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企画もの

「コラボ・リレー小説」~梅雨入りの青い勾玉~

作者: 小田虹里

 6月、梅雨時期にコラボしましょうと、小桜咲也さんをお誘いしまして、一緒にリレー小説おこないました!!


 起:小田

承:小桜さん

転;小田

結:小桜さん   です。


 桐島さん:小桜さん作

 水咲さん:小田作

 望月:小桜さん作   です。


 楽しんでいただければ幸いです。



小桜さんのサイトはこちら。


http://mypage.syosetu.com/543772/



起:小田担当



 毎年、この時期を鬱陶しいと思うひとが居るらしい。それを、高校二年の優等生に見え、実は非常に劣等生であるコミュニケーション能力がゼロに近い少女、「桐島凛々花」には理解が出来なかった。

 何故なら、桐島は常に世の中を斜めから見る傾向があり、また、鬱陶しいと思う性格だった為である。いちいち、「梅雨」に限ることはないのだ。


「今日も、雨」


 朝。


 まだ、誰も居ない教室に独り、桐島は早々と着席していた。


「おは」

「…………」


 まだ、朝のホームルームまで時間は一時間以上もある。こんな早い時間から、桐島の他に生徒が現れるというのは珍しい。特に、この金髪に染め上げた派手髪の少女が来ることなど、この高校生活で、初めての珍事だと思われる。

 桐島は、同じクラスのその派手な容姿の「水咲楓」を見上げた。化粧禁止のはずだが、バッチリとファンデーションを塗り、マスカラにピンクのアイシャドウ。チークだけは淡い色だが、唇もしっかりと主張した赤に近いピンクが塗られていた。


「何? 挨拶ぐらいできないの? コミュ障」

「あ、ぇ、あの……ご、ごめんなさい。お、おは、おはようございます…………はい」

「はぁ」


 水咲は、しどろもどろになる桐島を見て、鬱陶しそうに明らかに厭味を含めて嘆息した。そして、窓際の三列目に座っていた桐島の席のひとつ後ろに座る。そこが、水咲の決められた席だった。


「アンタ、今日もそのキーホルダー眺めている訳? 飽きないね」

「ダメ?」

「別に。アタシのもんじゃないし。それ、やたら大事にしているけど、そんなに好きなの? 青色の勾玉」


 桐島は、誰が見ても美しいと思える「青色」の勾玉が付いたキーホルダーを、いつでも身に着けていた。身に着けているといっても、カバンにつけているか、手にもってこうして一人で眺めているかの、どちらかではあるのだが……。

水咲は、特別その勾玉や桐島に対して興味があった訳ではなかったので、話を終えてひとりの世界に浸ろうとしていた。しかし、桐島の方がその気になってしまったのか、口を開いて勝手に話をはじめた。


「去年の文化祭で、キャンプファイヤーしたでしょう? あの時に、拾ったの。誰のものなのかな……って。それで……」

「…………」

「水咲さん?」


 桐島が後ろを振り返ると、水咲は机に伏せってすやすやと寝息を立てていた。それを見て、独り言をしていただけだったという事実が後から追いかけてきて、恥ずかしさで顔を赤く染めた。


(……いいの。これは、私の思い出。誰かに伝えるものではないんだわ………きっと)


 桐島は、口元に薄い笑みを浮かべてから、勾玉をいつものカバンのチャームのところへ付けると、一限目の英語の単語テストに備えて、単語帳を開いた。



承:小桜さん担当



そのとき、するどい刃物のような視線が背中に突き刺さる。

 思わず身震いして、姿勢を正す。

 誰かに見られているという感覚は初めてで、戸惑ってしまう。

 周りを向くと、数人の生徒が席について、仲のよい者同士で会話をしていた。

 右側の空いた席には、カバンがぽつんと置かれている。

 ひとつ後ろの席では、水咲が顔を伏せた状態で眠っているだけだ。

 先ほどの視線は、気のせいだったのだろうか。

 波立つ心を落ち着かせて、桐島はふたたび机の上にのせた単語帳に目を向けた。


 ***


 桐島凛々花には友達がいない。

 四時限目が終わったあとも、一カ所に固まって昼食を取るグループがいる中、彼女は一人だ。

 外ではまっすぐな雨が延々と降っており、窓ガラスを濡らす。

 窓際の席に座っている彼女は、用意した弁当のフタをあけて、箸をつけはじめる。

 最初は憂鬱(ゆううつ)だったぼっち飯も、今は慣れてしまった。

 冷凍食品を詰め込んだ昼食を無心で口に運ぶ途中、不意に水咲という生徒の存在が頭に浮かぶ。

 視線をあたりにちらつかせると、扉の近くでたむろしている生徒たちの中心に、水咲楓はいた。

 髪を金色に染めて顔にばっちりとしたメイクをほどこした生徒は、よくも悪くも目立つ。

 彼女の周りには人が集まり、常に話題の中心になっている。

 華がある水咲とは対照的に、桐島は目立たない。

 肩まで伸びた黒髪はツヤツヤとしてはいるけれど、それだけだ。

 眉毛を隠している長い前髪が、雰囲気の暗さに拍車をかけている。

 最大の違いは、性格だ。

 水咲は決して優しくはないし、万人に好かれるタイプでもない。

 彼女に友達が多いのは、自分から行動しているからだ。

 昼食に誘われるのを待っている桐島とは反対で、彼女は自ら周りの人間に声をかけている。

 簡単にできることではない。

 少なくとも消極的な人間には不可能であるため、内心では積極的な少女にあこがれていた。

 人望のない状況を改善したいとも思っているけれど、友達の多い人間のマネはできない。

 引き続き弁当箱の中身を口に運ぶ中、前方から二つの机のすき間を通るような形で近づく影があった。


「君、一人?」


 座ったまま顔を上げると、机の手前に立っている生徒の、ガラス玉のような瞳と目が合う。

 地毛と思しき明るい髪とショートカットが似合う、少年のような雰囲気のする女子生徒だ。

 確か席は近くて、名前は望月ヒカルだっただろうか。

 夏服の長袖をヒジのあたりまでまくっており、露出した手には黄色の弁当箱がにぎられている。


「よかったら一緒に食べない? あたしも一人なんだ」

「え、ほ、本当ですか?」


 突然の誘いに、思わず立ち上がってしまう。

 ガタッと軽い音を立てる少女に対して、手前にいる女子生徒はからかうように笑う。


「ま、落ち着きなよ」


 声に出しつつ、望月は流れるような動作でとなりの席に座る。

 桐島もすみやかにイスに腰掛けて、弁当箱の中に放置した箸を持つ。

 表面上は落ち着いてはいるものの、内心はテンションが上がっている。

 まさか、二人で昼食を取ることがあるなんて、想像もしなかった。

 快感を胸の内側から全身に広がって、ゆるんだ(ほお)に桃色の血色が浮かぶ。

 感動さえする中、食事は進む。

 蛍光灯の照らす明るい教室で、望月とのたわいもない会話は昼休みが終わるまで続いた。

 次の日も昼休みになると、相手と一緒に食事をする。

 ぼっち飯をする必要がなくなって、感無量だ。

 しかし、幸福は長くは続かない。


「ウソ……」


 閑散とした教室でぽつんと席についている少女は、机にカバンを置いてぼうぜんとしていた。

 持ち手にくくりつけていた青色の勾玉はなく、今はひもだけが残されている。

 勾玉が消えた、落とした、なくした。

 情報がぐるぐると脳内を駆け巡る。


 窓の外では、灰色の空から雨が降り注いで地面を濡らす。

 壁時計の針は午前八時を指そうとしている。


「これだけは、なくしたらいけなかったのに」


 イスに座ったまま固まってしまった少女の心を黒い影がおおい、暗い気持ちに落とす。

 見たところヒモは途中で切断されているようだ。

 盗まれたという可能性はあるけれど、自然に切れてしまったという線も考えられる。


「とにかく、探さなきゃ」


 軽い音を立てて席を離れた彼女は、カバンを片手に廊下に出て、落とし物がないか探し始めた。

 チリやホコリが角にたまっている床をくまなく見渡して、次の場所へ向かう。

 誰にも頼らず一人で校内を歩き回ったけれど、勾玉は見つからない。

 やはり単独では限界があるようだ。

 教師を頼るほうがいいとは感じるけれど、職員室の扉をたたくのは気が引ける。

 なにより、他人に声をかけるなんて恐ろしくてできない。

 真横を通っていく生徒たちを目で追いながら、桐島は体をすくませる。


「どうしよう……」


 肩を落として沈んだ気分になっていると、前方から足音が近づく。


「なにしてるの?」


 広い廊下のすみで立ち尽くす少女の前で足を止めたのは、カバンを肩にかついだ水咲楓だった。


「あ、あ、あ、あの、これは」


 メイクのほどこされた華やかな顔から目をそらして、うつむく。

 一方で無愛想な表情で立っている水咲は、カラーコンタクトをつけた青い目を、気弱そうな少女が持っているカバンに向ける。


「へー」


 派手なピンク色をした唇が動く。

 雨音がわずかに聞こえる廊下で、壁際に立っている少女の青い目が、おとなしそうな少女の姿を映す。


「えっと、その……そのですね」


 胸にカバンを抱えた桐島は、ぎこちない態度で後ずさる。

 居心地の悪さを感じる中、水咲はすべてを悟ったように口を開く。


「なくしたんだ。かわいそう」


 心にもなさそうな言葉だ。

 苦い味が心の中に広がっていくけれど、希望はある。

 なぜだか相手が協力をしてくれるような気がした。


「し、知ってるでしょう。あれは大切なものなんです。だから……だから」


 体を棒のように固くしながら、顔をこわばらせたまま相手と目を合わせようとする。

 ところが少女の黒い瞳に相手は映らない。

 前方には階段まで続く白い廊下が延々と見えているだけだ。


「悪いけど心当たりなんてないし、協力はできないから」


 真横から水咲の声がして、絶望にも似た複雑な感情が胸にしみ込む。

 淡い色をした唇を開いたけれど、動かない。

 体を震わせて突っ立っている桐島とは対照的に、派手髪の少女は前へ進む。

 二人の距離は離れていって、やがて静まり返った廊下には、暗い雰囲気をした女子生徒だけが残される。


 授業が始まったあともキーホルダーを探してはいるけれど、手がかりすら見つからない。

 進展がないまま時間は経過して、昼休みに入った。

 今日も望月と一緒に弁当を食べて適当な話をする中、不意に相手が話題を切り替える。


「そういや、消えたん……だってね?」


 言葉は普段よりも低い声で、冷たい口調で、こちらの顔色をうかがうように繰り出された。

 整った顔には三日月型の笑みが浮かんでいる。


「あいつから聞いたんだ」


 彼女が左手で指したのは、にぎやかな空気に包まれた教室で一つのグループの中心にいる派手髪の少女だ。

 水咲から情報を得たのなら、納得ができる。


「困ってるだろ? 大切だったキーホルダーがなくなって。しかも盗まれたかもしれないって」


 机に黄色の弁当箱を置いてから、望月は身を乗り出す。


「なにが、言いたいんですか?」


 眉をひそめて、二対の黒い瞳で愉快そうな表情をしている相手を見澄ます。

 今さら情報がほかの者に渡ったところで、状況が変わるとは思えない。

 キーホルダーは学校の外で盗まれたり落とした可能性もある。

 くわえて、人望のない女子生徒に協力をしてくれる者なんているのだろうか。

 完全に(さじ)を投げたような気分になる中、目の前にいるショートヘアの生徒は顔に喜色を浮かべる。


「いいよ」

「はい?」


 一言だけでは意図が伝わらず、聞き返してしまう。


「だから、『いい』って言ってるんだよ」


 望月は姿勢を元に戻して、黄色の弁当箱と向き合いながら話を進める。


「キーホルダーのことなら、協力してあげようか。ちょうど、毎日一緒に弁当を食べさせてもらえてるっていう恩もあるしね」


 あっさりとした態度で告げられた言葉を聞いて、ぼうぜんとしてしまう。

 箸を動かしていた手が止まって、あやうくおかずを床に落とすところだった。

 とにもかくにも、協力者が現れたことで問題の解決に一歩近づいたはずだ。

 一年前ではありえなかった状況を前にして、胸が熱くなる。

 外は相変わらずの雨模様ではあるけれど、未来は暗くない。

 張り詰めていたものが解けたような気がする中、桐島は前向きな気持ちで昼食を進めていくのだった。



・転:小田担当



「それで、いつまではあったのかな?」

「え、えっと……昨日の朝には、確実にあ、ありまし……いえ、二時限目にも、確認しております、はい」

「なに? その話し方。もっと気楽にいこうよ」


 クスクスと笑みを浮かべて、愉快そうにしている望月。今はもうない、青い勾玉部分に触れるように、望月は残っている紐部分を指先でもてあそんでいる。


「自然に切れたのか……それとも、切られちゃったのか」

「……わかりません」


 しょんぼりと肩を落とす桐島は、いつもにもなく暗い影を落としている。長い髪は湿気でややまとまりを失っている。まるで、桐島の心情を現しているかのようだ。


「まぁ、どっちにしろ結果は『今、無い』ということ。探すか」

「は、はい!」

「じゃあ、放課後に残ってね。まずは校内を探そう」


 桐島は、何度も何度も、強く頷いた。これほどまでにも、他人の存在に感謝したことはなかったかもしれない。


 桐島は、ずっと、ずっと……独りだった。


 転入生だったということもあり、知り合いが居ない。さらには、もうすでに女子の中では確固たる「仲良しグループ」が出来てしまっていた。女子は、団体行動を好む。その中に、入っていければよかったのだが、自分から声をかける勇気は、この少女の中にはどこにもなかった。

ただ、昨年の文化祭で、やはり「ぼっち」だった桐島は、ひとり終わり掛けのキャンプファイヤーを前に、ぽつんと落ちている「青い勾玉」に出会ったことで、自分の友達を見つけたような気がしていたのだ。


(勾玉が友達だなんて、笑われるかしら……)


 普通の環境ではない。


 青い勾玉を見つけて、桐島はそっとそれを拾い、土を払って大切に家へ持ち帰った。辺りが暗く、煌々と照り付ける光は炎の「オレンジ」だったので、勾玉の色も最初はそういう暖色だと思っていた。しかし、実際家に帰って自室の蛍光灯の下でそれを改めてみると、美しい青色だったのだ。海というよりは、空の色に近い。

 一年近く、桐島はこの勾玉と共に、高校生活を歩んできていた。


「絶対……失くしては、いけないの」

「は?」

「あ、いえ…………その」


 放課後。


 望月と共に、廊下をくまなく歩いている最中、桐島は過去回想を独りで行い、つい、自分の本音がポロリと口からこぼれ落ちてしまった。何の脈絡もなく飛び出た言葉に、望月は間の抜けた声を出す。桐島は恥ずかしそうに、顔を赤く染めてから、勇気を振り絞って、薄いピンクの唇をわずかにだが開き、小声で後を続けた。


「あの、勾玉……私に、似ていたんです」

「?」

「ひとりぼっちで、落ちていて。きっと、誰かからハグレてしまったんでしょうね。私も、前の学校では、ひとりくらいは仲の良い友達が居たんです」

「へぇ?」

「へ、変……ですか?」


あたふたと、慌てて手を振って「今のは無かったことに!」と言おうとした刹那。望月が口を開いた為、それは消されてしまう。


「あたしは、あんたの友達には入らないんだ?」

「…………!」


 その言葉を聞いて、ハっとした桐島は首をフルフルと横に振った。


(馬鹿よ、私は…………馬鹿、馬鹿!)


 一緒にお弁当を食べようと、声をかけてくれた望月。それも、一日限りではなく、あの日以来ずっと。望月は、桐島を「脱ぼっち」させてくれた、はじめての存在だった。

 それなのに、桐島の頭の中には「勾玉」しかない。今を見ず、独りでお弁当を食べていた時代のことしか、頭には無かった。

 今の桐島には、望月という存在がいるのに……そのありがたみを、分かってはいなかった。後ろの席で、たまに声をかけてくれていた水咲すら、勾玉の存在を知っていて、且つ、桐島がそれをどれだけ大切にしているのか、分かっていたはずなのに、無くなったことを知っても、まるで無関心。当然かもしれないが、我関せずだったのだ。


「望月さん…………もう、いいです」

「なにが?」

「勾玉…………無くても、いいです」

「…………なんで?」


 ふー……っと、桐島は大きく息を吐いた。そして、黒いつぶらな瞳を閉じる。唯一の「友達」だった勾玉は、脳裏にくっきりと焼き付いている。目をつぶればいつでもそこに、ゆらゆらと存在していた。

 今はもう、無い。それは、勾玉が役目を果たしたということではないだろうか。そう、思えるようになったのだ。


「私にはきっと、もう、必要ないんです」

「…………」

「今の私には、望月さんというお友達が居るから」


 笑顔を浮かべ、瞳を開けたそこには…………口角あげて、不敵な笑みを浮かべる望月の姿があった。


「じゃあ、これは…………用済みだね?」

「え………………!?」


 望月がポケットから取り出したもの。


 それは、紛れもない。


 青色の勾玉。


 一気に血の気が引く感覚に襲われた桐島とは対照的に、望月は実に愉快そうにその勾玉を指でもてあそび、廊下に勢いよく叩きつけた。そして、そのまま足を振り下ろす。


「や、やめて!!」


 パリィィィン…………!!


 無情にも、青い勾玉はただのガラス片と化してしまった。バラバラとなった結晶はもう、元には戻らない。

 桐島の思考回路はもう、完全に止まってしまっていた。呆然と立ち尽くす中、望月の高らかな笑い声だけが響く。


 それを静かに、見つめる存在が居ることなど、ふたりは気づいては居なかった。



・結:小桜さん担当



外では天候が荒れ始めた。

 空に広がっていた雲はさらにどす黒い色に変化している。

 先ほどまではしんしんと降るだけだった雨に強風が加わって、勢いを増す。

 台風を連想させる天気であり、吹き荒れる風に校舎の窓ガラスが震える。


「知ってる?」


 雷鳴が響く校内、薄暗い廊下の窓際に立っている望月は、人形のような顔で口を動かす。


「楓が珍しく早く学校に来た日なんだけど、彼女が眠ったあと、誰かの視線を感じたはずだろ」


 彼女のとなりにある窓の外では、地面に植えられている木々の葉が、風になびいている。

 同様に、相手と向き合っている桐島の心も、激しく揺さぶられていた。


「あのとき、君を見ていたのって、あたしだったんだよ」


 淡々とした口調で吐き出された言葉と、冷たい眼差しが、桐島の心を貫く。

 確かに彼女は、まだ人気の少なかった朝の教室で、何者かの視線を感じた。

 気のせいだと楽観していたけれど、本当は違う。

 いまだに冷静さを取り戻せないながらも、近くの机に置かれていたカバンのことが頭に浮かぶ。

 その、カバンの置かれた席が望月がいつも座っている位置だった。

 すべてのパズルが組み合わさって、背中に戦慄(せんりつ)が流れる。

 遅れて、熱い感情が胸の底から湧き上がってきて、拳を強く握りしめた。


「どうして?」


 燃え上がるような感情を抑えられない。


「なんで……こんなことするんですか?」


 目の角をつり上げて、語気を強めて尋ねたけれど、手前にいる女子高生は平然としている。


「それを教える意味があるのかい?」


 勝ち誇ったような、落ち着いた口調で彼女はつぶやく。


「君もひどいよね。『必要ない』ってさ。確かにあたしがいるなら、勾玉は要らない。けどさ、本当に『要らない』と言い切れるのかい? あれにはもともと、持ち主がいた。本当なら、早く返さなければならないのに、君って本当にひどいね」


 軽蔑(けいべつ)の眼差しを向けられる。

 望月に腹が立つのに、実際に顔を突き合わせていると、なにも言い返せない。

 得たいのしれない者を相手にしているような気分で、寒気がする。

 くわえて、望月の指摘は的を得ているため、否定できない。

 第一に、勾玉のついたキーホルダーは落とし物だ。

 元の持ち主に返さなければならないし、誰かにとっての大切なものでもある。

 他人の持ち物をあっさりと破壊した、望月ヒカルを許せない。

 彼女の思い通りにことを運ばせるわけにはいかないだろう。

 目の前にいる女子生徒と敵対する意思は固まりつつある。


 しかれども、果たして自分になにができるのだろうか。


 体が震えて、立ちすくむ。

 動き出せないのは、桐島凛々花が平凡な人間だからだ。

 未熟で、なんの取り柄のない少女では、目の前の悪魔には勝てない。

 外は昼間にも関わらず、夜のように陰っている。

 蛍光灯の真下に立っている少女は、体から力を抜いて、気落ちした様子でうつむく。

 そのとき、影が落ちる廊下に小さな足音が響く。


「やっと本性を表したんだ」


 背中から、聞き覚えのある声が放たれる。

 途端に望月は口角をつり上げて、笑む。


「そっちこそ。もう、待ってたんだから」


 顔に喜色を浮かべた彼女は真っすぐに前を向いて、桐島の背後に立っているであろう人物の名前を口にする。


「ねえ、水咲楓」


 ハッとして振り向くと、冷たい雰囲気のただよう廊下に、派手髪の少女が無愛想な顔つきで立っていた。


「それ、アタシへの嫌がらせ?」


 彼女はあきれ果てたような態度で、床に落ちている青いガラスを指す。


「そう。そして、今回起こしたことはすべて君のためだよ」


 はつらつとした口調で機嫌のいい声を出す望月を前にして、水咲は腰に手を当てたまま、大きなため息をつく。

 一方で、二人の間に棒のように突っ立っている桐島は、状況を理解できずにいる。


『嫌がらせ』『今回起こしたことはすべて君のため』――言葉の意味を読み取れない。


「君だけなんだ。思い通りにいかないの。だから、困らせたかったんだよ」

「勾玉を壊したのって、それが理由? わざわざ盗んだものを壊すなんて、意味ないしね」

「ちょ、ちょっと待って下さい」


 完全に蚊帳(かや)の外になる前に、勝手に話を進める二人に割り込む。


「あの、その……解説、説明を、してくれませんか」


 ガラス玉のような瞳と青い瞳の間に立っている彼女は、二人の顔色をうかがうような形で提案する。


「あんたも、やっかいなのに捕まったね」


 さらりとした口調でつぶやいて、水咲は続きを話す。


「こいつ、本当はぼっちなんかじゃなかったよ。本当は知り合いなんて大勢いたけど、あんたを狙ってわざと一人でいただけ」

「よく見てるね」


 素直に感嘆の声を漏らしたあと、望月は話を切り替える。


「あたしはさ、キーホルダーの持ち主が本当は楓だって知ってたんだよね。想定では君が彼女を疑って、険悪なムードになるって予定だったのさ」


 指をさされて、廊下の真ん中で硬直していた桐島は、思わず目を丸くした。


「わかりやすく言うと、あたしは楓が嫌いだった。ぎゃふんと言わせたかったから勾玉を奪って、二人を衝突させようとした……ってところだね。なのに『もう、要らないです』なんて、ありえないにもほどがあるよね」


 望月は引き続き、いたずらっ子のような顔をして、目の前にいる孤独な少女をあざ笑う。

 バカにされた本人は目をそらして、口を閉ざしたまま動かない。


「あんなに大切にしていたのに手放すなんて、言うほど大事なものじゃなかったってことだよね」


 屈辱に思って唇を噛む。

 相手の発言は正しいけれど、勾玉に対する思いを否定されたら、だまっていられない。

 影の中で沈んでいた少女は眉をつり上げて、決死の表情で相手を見る。

 張り詰めた顔をしている桐島とは反対に、望月は余裕然とした態度を崩さない。

 格の差はあきらかだ。

 無言の威圧に対して、開いたはずの唇が震える。

 言い負かされたままなんてダメなのに、勇気を出せずに終わってしまう。

 外では相変わらずの雨が降り続いて、廊下にも重たい空気が張り詰める。

 心を押しつぶされるような感覚を味わう中、沈黙を切り裂くように凛とした声が空気を震わす。


「やめなよ」


 濃いピンク色の唇を動かして、水咲は主張する。


「あたしはあんたが嫌い。あんたみたいにはなりたくないから、否定する。こいつがキーホルダーを大切に思っていたのは事実だよ」


 途端に目の前の暗闇が晴れたような感覚がした。

 言いたかったことをかわりに口にしてくれて、心が軽くなる。

 一方で、水咲は一歩前進して、続きを話す。


「もう、詰みだよ」


 着崩された制服のポケットからスマートフォンを取り出して、見せつける。


「録音ならしてる。あとは先生に伝えるだけだけど」

「それで解決するっって思ってるのかい。あまいあまい、あたしの家が持ってる権力を舐めないでよ」

「ああ、それ? いい忘れてたことがあるけど」


 得意げに胸を張る望月へ向かって、水咲はあっさりとした口調で口に出す。


「アタシの家、多分あんたのところより凄いよ」

「はぁ?」


 たちまち、調子に乗っていた望月が飛び上がる。

 予想外の発言に、静かに傍観していた桐島も空いた口が塞がらない。


「こんな格好で毎日来てるのになにも言われないんだから、そりゃそうでしょ」

「自覚はあったんだ……」


 補足として繰り出された言葉を聞いて、あっけにとられたままつぶやく。

 彼女に対する返答はなく、平然と構えている水咲は視線を前へ戻す。

 青い瞳に、切羽詰まったような顔をした少女が映る。

 派手髪の少女は彼女へ向かって、叩きつけるように言い放つ。


「だから、今日であんたの天下はおしまい。さよなら」


 つんとした顔で相手を見澄ます少女に対して、一本取られた望月は唇を噛む。


「いいのかい? あたしを敵に回したら、みんなにきらわれるんだろ」


 余命宣告を受けたような心持ちである彼女は、相手を指さして抵抗を見せる。


「構わない。興味ないから」

「この、だから嫌いなんだ」


 ぶっきらぼうに即答された望月の顔に、悔しさがにじむ。

 派手髪の少女は勾玉を奪った犯人を完全に言い負かしてしまった。

 言い返すことすらできなかった桐島とは対照的に、水咲はすべてを解決しようとしている。

 少なくとも自分にはできないことをやってのけた人物を前にして、嫉妬よりも先に尊敬の念を抱いてしまう。


「分かった。けど、奪った勾玉は戻らないんだ。そこを覚えておくといいよ」


 捨て台詞のようなものを言い残して、きびすを返した望月は廊下の奥へと消えていく。

 いつの間にか雷の音が消えて天気も落ち着いてきたころ、残された二人はゆっくりと顔を見合わせる。


「どうして、助けてくれたんですか?」

「助けた? バカ言わないで」


 顔色をうかがうようにして繰り出された質問を、派手髪の少女があっさりと否定する。


「言ったでしょ、あいつが嫌いだって。勾玉のことなんて、返ってこなくてもよかった。けど、悪いやつの自由にだけはしたくなかったんだよ」


 目をそらして繰り出された発言は、ウソではない。

 今回は結果的に倒す敵が同じだっただけだ。

 相手が違った場合は容赦なく見捨てただろう。

 水咲は聖人とはいえないけれど、桐島にとっては『勾玉を大切にしていた事実』を口にしてくれただけでも、十分ではあった。


「私、昔にですね。遠い昔に、いたんですよ友達になれそうな人が」


 彼女は思い出をたぐり寄せるように、目を細める。


「お金持ちの家に住んでる人でした。仲良くはなったんですよ。あのころの私は今よりもずっと明るくて、積極的だったので」


 同時期に起こった出来事は、おぼろげにしか覚えていない。

 それでも、彼女と小学校で過ごした思い出だけは、今でも鮮明に頭に浮かぶ。


「でも、その子とは友達になれるかどうか分からなくて。不安で。それでも、少しずつ距離を縮めていこうと思っていたのに、転校しちゃって。彼女、約束してくれたんですよ。『誕生日にプレゼントを渡す』って。それすらも叶わなくて。運命にジャマされたような気がして、悲しかったんです」


 むなしくて、切なくて――幼かった少女は前に進めなくなった。

 傷つくことを恐れて、必要以上に消極的になってしまう。

 過ぎてしまったことを引きずっていることにすら気づかずに、不器用な生き方を続けていた。

 人は簡単には変われないし、性格も元には戻せない。

 不安は心に残るものの、ダメな生き方はもうやめよう。

 決意を新たに前を向こうとした矢先、唐突に少女の声が耳に飛び込む。


「その友達になれそうな人って……もしかして」


 濃いピンク色の唇が震えていた。

 彼女の発言の意味を理解できない桐島は、きょとんとした顔で首をかしげる。

 構わずに、派手髪の少女は続きを話す。


「あたし、後悔してたんだよ。渡せなかったこと。友達になりきれなかったことも。もっと力になりたいって、思っていたはずなのに」

「それは……」

「その渡せなかったプレゼントが、あの勾玉だった」


 予想打にしていなかった発言に驚きつつも、心に温かな感情がにじむのを感じた。


「あんただよ。一人だったアタシに声をかけてくれたのは」


 水咲の言葉に熱がこもる。


「あんただよ、一人でいいって突っぱねたアタシから離れないでいてくれたのは」


 彼女の想いを静かに受け止めようとしている桐島は、ただ息を呑む。


「嬉しかった。救われた。一緒にいて楽しかった。その恩を返せなかったのが、アタシなんだ」


 青色の瞳に、廊下で立ちすくむ少女の姿が映り込む。

 心の中であらゆる感情が混ざり合う。

 鼓動(こどう)も激しく高まっている。

 常にクラスメイトに中心にいた少女の初めての相手が、自分だなんて信じられない話だった。

 動揺は隠しきれないけれど、なんとなく分かった。

 彼女の持つなつかしい雰囲気は、遠い昔に出会った少女と似ていると。


「ずっと、会いたかった」


 気がつくと、口から勝手に言葉がこぼれていた。


「あなたの影を追いかけて、うまくいかないことばかりで。拾ったキーホルダーすらも渡せなくて、盗まれて、壊させてしまった。そんな私を、許してくれるの?」

「いいよ」


 余裕のない声で繰り出された問いに、目の前の少女は落ち着いた態度で答える。

 桐島凛々花はダメな人間だ。

 水咲は自分を助けてくれたのに、恩を返せない。

 いままで傷つくことを恐れて、積極的になれなかった。

 逃げてばかりだったからこそ、現在抱いている気持ちはしっかりと伝える必要がある。

 今もつらい思いをするのはイヤだけど、派手髪の少女が相手なら当たって砕けても構わない。


「私、友達がいなかったの。拾った勾玉だけがすべてだった。けど、今はそれがない。だから、あなたが……」


 そらしていた視線を戻して、ふたたび前を向く。

 心を覆い尽くしていた雲を晴らすように、力強い声で想いを伝える。


「どうか、私の勾玉になってくれませんか?」


 窓の外では降り続いていた雨が止んで、厚い雲のすき間から太陽が顔を出す。

 つかの間の晴れすぎないけれど、やわらかな日差しはあたたかく廊下にいる二人を照らしている。


「いいの? アタシで。こんな、情もなにもないようなやつが、あんたのとなりに立ってもいいの?」

「いまさら、言わないで」


 少女はそっと微笑んで、黒い瞳で派手髪の少女を見つめる。


「あなたがいいの」


 熱いまなざしを受けて、水先は堪忍したのか頬をゆるめた。


「分かったよ」


 彼女は深くうなずいて、桐島はホッとして肩から力を抜く。

 あたりに温かな空気が立ち込む中、ちょうど昼休みが終わって授業が始まろうとしていた。


 ***


 梅雨は去って、晴れ渡った空には入道雲が浮かんでいる。

 温かな日差しに照らされた町の角を、二つの影が同じ歩調で歩いていく。

 軽やかな足取りで進む二人は大きな坂を上りきって、並木道の向こうへ遠ざかろうとしていた。




END



 こんばんは、はじめまして。小田虹里と申します。

 今回は、小桜さんと「コラボ・リレー小説」を書かせていただきました。


 小田からお誘いしたものの、遅れてしまって申し訳ない。小桜さんに、とっても助けられながらの作成となりました。


 この作品タイトルも、小桜さん命名です!


 小桜さんは、私とは書き方やスピードが全然違いまして。勉強になりました。小田は、何もかもにおいてゆるいのです。きっちりと決めることをしないので、時間がかかるのかもしれません。そのときのインスピレーションと、ほわんと浮かんだ「あぁ、こうなったらいいな」という思いを、そのままのせていきます。

 小桜さんは、プロットを本当に細かく決められる方で、プロット無しの小田では、出来ないことでした。

 作者さまによって、いろいろな向き合い方があるんだなぁ……と、実感しました。

 キャラクターも、そうです。ものすごく練りに練って誕生させてくださいました。それが、最後の「結」部分に生きてきていて。あぁ、「見事!」としか言いようがないです。


 また是非、一緒にコラボしていただけると嬉しいです。時期としては、八月頃に出来ればいいなぁ……と。思っています。


 日にち感覚がなくて、今が何日なのかよくわかっていませんが、小桜さんと「発表しよう」と決めた日からは、遅れていることは確かなので、申し訳ない。すみませんでした。


 この作品は、女の子の特有な問題があるんじゃないかなぁ……と、思っています。最後のどんでん返しまで、ぜひ、楽しんでいただければ幸いです。


 読んでくださった皆さま、そして、一緒にコラボしてくださった小桜さん。


 本当に、ありがとうございました!!


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