初めまして
小さな口を、小さくぽかんと開き、目を2度3度瞬かせて。いわゆる、驚きの表情を浮かべた少女は僅かに頭を横へ倒すと、少女を見つめる少年に言葉を投げた。
「えっと、もう1回言ってもらっても、いいかしら?」
これに戸惑ったのは少年の方だ。少女も十分戸惑っているように見えるが、少年の戸惑いはそれ以上だった。
うーんとか、ああとか言いつつ、目線をあちこちに投げて、頭の後ろを掻きつつ適当な言葉を探す。見付からない。
別に自分の言ったことを忘れてしまったワケではない。ならそれをまた言えばいいだけじゃないか。第3者であれば気楽にそう言ってみせるだろうが、当事者である少年にとっては、そうはいかなかった。
「えっと、あまり何回も言う事じゃ、ない、んだけど……」
結局気の利いた言い訳は思い付かず、途切れ途切れに、バカ正直な言葉を返す結果になった。
しかし少女の方は少年の動揺も、“何回も言うべきではない内容”というのも、まるで気にしていないというように、にこにこ穏やかに微笑んでみせる。
さっきまで驚いていた少女とは、まるで別人だ。
「構わないわ。私はもう、私の終わりについて覚悟はしていたし、近い事も察しているわ。だからその点については、気遣い無用よ。だから、ね?もう1回言ってもらってもいい?」
そうハッキリ言われてしまうと、少年としては誤魔化す言葉もない。
躊躇いは感じつつも手の中の柄をぎゅっと握り込む事で気分を紛らわせ、少年はついさっき自分が言ったのと同じ言葉を口にした。
「あなたの命は後7日。7日後、オレはあなたの命を刈り取ります。あなたには1つ、権限が与えられる。死神として可能な限り、あなたの願いを叶えましょう」
「死神さんってそんな事もしてくれるのね!姿を見せたら即座に死を与えるものだと思っていたから、新鮮だわ」
「死神はそんな事をしないよ。7日前を告げて、希望を聞いて。そしてその日に魂を刈り取って運ぶ。下界では色々と誤解されているみたいだけど、本来死神ってそういう存在なんだ」
少女は今、死が間近に迫っていると聞かされた人間とは思えぬほど、満面の笑みを浮べて、楽しそうに弾んだ声で自分の発見を語っている。
面食らったのは少年の方だ。死神としてはまだまだ新人ではあるものの、いくつか仕事はこなしてきた。その誰もが少年の姿を見ただけで顔を顰め、不吉な悪魔だと罵ったというのに。先輩死神や上司も、少年に下界の人間は黒一色の衣装に大鎌という格好を見ただけで嫌悪し、自身の死は受け入れないものだと新人死神である少年に教えていた。今までにこなした仕事は多くないが例外は決してなかった。楽しそうに笑い、死神と会話を図るなんて、例外も例外だ。
この事態に置き去りにされそうな少年をよそに、少女は楽しそうに笑っている。その顔はまるで、7日後にパーティーを約束された子供のよう。
「本当になんでも叶えてくれるの?」
「え、まあ。死神として叶えられる範囲なら。だから、寿命を延ばせ、とかは、ちょっと無理、かな」
「あら、そんな事は言わないわ」
少女は心外だと言うように頬を膨らませた。
しかし1番多い願い事は決まってそれだ。寿命の操作は死神の手に及ぶ範囲を超えている。だから出来ないと返せば、役立たずだと罵倒された事もある。
だから念の為先に伝えておいたのだが、少女の反応で無用であったと実感した。なんとなくこの少女は今更延命を望むようには思えなかったのだ。
根拠はない。言うなれば段々と仕事をこなしていく内に、死神としての勘が芽生えてきたのだろうか。
「それであなたの願いはなんですか?」
改まって訊ねると、少女は微笑んだまま、それでも真剣な眼差しで少年を見つめ返すと口を開いた。
「私ね、恋が知りたいの」
……と。