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偽りの仮面と紅眼の魔王

すみません。長くなってしまいました。

 辺りは冷たい風が吹き荒れ、木の葉も色ずき始め、虫たちが秋の始まりを告げる頃。


 今は真夜中、灯りは月光しかなく、人々は夜の住民を恐れ、眠りにつく時間。明かりを灯すために使うロウは高く、貴重なため、村中は暗く、誰もが寝静まる中、ある家の一室からぼんやりとしたロウソクの明かりが漏れていた。


「大丈夫だったか」

「ああ……、やっと寝てくれたよ」


 ジェフの問いかけにアニスは少し、疲労感を漂わせながら答えた。


「お前も少し休んだらどうだ?」

「ありがとう、……でも、少しでも何かしていたほうが落ち着くんだ」


 サラはエレノアが病気になってから、ずっと睡眠時間を削り、看病していたのだ。それに、ただでさえ、エレノアの容態が一向に良くならないことにまいっていたというのに、クレアシオンまでが行方知れずとなり、心身ともに疲弊していた。


 しかし、そのサラをなんとか寝かしつけてきたと言う、アニスも近くの村や町、少し離れた場所にいる他のエルフの一族に薬草や、他の治療法がないか聞いて回ったり、クレアシオンの目撃情報を探したりしていたため、疲労しているのは誰が見ても明らかだった。


 だが、先程のように、俺達が探しておくから、少しでも休め、と言い休ませようとしても、焦る気持ちを紛らわせる為か、ずっと情報を求め走り回っていた。


「儂も文献を漁って治療法を探しているが、あの薬しか見つかっておらぬ。あの薬草さえ有れば、今すぐにでも薬を作る事が出来るように準備しておるが……」

「そうですか……」


 二人のやり取りを聞いていた長老が申し訳なさそうに告げた。長老も古くから村に伝わる古書を読み解き、魔力過剰症に関する情報を集めているが、結果は芳しく無かったのだ。


 それでも、出来るだけのことはやろうと、今分かってる治療法に必要な他の薬草や魔物の角や肝臓、森林蜥蜴の尻尾などの材料は揃え、ドリヤードの薬草が見つかったら、すぐに調合出来るように準備は整えられていた。


 しかし、いくら薬草を探そうとも、ここ数年、ダンジョン攻略者は居らず、よく似た偽物しか市場に出回って居なかった。全てが徒労に終わり、時間だけが過ぎていく。残された時間はごく僅か。重たい空気が三人を包んだ。


 その時、ガタンと何か物が落ちたような大きな音が玄関からした。


「なんだ?」

「まて、アニス。俺が行こう」


 怪しい物音に、三人は顔を見合わせ、不審者か魔物ではないか、と警戒をした。アニスが壁に掛けられた剣を持ち、見に行こうとするが、ジェフに止められてしまった。ジェフはふらふらな状態のアニスを向かわせる訳にはいかない、と思い、自分が行くと主張した。


「悪いな……」

「何言ってんだ。パーティーメンバーだろ?全部終わったら、一杯奢れよ?」

「ああ」


 自分の武器である短剣を腰に差し、玄関に向かうジェフにアニスが声をかけると、ジェフは手をひらひらとしながら、特に気負った様子を見せずに歩いていった。


 ドアの前に立ったジェフは気配を探るが、特に何も無い。


「誰かいるのか?」


 声をかけるが、返事はなく、風に揺れる木葉の音が微かに聞こえるだけだ。だが、ジェフは油断しなかった。最近、オークやゴブリンの大量発生や大きな地震、めくれ上がった森に消滅した森、それに今日、アニスには言ってないが、北の方角から天に昇る紅い光の柱が上がった、と言う情報があった。


 これだけ異常な事が続けてあったのだ。ドアの向こうに魔物が居てもおかしくは無い。


 ジェフはドアのぶに手をかけ、短剣を構えると、勢いよく扉を開いた。


 ガンッとドアに手応えがあった。やはり、何かいた、とジェフが周りを見渡すと何も居ない。おかしいな、と一歩踏み出した時、何か足の裏に柔らかい感触があった。


「う……う……」

「……」


 足下を見ると、傷だらけのクレアシオンがいた。ジェフは自分の足の裏に感じる感触と傷だらけで倒れ、踏まれた事にうめき声を上げているクレアシオンを見て、若干冷や汗をかいている。


 彼の頭の中で、帰ってきたは良いが、戸締まりされたドアを開けられず、仕方なく朝まで待とうとドアの前で寝ていた幼い子供をドアでぶん殴り、踏み付けている自分の姿が状況証拠から考え出されていた。


 こうなれば、やることは一つだろう。


「アニス!!長老!!クレアが傷だらけで倒れていたぞ(・・・)!!」


 目撃者は居ない。そう、クレアシオンは元々倒れていたのだ。断じて、ドアでぶん殴ったからではない。そう心の中で誤魔化しながら、クレアシオンの傷を見て、応急手当をしていく。


 幸い、致命傷や後遺症の残るような傷は無く、ほっと息をはくと、ドアが勢いよく開いた。アニスがクレアシオンと言う言葉に反応して走ってきたのだ。


「クレア!!クレア!!」


 アニスはクレアシオンを見て喜んだが、傷だらけの姿を見て血の気が引いていく。クレアシオンを抱き上げ、家の中に急いで入っていった。


「どうしたのじゃ――――ジェフ……何してるんじゃ?」


 遅れてやって来た長老は急いで部屋に戻るアニスを見て、目を白黒させ、ジェフに状況を聞こうとしたが、長老は胡乱な視線をジェフに向けた。


「な……なんでもない」


 しゃがんでクレアシオンを見ていたくジェフは、勢いよく開かれたドアに飛ばされ、逆エビでのけぞっていたのだ。


「そうかの。……むう。これは!?」


 ストレスでも溜まっているのかの?とジェフから視線を背けるとあるものに気がついた。


◆◇◆◇◆


 二日後、長老の調合した黒緑のドロドロした液体――――薬を飲んだエレノアは見違える程顔色が良くなり、二日たった日には元気になっていた。だが、クレアシオンは目覚める様子が一向にない。それどころか、日に日に顔色が悪くなり、手足などの体の端が脆くなった岩肌のようにヒビが入り始めていた。最初は擦り傷だろうと考えていたのだが、そのヒビは刻一刻と深く広くなっていく。


「魔力枯渇……?」

「そうじゃ……。限界まで魔力を使い切ったらなる症状じゃ」

 

 ヒビを直そうとサラが回復魔法をかけようとしたとき、たまたま様子を見に来ていた長老が必死に止めたのを不思議に思ったアニスが聞いたところ、返されたのがそんな言葉だった。だが、アニスとサラは納得できない、と言う様な顔をしている。


「私も魔力枯渇には何回かなったことはあるけど、気分が悪くなるだけで、こんなことになったことは無いわ」

 

 サラの言葉にアニスは頷き、長老を見ると


「そうじゃろうな……。普通はこうなる前に自衛として、気を失うはずじゃ」


 そう吐き出すように言った。確かに魔力過剰症は魔力を使う者――魔法使いや魔術師――にはありふれた現象だった。


「じゃが、限界を超えた魔力を使えば、生命力を使ってしまう。そして――――その生命力を使い切れば、体を維持できなくなり、崩壊してしまうのじゃ……」


 それは、アニスとサラにとって衝撃だった。エレノアの病が治ったかと思えば、今度はクレアシオンの体が崩壊を起こしているというのだ。


 長老の言ったとおり、普通は体が崩壊する前に、生命力を使う前に魔力を使い果たした段階で気を失ってしまうため、あまり広く知られていなっかた。


「じゃあ、尚おさら、直さなくちゃ!!」

「ダメじゃ!!」


 取り乱したサラは、クレアシオンに回復魔法をかけようとしたが、クレアシオンに向けた手を長老に掴まれた。なんで止めるの?と長老を睨むが、温厚な長老が見せたことのない必死な形相に気圧されてしまった。そんなサラに気がついたのか、彼は申し訳なさそうに口を開いた。


「体の崩壊は魔法では直せないのじゃ……」

「なぜですか?」


 サラの肩を抱きしめているアニスがサラの代わりに聞いた。


「……さっきも言ったとおり、魔力を使いすぎると、生命力を使う。回復魔法は怪我や病気を直すのにも生命力が使われているのじゃ」

「それじゃあ……」


 アニスとサラは自分たちから血の気が引いていくのが分かった。目覚めないクレアシオンに回復魔法を使っていたのだ。クレアシオンの為を思っての行動がまさか、クレアシオンを死に一歩、また一歩と進める行為でしかなかったのだ。


「今、回復魔法を使っても効果はない……。むしろ、悪化してしまうのじゃ」

「そんな……」

「どうすれば?」

「自然に目が覚めるのを待つしかないのう……。生命力は寝る事や食べることでしか戻らんのじゃ……」


 ふらっとサラが気を失い、アニスが慌て抱きとめた。気を失ったサラをベッドに寝かせるため、アニスは長老に断りを入れてから、部屋から出て行った。部屋にはベッドに寝かされ、うなされているクレアシオンと長老だけになる。


「こんなに小さな子供が生命力をここまで使うものかのう……。いや、ここまでしないといけない何かがあったのかもしれぬの」


 長老は寝ているクレアシオンのそばに歩み寄り、その場に跪いた。そして、両手を握り、


「神様。どうか、この子を……」


 もう、何もできることはない。そんな己の無力に嘆きながら、神に祈った。


◆◇◆◇◆


 目の前の光景にクレアシオンとイザベラは何も口にすることは出来なかった。彼らの目の前には、貼り付けにされた知人達とそれを啄む鴉の群れだった。


――――まただ、また、間に合わなかった。また、目の前で殺された。

――――手が届かなかった。俺が、もっと強ければ、もっと速かったら、手が届いたのに……。


【称号:渇望する者を獲得しました】


◆◇◆◇◆


 クレアシオンの腕の中にはイザベラが力無く項垂れている。その顔にもう、生気は無く、見開かれた瞳には絶望が浮かんでいた。


 彼は嗚咽を漏らしながら、彼女の両目をそっと閉ざした。これ以上、彼女に救いのない現実を見せたく無かったのだ。或いは、自分の情けない姿をこれ以上見せたくなかったのかも知れない。


 むせ返るほどの鉄の匂い、それはもう、返り血か彼の血か分からなくなるほど、彼は殺し、傷ついてきた。


 そんな彼を全ての国の兵が、全ての天使が全ての魔族がクレアシオンを囲んでいた。


「我らが手を取り合う時が来た!!」


 三対六枚の羽を持つ初老の天使――――最上級天使が一歩前に出てきて、声を張り上げた。


「皆、過去に色々あったと思うが、全て忌まわしき奴が仕組んだこと!!」


 魔術的紋様が刻まれた浅黒い肌を持ち、頭に大く湾曲した角を持つ悪魔――――魔王が天使に並び宣言する。

 

「平和を共に手にしようではないか!!」


 初老の人間の男――――クレアシオンを召喚した国の王が魔王と天使の横に並び立ち、高らかに言った。


『真に残虐非道な魔王クレアシオン=ぜーレ=シュヴァーレンを討ち滅ぼせ!!奴はもう、虫の息だ!!』


 三人の声に種を超えた歓声が上がる。皆、我を忘れたように殺せ、殺せの大コールを鳴らす。それをみて、これまでのクレアシオンの疑念が確信へと変わる。


――――やっぱり、神は邪神と手を組んでいたか……。


 最早、興味など無い、どうでも良い、と言うように彼は小さく、音すらならない呟きを漏らした。


 そう彼に思わせるほど、不正を働く神を彼は少なからず存在し、本来なら、人々が危機に陥ると信仰が強くなり、それにより神の力が増す、と言う救済措置のような世界の仕組みでさえ、彼には信仰欲しさにやっている神の自作自演のように思えてしまった。


 彼の心にインクが滲むように黒い感情が広がってゆく。その感情は怒りか、悲しみか、悔しさか、絶望か、様々な感情が彼の中を渦巻き、その身を焦がす。


 ブワッと、仕舞われていた大きな純白の翼が姿を現し、飛来する矢や魔法を彼とイザベラの骸を包むようにして守る。地面に着いた羽は地面に染みた赤黒い血を吸い、黒く変色していく。


――――俺が弱いから……守れなかった。約束……したのに……。守れなかった……。

――――俺が……いや、違う。俺が彼奴らを見逃したからだ。彼奴らが……彼奴らが改心してくれるって、そう、期待したから――――だから、みんなころされたんだ。

――――敵は殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ……!!

――――いやだ。

――――もう、大切な人を失いたくない。

――――もう、殺したくない。誰かを傷つけるのはいやだ。

――――こわい。

――――疲れたよ。アリア……。

――――もう、何を信じたらいいの……?

――――戦いたくない。傷つけたくない。失いたくない。

――――なんで、戦いなんかあるの?俺は……戦いなんて、したくないのに……。なのになんで、なくならないの……?

――――ああ、そうか。

――――そういうことか!!簡単だ。

――――答えはもう……目の前にはあるじゃないか!!


「あは、あはは!!」


――――誰かの笑い声が聞こえる。狂ったような耳障りな笑い声が……。


 クレアシオンは壊れたように自分が泣きながら笑っていることに気がついていない。それどころか、どこか現実味がないような、フィルムを通して見ているような感覚に陥り、体の感覚がなくなっていくような気さえしていた。


――――ああ、簡単じゃないか。俺が全ての敵に成ればいい。争いが生まれないように、弱者に矛先が向かないように……。俺が悲しみを支配すれば……。


「全ての矛先を俺に――――!!」


――【規定値を越えたことにより、称号:渇望する者が称号:強欲な者に変化しました】――



――――俺は正義を騙らない。これから行う全ての悲劇は俺の我儘なのだから……。全ての理不尽は俺が……!!


 彼の顔が仮面の様な物に覆われていく。心が耐え切れなくなったのだ。自分を偽るため、守る為、壊れそうな心を仮面で覆った。現実から心を守る鎧として、現実を直視しないで済むように、そして、心を守るために無意識に自分を偽ろうと――全く別の人格を作ろうと――した。それが『仮面』と言う形になって現れたのだろう。


 ぐりんっと壊れた人形のように、クレアシオンは振り返った。


「――お前たちの命をヨコセ――――!!」


 酷く、酷く冷たい無機質な声が出た。その声に反応するように闇が広がる。


――【称号:強欲な者と称号:偽りの魔王により、称号:強欲の魔王を取得しました】――


 無数の腕が、暗き闇の中から溢れ出す。今まで誰かの命を守るために差し伸ばしてきた手が初めて奪うために使われた。その腕は目の前の敵を掴み、そして――――大量の血の雨が渇いた大地を潤した。


 仮面の目から二筋の赤い線が重力に従い流れ落ちていた。それは血の雨によるものか、彼の魂の搾りかすとも言うべきものなのかは分からない。


 地面を覆い尽くす死体の中、灰色の空を仰ぎ見た仮面の瞳の奥には、ぼんやりと怪しく紅い光が灯っていたという――――



強欲の腕の数はクレアシオンが救えなかった人と同じ数だという。この手が届くように、間に合うように、と言う願いの現れかもしれない。


ありがとうございました。


よければ、ブクマ、感想、評価をよろしくお願いします

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