人間
人間
キリスト教の聖人ピサロは、ある日悪魔に会った。
彼は恐れ戦いて、逃げようとした。
逃げようとする彼の背中に悪魔が言った。「何もしない」
「そんな筈はない。お前は悪魔じゃないか」
強がってみたものの、声の震えを抑え切る事は出来なかった。
「悪魔だから、暴力は振るわない」
「嘘だっ!」
「悪魔は嘘を吐かない」
しれっと悪魔は言う。
ピサロは言った。「ならば――私を救けろ!」
彼は道に迷っていたのだ。
「西へ進め。街に出る」
ピサロは悪魔の言等信じなかった。
わざと東へ向かったが迷うばかりだった。若しかしてはと思い、西へ向かい直すと、街に出た。
街の門の前に悪魔が立っている。「本当だっただろう?」
「いや、これから騙す気なんだろう」
「そんな事はない」
門の際に乞食の少女が座り込んでいるのをピサロは見つけた。
少女は物欲しそうな目でピサロを見た。彼が肩から提げている鞄には、乾燥パンが詰まっていた。
「やらんぞ!」
「聖人なのに?」悪魔が揶揄すように言った。
ピサロはムっとした。
「お前は――」
悪魔が手を掲げた。
すると天からパンが降ってきた。
「毒のパンだな」
「いやいや」
「ありがとう」少女はパンをぱくついている。毒が入っている様子はなかった。
ピサロが言った。「如何してお前は悪魔のクセに、人間を救け、嘘も吐かず、暴力も振るわないのだ?」
悪魔は口の端をあげた。
「嘘を吐き、人間を見捨て、暴力を振るってしまってはそれは悪魔じゃない。――人間だ」