様と従者を中心に、足下に魔法陣が浮かび上がった。


(魔法がなくなったわけじゃないんだね)


 フィーアリーゼは魔法陣に視線を向けて、その内容を解析した。

 契約の内容は三つ。

 主人を裏切らない、主人に危害を加えない。そして“命令”に従う。


 主人が“命令”することで補足は出来るようだが、かなり大雑把な契約内容だ。あえて緩い契約なのか、それとも儀式魔法のレベルが下がっているのか。

 おそらくは後者だろうと、フィーアリーゼは判断した。


「――これで契約は完了しました。クリスティア、彼女があなたの主となられたフィーアリーゼ様です。ご挨拶なさい」

「お初にお目に掛かります、フィーアリーゼ様。わたくしはクリスティア。いまは亡きフォルシニア国の第三王女です。そして背後におりますのが、使用人の刹那(セツナ)と申します。必ずやフィーアリーゼ様のお役に立ちますので、どうかよろしくお願いいたします」

「え、ええ。よろしくね、クリスティア。それにセツナ」


 明らかにフィーアリーゼよりも品がある。これがロイヤルな礼儀作法なのかと気圧されつつも、精一杯の威厳を保って返事をした。


 その後、役目を果たした奴隷商が部屋を退出すると、グレイブがこれからどうするつもりなのかと問い掛けてくる。


「あ、そういえば魔導具を渡してなかったですね。少し待ってくださいね」


 フィーアリーゼはアイテムボックスにしまっていたもう一つの魔導具を取り出した。


「これはサーチの魔法を発動できる魔導具です」

「……ほう、魔物を見つけることが出来るのか?」

「魔物を見つけることも可能です。最大で周囲五十メートルをサーチして、脅威となるレベルの生物を検知する魔法なので、魔物かどうかは反応の強弱で判断する必要があります」


 生命力が強ければ人間でも反応は大きくなり、敵意がなくても反応する。だから街の中で使うのには向かないが、森のような場所での不意打ちには役に立つと説明した。

 その説明を黙って聞いていたグレイブは、少し考えた末に口を開く。


「……ちなみに、ほかの物もあるのか?」

「商隊にとってはとても有用だと思うんですが、お気に召しませんか?」


 ここで持ってはいないが作れるなどと打ち明けるのは論外だ。

 どれだけの魔導具を所持しているのか探るための質問だと判断したフィーアリーゼは、持っているとも持っていないとも答えず、穏やかな微笑みを浮かべて見せた。


 代金を先に受け取っている以上、ある程度の譲歩は覚悟しているが、出来ればいくつも魔導具を持っていることは隠しておきたい。

 最初の魔導具が金貨150枚なら、この魔導具の価値が金貨100枚を下ることはないはずだと、フィーアリーゼは胸を張った。


「たしかに、商隊にとってかなり有用なのは間違いないな。良いだろう、その魔導具を売ってもらおう。ただ、先ほども言ったとおり、すぐに動かせるのは先ほど支払いに使った金貨100枚で打ち止めだ。残りの金額は後日にしてもらいたい」

「……え?」


 金貨100枚しかないから、それ以上は払わないという意味だと受け取っていたフィーアリーゼは、グレイブの物言いに首を傾げた。


「ん? さっきどう言ったはずだぞ? 金貨数枚ならともかく、それ以上は無理だ」

「あぁ、いえ……問題ないです」

「そうか、安心した。それで、話を戻すが、この後はどうする予定だ?」

「えっと……そうですね。ひとまず彼女達と話して、これからどうするか考えます。本当は宿を取るつもりだったんですが……」

「やはり、貨幣を持っていなかったか」


 グレイブがニヤリと笑う。

 なんとなく、じわじわと秘密が暴かれている自覚はあるが、オークションでは魔導具を売って得た資金しか使っていない。

 この程度は覚悟の上だと苦笑いで事実を認めた。


「では、ひとまず宿の手配はこちらでしよう。ひとまず、二部屋で問題ないか?」

「お世話になります」


 さらに、じわじわと囲い込まれている自覚はあるが以下略。フィーアリーゼはグレイブの提案にひょいっと乗ることにした。無一文なので仕方ないね。


 その後、フィーアリーゼは奴隷達を連れ、グレイブに用意してもらった宿へと移動する。

 グレイブはフィーアリーゼの部屋と奴隷の二人の部屋という判断で二部屋を取ったのだが、フィーアリーゼは二部屋を男女で振り分けた。

 その後、ひとまず話し合いをするために、自分の部屋に奴隷二人を集める。


「あらためて、よろしくね。えっと……クリスティアと刹那だったかしら? 二人は今日から私に仕えてもらうことになるのだけど、なにか質問とかはあるかな?」


 フィーアリーゼが問い掛けるっと、少し躊躇った後にクリスティアが口を開いた。


「あの……フィーアリーゼ様はわたくし達になにをお望みなのでしょう?」

「身の回りのお世話とかを考えているけど……どうしてそんなことを聞くの?」

「その……わたくしは購入するのはおそらく、高貴な者を穢すことに悦びを覚えるような殿方だろうからと、奴隷商に身構えをするように言い聞かされていたので」


 このお姫様は、野獣の慰み者になる予定だったらしい。


 だが、冷静になって考えれば、それもおかしなことではない。なにしろ、使用人として雇うのであれば、元使用人――たとえば彼女の背後に控えている少年の方が役に立つだろう。

 元お姫様であれば、雑用の経験がない可能性も高い。

 そんなお姫様をわざわざ買いたがるのは、特殊な理由がある場合だけだろう。


「そっか……だから安かったのね」


 一生遊んで暮らせる金額を安かったと言い切る剛毅な姿に、奴隷二人が目を見開いているが、思い込みの相場が定着しつつあるフィーアリーゼは気付かない。


「私が貴方達を購入したのは、色々と聞きたいことがあったからよ」

「聞きたいこと? フォルシニアにそれほど価値があるような秘密はございませんが、なにを話せば良いのでしょうか?」

「フォルシニア? いえ、あなたの国のことじゃないわ。あぁそれと、これから私が聞いたことは、他の人に話してはダメよ。“命令”だからね」


 フィーアリーゼが契約に則って命令を下すと、二人はビクンと身を震わせて頷いた。おそらくは契約の魔法が、二人になんらかの影響を及ぼしたのだろう。

 それを確認してから、魔女の都市について知っていることを話すように言った。


「魔女の都市というのは、いまより300年程前に存在した伝説の魔法都市です。高度な魔法が当たり前のように使われていた時代においても頭一つ抜き出ていたと聞いています」


(女子校だから魔女の都市というのはちょっと面白いわよね)


 ちょっと感心するが、それについてはグレイブから聞いた内容とほとんど同じだ。ちなみに、頭一つ抜き出ていたというのは、優秀な生徒が集まる学校だったからだだろう。

 問題は学校がどうなったのかとか、魔法がどうして衰退しているのかだ。


「魔女の都市はどうして滅びたの?」

「伝承に残っているだけですので、真実かは分かりませんが……魔法の実験に失敗して大事故を起こして滅んだと言われています」

「……なるほどね」


 おおよその事情は把握できた。

 結局、クラスメイトはもちろん、先生達を含めて誰も、フィーアリーゼが挙げた問題点について検証をしなかったのだろう。

 予想通りといえば予想通りだが、なんとも情けない話である。


 そして、魔法学が衰退している理由にも察しが付いた。

 あの魔法陣の欠陥は、下手をしたら大陸中の大気中から力素子(マナ)を食い潰すような代物だった。暴走直後は、ろくに魔法を使うことが出来なかった可能性がある。


 ここからはフィーアリーゼの完全な推測だが、魔力素子(マナ)が薄ければ魔物が発生しない。魔法は使えずとも平和な時代が続いて魔法学が衰退。

 魔力素子(マナ)は回復したが、魔法学のレベルは衰退したままとなっているのだろう。


魔力素子(マナ)の濃度が高いと私達は助かるけど、魔物が増えて大変そうよね)


 ひとまず、状況は理解できたし、当面の危険は去った。もはやフィーアリーゼに濡れ衣を着せて封印した連中は生き残っていない。

 自分の身が安全だと知り、フィーアリーゼは安堵の息を吐いた。


「ありがとう。ひとまず聞きたいことは聞けたわ」

「あのような答えで良かったのですか?」

「ええ、十分よ。また聞きたいことが出来たら頼むわね」


 相場の確認や、この時代での常識などなど。

 聞いた方が良いことはたくさんあるが、それらを聞いたらフィーアリーゼがこの時代の人間ではないことがバレる可能性が高い。

 一応、もう少し様子を見てからが良いだろうと判断する。


「かしこまりました。ほかには……なにかありませんか?」

「そう、ね……」


 これからどうするべきか。いや、どうしたいか――と考えたフィーアリーゼは、奴隷のお姫様――いや、クリスティアやそのお付きの刹那に視線を向けた。


 フィーアリーゼと同い年くらいの少女と少年。

 学校ではクラスメイト達に裏切られた彼女だが、人が嫌いになったわけではない。もちろん警戒心は残っているが、ひとりぼっちになってしまったという孤独も感じている。


 だから、フィーアリーゼは二人と友達になりたいと考えた。

 だが、それは無理だと、浮かんだ感情をすぐに掻き消す。

 二人にとってフィーアリーゼは、自分達の人生をお金で買った忌まわしき相手。友達になってくれなんて言っても受け入れてもらえるはずがない。


 奴隷の契約を破棄した上での言葉なら可能性はあるかもしれないが、クラスメイトに裏切られたばかりのフィーアリーゼに、それをおこなう勇気はなかった。


「今日はもう十分よ。貴方達も買われたばかりで疲れているでしょう。まずはゆっくり休みなさい。夜になったら一緒に夕食を食べましょう」

「……一緒に、ですか?」

「ええ、一人じゃ味気ないもの。それと、貴方達をぞんざいに扱う気はないから安心してね」


 友達になってと言えないフィーアリーゼの精一杯の好意に二人はホッと息を吐いた。


「でも、明日からは色々と手伝ってもらうわよ」

「もちろんです。なんなりとお命じください。わたくしはもちろん、刹那も少々特殊な出自で、きっとフィーアリーゼ様のお役に立てると思います。ね?」

「――はい。僕も故郷の知識を使って、フィーアリーゼ様のお役に立って見せます」


 クリスティアの背後で沈黙を守っていた刹那が口を開いた。

 フィーアリーゼは思わず刹那を見る。黒い髪に黒い瞳は、フィーアリーゼとそれほど変わりがない。だが、その名前の響きは、彼女が聞いたことないものだった。


 彼はどこか遠くから来たのかもしれない。そんな彼が故郷の知識というくらいだから、珍しい知識を持っているのかもしれないと、フィーアリーゼは少しだけ期待する。


「二人とも、これからよろしくね」


 フィーアリーゼは微笑んで、これからのことに思いを巡らす。

 クラスメイトの裏切りで封印されてしまったフィーアリーゼだが、そのおかげで生き延びることが出来た。

 ひとりぼっちにはなってしまったが、それと引き換えに自由を手に入れた。


 封印される前にやり残した研究はいくらでもある。

 生活基盤を整えたら、魔導具を売って資金を得て研究するということも可能だろう。クラスメイト達が羨ましがるくらい、幸せなセカンドライフを目指してみよう。

 そんな希望を胸に、フィーアリーゼは窓から見える空を見上げた。

 

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