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エピローグ

「礼を言おう。おかげで助かった。白波三郎、この恩義は一生忘れぬ」


 荒神山での死闘から数日、四人は再びフォルキュアスの元へ招かれていた。

 紋付袴の大柄な壮年の男が、彼らに向かって深々と頭を下げる。

『まぼろし』の長である、河童の白波三郎だ。

 ファウストと同盟の共同作戦によって無事に救出され、本部で治療を受けていたのである。

 河童の特徴である頭の皿の名残なのか、人間に化けても頭頂には髪の毛がなく、よく見ると微妙に窪んだような奇妙な形をしている。

 とはいえ、一見しただけではこの姿が妖怪の変化とは見抜けないだろう。見事な化け術だ。



「お前のためにやったのではない。資料が欲しかったのだ。ま、それなりに仁義とやらは通してやるから、せいぜいむせび泣いてこのフォルキュアス様の寛大さと慈悲深さに感謝するといい」


「お前は相変わらずだな……」



 錬金術師の研究所から回収した資料の数々に囲まれ、大魔女はご満悦だ。

 今回の報酬の一部として、研究資料はそれぞれファウストと同盟で半々ずつ管理・保管することが決定した。

 図々しくもそっけない態度に、白波が苦笑いする。


「それ後で私にも絶対読ませてくださいよ!!約束ですからね!!」


「うるさい、私が先だ。弟子は黙って師の言うことを聞け」



 殆ど絶叫に近い琴美の懇願を、これまたそっけなく流す。

 知識を欲するのは魔女としての本能だ。むしろ得ないと死ぬと言わんばかりの強迫観念である。

 二人ともそれらを読みたくてウズウズしているに違いない。


「で、『まぼろし』の現状はどうなんだい?」


 大人げなく争う師弟の様子をニヤニヤ眺める残花が、事の発端である組織について問い質す。

 頬に貼られた絆創膏が痛々しい。

 針女の歪な鉤髪に抉られた傷は、不思議と治りが遅いのだ。


「まず、クーデター派は無事に鎮圧された。幹部達も拷問されて負傷しているが、皆命に別状はない。

 この白波も熱と光に晒されてカッサカサのミイラになってたが、水にブッこんだら元に戻った。干し椎茸みたいな奴だよな。

 全く妖怪ってのはデタラメな生き物だ」


「人の事は言えんだろう、若作りの性悪婆さんめ」


「ははは誰が婆さんだ皿割るぞハゲ」


 はははは、とフォルキュアスと白波が互いに悪口を叩きつつ可笑しそうに笑うが、それはけっこう大事だったのじゃないかと、志郎と琴美は内心冷や汗を流す。


「お前達が鉄鼠どもを殺ってくれたのも大きかった。やつらはクーデター派の中でも急先鋒だったからな。

 少数が生き残って百鬼に流れたようだが、主要な連中はほぼ討ち取られている。あとは状況に流されていた奴らばかりだから、放置しても問題はなかろう」


 つまり『まぼろし』のクーデターは、一応の決着を見せたという事である。


「でも、これで終わりなんでしょうか?」


「いや、似たようなことはこれからも続く。断言してもいい」


「ですよね……」


 冷淡なフォルキュアスの言葉が、琴美の心に沁みる。


 百鬼の干渉によって組織のバランスが崩壊し、クーデターとなる。

 今回の『まぼろし』の件は、始まりにすぎない。

 同じ事はこれからも続くに違いない。

 荒神山で戦った妖怪たちの死に様が、琴美の脳裏に浮かぶ。


 血の海に沈む鉄鼠。


 首を斬り落とされた針女。


 首の骨を折られた手長。


 そして、自分の起こした炎で黒焦げになった足長。



 戦いの中で彼らも彼らなりに、妖怪としての性に正直に生きようとしていたのを感じる。

 それを見抜いたか、白波が穏やかな口調で琴美に語りかけた。


「頼豪達は、人の血肉と殺しを求める性からは逃れられなかった……。

 それなりに長い付き合いだったが、俺は結局あいつらの気持ちを何も分かってやれなかった。あいつらを死なせたのは俺だ。だからなぁ、あんたが気に病む必要は無ぇよ」


「いえ、そんな……」


「魔女さん、相変わらずお人好しだねぇ。そういう風に生まれたんだから仕方ねぇってだけだろ。

 虎やライオンに野菜食えったって無理ってもんだぜ。で、食われそうになりゃ草食獣だって反撃する。今回はそれで肉食獣どもが死んだってわけだ」


 シニカルな台詞を吐くのは残花だ。

 歯に衣着せぬ物言いに、白波も苦笑するしかない。


「あんた実も蓋もないな。だが、否定はせんよ。その通りだ。

 俺たち河童は魚や野菜が主食だからそうでもないが、一度人の味を覚えると、たまにどうしようもなく真っ黒い気分になる事がある。

 それでも人間と共存するにはその性を押さえ込むしかない。悲しいが、どうしてもそれを我慢できない奴だっているんだよ」


 妖怪も種族は色々だ。

 それぞれに価値観があり、イデオロギーがある。

 そこはある意味人間以上の、複雑怪奇な社会にちがいない。


「なに、悪いことばかりではない。今後は八百万も『まぼろし』の運営に協力してくれるし、もう百鬼どもに勝手な真似はさせん。せめて、俺の目の届く内はな」


「そうですか、良かった……」


 世間は思ったよりも悪意に満ちてはいない。

 混沌の中にも平和を望む声はある。自分自身の信念を最後まで貫こうと、改めて誓った。



「だが、ここでひとつ悪い報告だ。非常に厄介な奴がクーデター派に協力していたようで、そいつがドサクサに紛れて大事なものを持ち逃げした」


「大事なものって?」


「賢者の石とアゾット」


「ちょっと、それ……」


 琴美が絶句する。

 賢者の石は、言わずと知れた錬金術が目指す真理の最高峰。

 卑金属を錆びることのない黄金に変え、人間に不老長寿をもたらす。言うなれば、あらゆるものに“不変”と“永遠”を与える霊薬である。

 そして、アゾットとは、伝説的な錬金術師パラケルススが持っていたとされる魔剣の名だ。

 彼はこの剣の柄に賢者の石を仕込んで病人を治療したり、悪魔を自在に使役したという伝説がある。

 パラケルスス本人の持ち物でなくとも、力ある錬金術師が製作したレプリカならば、それは強大な力を発揮する可能性がある。


「そいつの名前は?」


 志郎の問いに、ふむ、とフォルキュアスが小さく唸って頭をひねる。


「確か名前は……モリモトと言ったかな。クーデター派の雇われ用心棒だったそうだが、白波が生前、錬金術師に遺品として渡されていたその二つを独占するために、クーデター派に潜伏していたらしい。

 白波の邸宅で魔剣と石を手にするや否や、うちのメンバーと同盟の狩人と、クーデター派の妖怪数名をまとめて叩き斬ってトンズラしやがったのだ」


「……ああ、そいつ知ってるぜ」


「わしもだ。同盟で要注意人物として報告されている」


 狩人の二人は心当たりがあるらしく、少し詳しい情報が出てきた。


「たぶん、森本恭二だろ。確かゴーレムとかホムンクルスとか人造生命の研究者で、性能テストのために、自分の作品に一般人殺させまくったサイコ野郎だ。

 本人の剣の腕も立つとは知らなかったがな。縁があるなら、いっぺん殺り合ってみたいもんだぜ」


 手練れ揃いの同盟の狩人とファウストのメンバーを一瞬で斬るほどの使い手だ。

 考えるだけで、残花の闘争本能に火がつくらしい。



「妙なカリスマ性があるらしく、怪しげな連中を従えているとも聞くな。

 どちらにせよ、もしも戦う事になれば気をつけよ」


 対する孫八は少し冷静で、志郎達を心配するような言葉を投げる。


「ありがとよ、斎賀さん」


「なに、これも何かの縁であろう。それに、わしはお主ら二人をけっこう気に入っているのだ」


「そりゃどーも」


 に、と豪快に笑った。志郎も犬歯を剥いて笑い返す。

 二人して、恐い笑みである。


 その時、重いドアが開いて、黒ずくめの影が部屋に音もなく侵入してきた。

忍者装束の小柄な女だ。

 セミロングの黒髪に、深い鳶色の瞳が目をひく和風な美人である。


「首領。そろそろ同盟と『まぼろし』の方々との会合の時間です」


「防森か、報告ご苦労」


『ファウスト』のメンバーのひとり、防森玲(さきもりれい)だ。

 実家は忍者の末裔であり、組織でも主に諜報や偵察などを担当するが、戦闘もそれなりにこなす。

 普段は大学生であり、組織でも志郎と琴美の先輩にあたる。


「ちょうど良かった、お前はこれから同盟の方に出向だ」


「は?」


「お前はこの間、白波の救出に参加していただろう。その時の腕前を同盟のお偉いさんが気に入ったらしくてな。しばらく向こうで仕事してくれ」


「しかし、私はあくまでも『ファウスト』です。組織を違えるつもりは……」


「お前が忠義を誓ってくれているのは知っているさ。向こうでの仕事だってうちの役には立つ。同盟に恩を売るのも悪くはないさ。ダメか?」


「はっ、了解であります。それでは仕事がありますので、これにて」


 堅苦しい返事と共に、防森が退室していく。


「へぇ、また面白そうなのが出てきたじゃねーの。うちに出向ね……しばらく退屈せずに済むかな」


「防森の姉ちゃんな。けっこういいやつだから、まぁ仲良くしてや」


「おい、後ろ後ろ。睨まれてるぜ」


 キヒヒ、と残花が意地の悪い顔で笑った。

 振り向くと、据わった目付きで琴美が志郎を睨んでいる。

 志郎と玲は武芸者仲間でそれなりに付き合いがあるのだが、琴美には仲を疑われているのだ。


「御堂さんの事といい、私の前で他の女にデレデレしてんじゃないわよ……」


「ふ、ふざけんな、御堂は関係ないだろ。ていうか、デレデレしてねーし!!」


 戦場では人間離れした力を振るう二人も、今は年相応の少年少女だ。

 顔を真っ赤にして痴話喧嘩する二人を前に、白波が目を細める。


「んじゃ、アタシはそろそろ行くぜ。孫八は?」


「わしも行こう。他に用事があるんでな」


「おう、じゃあこれ持ってけ」


 退出しようとする二人へ、白波が小さな壺を手渡した。


「ん、なんだこりゃ?」


 勇気があるのか単に無頓着なのか、残花が口に差されたコルク材の蓋を抜く。


「うお、臭ぇ!!」


 嗅覚の鋭い志郎が真っ先に気付き、抗議の声を上げる。

 壺の中身は半固形状の、薄緑色をした得体の知れない物体であった。

 つんと苦酸っぱいような強い臭気が鼻をつく。


「俺の作った特製の軟膏だ。骨折や刀傷にもよく効くし、軽い擦り傷や打ち身程度ならあっという間に治るぜ」


「河童は薬作りの名人って話は聞いたことあるけど、本当かよ……うそくせー」


 と言いつつ残花が頬の絆創膏を剥がし、少量を傷に塗ってみる。

 すると、録画された映像を早送りするように傷へ薄皮が張り、瘡蓋がボロリと剥がれて白い肌が現れた。

 わずか数秒での治癒だ。


「お、お、すっげぇ……」


 残花も珍しく驚いている。

 河童の軟膏、恐るべし効能だ。


「助けてくれた礼さ。今回は特別にタダだぜ」


「こちらからも礼を言おう白波殿。この斎賀孫八、そなたの気遣いに感謝する」


「なに、このくらい軽いもんさ」


「イヒヒ、いいもん貰った。それに、けっこう楽しかったぜ。またやろうな」


「わしもだ。待っているぞ、二人とも!!」


 黒いコートを引いて残花が退室し、孫八も巨体を揺らしてそれに続く。


「ほい、じゃあこれ今回の特別ボーナスな」


 同盟の狩人達がいなくなったのを見計らってか、フォルキュアスが志郎と琴美へそれぞれ封筒を手渡した。


「こ、こんなに貰っていいんですか……?」


 琴美の言う通り、そこに入っていたのは、学生には少々過ぎる額の現金だった。

 子供の頃から組織で活動している志郎も、給料自体はあるものの「ガキの頃からこんな金自由に使わせたら、ろくな育ち方せん」という幹部達の方針により、最低限の小遣いしか貰っていないのだ。


「お前が、あの日はデートだったとうるさいからだよ。それだけあれば十分だろ。存分に埋め合わせするがいいさ」


「あ、ありがとうございます……」


「ただし、志郎、SEXするなら避妊はしっかりな。そいつアホみたいに妊娠しやすいぞ。あと必ず女の子を産む」


「え……」


 とんでもないことを言われて志郎が言葉につまり、琴美の顔が羞恥で爆発的に赤く染まる。


「ナニ言ってるんですかぁーーッ!?」


「魔女は多淫多産なんだよ。お前だって三姉妹の次女だろ」


「いや、確かにそうですけど!!」


「そ、そうなのか……」


「ほら、さっさとレストランでも水族館でもホテルでも好きなところへ行け。私は忙しいんだ」


 ギャーギャー騒ぐ弟子をパートナーもろとも押し退け、追い出す。


 部屋には、フォルキュアスと白波だけになった。


「で、これからどうすんだ?」


「個人的にはダンゴムシのように、人目のつかない日陰で過ごしたかったのだが、日向には日向なりの楽しみだってある。まぁ、なるようになるだろう。

 ただ、いくつかの組織がうちを勢力拡大の標的にしようとしているという情報もある。

 調子にのってる連中には、それなりに罰を与えてやるさ。この魔女フォルキュアスと我が『ファウスト』を見くびる愚か者どもにはな……」



 くくく、と小さな嘲笑をもらす。魔力を秘めた眼が、殺意を宿して黄金に輝いた。

 魔術師の中で、フォルキュアスはそれなりに穏健派であるが、高いプライドと実力への自負がある。

 故に、一度でも自分を見くびり敵対した者へは一切の容赦がない。


「おお、くわばらくわばら……」


 白波が表面上はおどけた様子だが、半ば本気で身震いし、自分の身を抱く。


 しばらく、近隣には魔術による暗闘と、殺戮の風が吹きそうだ。


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