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閑話~忠犬フェンリル~

感想・評価・ブックマーク登録ありがとうございます。90pt越えました2pt。


鬼狐が出来る前のクレアシオンが堕天する大分前の話です。

 薄暗い湿地の奥地に一つの大きな屋敷があった。その屋敷は老朽化が激しく、いつ崩れ去っても可笑しくはない。


 屋敷の薄暗い雰囲気は、木々が深く生い茂って、霧が立ち込めているから、と言うだけではない。邪に属する魔物――――魔属や下位悪魔が徘徊し、邪気を振り撒いているからだ。


 邪気のせいで、生き物や魔物は生きる事が出来ず、ここに留まり続けると、魂が邪気に犯され、その体を魔族に変化させてしまう。


 そんな屋敷の庭の中、一つの墓を守るように横たわっている大きな黒い犬がいた。いや、こんな場所に普通の犬が生きていられるはずがない。魔狼――――フェンリルロードの変異だ。


 黒い艶やかな毛並みに、コウモリの様な一対の皮膜の翼を持つ狼型の魔物。フェンリルは白銀の毛を持つSSランクに相当する魔物で翼等持ち合わせてはいない。


 今日も今日とて、遠くからこちらを伺う魔族をつまらそうに一瞥し、過去の思い出に耽る。思い出すのは今はなき主との思い出。


 彼がまだ仔犬――シャドウウルフ――だった頃、怪我が原因で一族に見捨てられ、死にかけていた。


 意識が無くなりかけた時、


『大丈夫ですか?怪我してますね。お父様!!――――』


 幼い少女に抱き抱えられたのを感じ、久しく忘れていた。二度と味わうことの出来ないはずだった優しい温もりを感じ、意識を手放した。


 目を覚ました時、毛布に包まれていた。周りの様子を探ろうと、毛布から鼻を出すと目の前に少女の顔があった。


『う、ウ~~』

『大丈夫ですよ。怪我も治療してますから、家の主治医の先生の腕はとてもいいですから!』


 微笑みながら優しいく言ってくる少女に仔犬の警戒心が無くなるのに時間は必要なかった。  


 仔犬はウィルと名付けられ、少女に可愛がられ、家族の一員として迎え入れられた。


 だが、仔犬の手に入れた平穏な日々はそう長く続かなかった。少女が病に倒れてしまい、仔犬の生活は一気に変わってしまう。それまで、庭で一緒に遊んでいたのだが、少女が外に出れないため、仔犬は少女の部屋で少女の話し相手をするようになっていた。


 元々、病気勝ちな少女は屋敷からはあまり出ることが出来ず、仔犬が死にかけていた日はたまたま体調のいい日が続き、気分転換にと彼女の両親が外へと連れ出したいたのだ。


 しかし、仔犬は病気の事を理解していなかった。仔犬が少女の服を引っ張り、庭に連れ出そうとする度に見せる少女の申し訳なさそうな顔だけは今でも覚えている。

 

 そして、――――少女は死んでしまった。両親と周囲の使用人達は涙を流し、少女の死を悔やんだが、仔犬は『死』をまだちゃんと理解出来ていなかった。


 周りがなぜ泣いているのか理解出来ていなかった。ただ、眠っているだけだと、起きたらまた、遊んで貰えると思っていたのだ。


 しかし、仔犬の望みは二度と叶わなかった。服を引っ張っても、吠えても、ピクリとも動かない。いつも、優しくなでてくれた小さな手に頭を擦りつけても、なでてくれない。名前も呼んでくれない。何をやっても、少女が目を覚ますことは二度となかった。


 仔犬は少女の顔を舐めてた。こうするといつも笑ってくれたからだ。だが、伝わったのは冷えきった少女の冷たさだけだった。そして、仔犬は理解した。これが『死』だと言うことを。


 その日、一晩中、悲しげな遠吠えが木霊したと言う。返ってくる事のない返事を求めて――――


◆◇◆◇◆


 少女の死から数ヶ月経った頃、


『私たちは王都に帰らなくてはならない。お前を連れていきたいが、連れていけない』


 そう言って、両親と使用人達は王都にあると言う屋敷に帰ってしまった。少女の療養の為にこの屋敷で過ごしていたのだが、拠点は王都にあり、帰らなくてはならないのだ。


 仔犬は少女の元を離れる気がなかったので、問題はなかった。


 あれから数十年、仔犬は少女の墓を荒らしに来る獣や貴族の墓に遺体と共に納められている金目のもの目当ての墓荒らしを追い払っている内にシャドウウルフからフェンリル亜種に進化した。


 少女が亡くなってから十年ぐらいは両親と使用人達が年に一度、帰ってきたが、二十年目程から、ぽつりぽつりと少なくなっていき、三十年目には誰も来なくなっていた。


『主よ。皆は薄情だな。だが、寂しく思わないでくれ。我はいつまでも主共に……』


 ウィルには、人の寿命が短い事を知らなかった。ただ、じっと、少女の墓の側にいたのだから知りようがなかったのだ。


◆◇◆◇◆


何百年経っただろうか。いつの間にか周りに魔族――悪魔や魔属――が住み着き、邪気が充満し、ウィルが好きだった少女との思い出の庭が死に、ウィルは人々に魔王と呼ばれるようになっていた。


 魔族が住み着く森の古い屋敷に鎮座しているから、魔族を従える魔王だと。その魔族から少女の墓を守っているのがウィルだと言うのに。


 人にとっては悪魔も魔物の違いが曖昧で、人に害するものを魔族と一くくりにしていたのだ。特に邪気がわからなければ魔属と魔物違いを見分ける事は困難になるので、仕方なくはある。

 

 称号に魔王と付く魔物は以外と多い。だが、その全てが悪魔の魔王の様に邪悪で残忍かと言われればそうではない。見た目の恐ろしさから、人々に恐れられ、称号がついてしまったのだ。


◆◇◆◇◆


 突然、森の一部が爆発した。木々のへし折れる音が響き、鳥達がバサバサと飛び散り、一拍、辺りから音が消えた。


 いや、完全には消えてはいない。ウィルの近くにいた魔族を含めた全ての生き物が必死に迫り来る圧力から逃れる為に息を潜めていたのだ。


 ウィルも、動けば殺される。そんな恐怖に駆られながらも、少女の墓を守る為に立ち上がった。


 耳を立てて辺りを警戒する。段々と圧力は増していき、真っ直ぐとこちらに向かってきているのがわかる。


 進行上にいた魔族の気配が塵のように消えていった。


 そして――


「――間に合ったか?」


 黒髪をなびかせた金色の瞳を持つ男が、その男の背丈より大きな白銀の大剣をまるで重さを感じさせない様に振り回し、魔族を真っ二つにして現れた。


 男の背中には三対六枚の純白だったであろう翼は鮮血で紅く染まり、顔には血化粧を施し、白銀の大剣からは血が滴っている。


 走って来たのか、息が荒いのも合わさり、狂戦士(バーサーカー)の様だ。


『グルル……!!何者だ!?立ち去れ!!』


 自分の後ろには主の眠る場所がある。ウィルには逃げると言う選択肢はなかった。


「……見てわからないか?天使だよ。背中に純白の翼があるだろ?……魔王がいるって聞いてたが、犬しかいねぇじゃねぇか」


 男は、首を傾げながら、大剣を担ぎ、歩みを止めない。


『分かるか!?真っ赤ではないか!!』


 血の滴る大剣を軽々と扱い、一瞬の内に多くの魔族の命を奪う頬に付着した鮮血がチャームポイントの天使だ。


 ついには、真っ赤だと指摘された翼を邪魔だと言って仕舞ってしまうと言う暴挙にまででた。これで天使の要素はゼロだ。


 ウィルは歯を剥き出しにして威圧をする。


『何者だろうと、これ以上、我が主の墓には近づかせはせぬ!』


 男は立ち止まり、ウィルの背後を指差しながら言った。


「……お前が守りたいのは、主の墓か?魂か?どっちだ?」

『何が――――!?』


 後ろを振り返り、言葉を失った。


「邪気は魂を汚染する。この場に居るだけで堕ちてしまう。……よっぽど、優しかったんだろうな。お前の主はそれを解っていながらも、苦痛を味わいながらもお前の側にいたんだろう」


 少女の墓の上に人の型をした『何か』がいた。


「魔族はそんな穢れを知らない魂が堕ちるのを何よりも好む。この辺りが邪気に満ちて、魔族が集まってたのはそのためだ」

『あ、あぁ……あぁ』


 じっと、付かず離れず、悪魔や魔属がずっとこっちを見ていたのはこのためだったのか、近づいた魔族だけを殺していただけではダメだったのか、だから、魔族を殺しても、周りの魔族は気持ちの悪い笑みを浮かべていたのか――――等様々な想いが駆け巡るが……。何より――――


――守りたかった筈が、苦しめていたのか……。


 ウィルの絶望が負の感情が――――邪気に心が染まりかける。


『……ウィル。逃げて……』

『――っ!?主!!』


 変わり果てた姿になっても、理性が完全には消えていなかったのか、苦しい筈なのに逃げろと言ってくる。


 ウィルにはどうして良いのかわからなくなってしまった。


「……もう一度聞くぞ。守りたいのは、どっちだ?」

 

 淡々とだが、力強くその男は再び問いかけた。男の髪は白銀に染まり、額からは二本の黒い角が生えていた。


『……助けられるのか?』

 

 ウィルの問いかけに、男は少し詰まらせ、


「……二度と会うことは叶わないかも知れないが、邪神の呪縛からは解き放てる。彼女はもう死んでいる。魂は転生するのが理だ。何に生まれ変わるかは俺は知らない……」

「頼む……それでも!!それでも、主を……我が主を助けてくれ!!」


 二度と会えないかも知れない。その辛さは嫌と言うほど味わった。だが、死んでからも苦しめさせたくない。これ以上、苦しんで欲しくない。……自分のせいでこれ以上苦しめたくない。


 考えるより先に、口が動いていた。


「ああ、その為にここに来た!!」


 男は両手をかざし、


「我、この者の全ての穢れを雪ぐ!!」


 蒼い炎が、少女を囲み、刀が降り下ろされた。


「【破邪滅却】!!」


 蒼い炎が少女の姿をした者を燃やし尽くし、その中から小さな光が飛び出した。


 光はウィルの元へとふよふよと漂い。


『ウィル!!』


 光が少女に変わり、ウィルに抱きついた。


『ずっと……寂しい思いをさせて……ごめんなさいです。話しかけても、叫んでもあなたに伝えられなかったのです』


 少女もずっとウィルの側に――――隣にいた。だが、魂だけの存在である彼女にはウィルに自分の存在を伝える手段は無かった。目の前にいるのに――――目の前でウィルが苦しんでいるのに、何も出来ない苦しみを彼女は味わっていたのだ。


『主よ。……我こそ、守ってやれず、すまなかった』

『そんなこと……ないです。……ウィルは……ずっと、守ってくれてました。……ウィル大好きです』

 

 天から差した光に吸い込まれるように彼女は消えていく。彼女は花が咲く様な笑顔を魅せ――――消えた。


『ワオオーーン!!!ワオオーーン!!!』


 






「ほら、何処に魔王が居るって言うんだ。ここには飼い主と犬しかない」


 その様子を黙って、木に体を預け、純粋な少女の魂に飛び掛かろうとする無粋な悪魔達に殺気で押さえつけていた男はそう呟いた。


◆◇◆◇◆


 神界、天使や神が行き交う広場に一匹の巨大な犬が我が物顔で歩いている。周りは特に気にした様子はない。もう、慣れてしまったのだ。なかには挨拶を交わす者もいる。


 ウィルはその後、あの男に付いて神界に来て、男の仕事を手伝っていた。男の主な仕事が邪神殺しと魔族――悪魔と魔属――殺しだったので、ウィルにも手伝うことができた。


 今日はその男と神界で一番旨い店だとその男が豪語するステーキ屋に食べに行くので、待ち合わせの場所に向かっている途中だ。


「まってください~」


 天使の少女とすれ違った時、懐かしい声と匂いがした。振り返ると楽しそうに話している天使の少女達がいた。 


「おう、来たか?」


 約束の場所には男が立っていた。


「主、……ありがとうな」

「……ああ」


 

ありがとうございました。


 クレアシオンは家に着いたと言うのに扉を開けず、扉の前をうろうろとしていた。


「よし!」


 意を決し、扉をノックする。


「はーい。どちら様ですか?」


 扉の奥からアリアの声が聞こえてくる。


「……アリア様。クレアシオンです」

「クレア。お帰りなさい」


 そう言って扉が開こうとするが、


「犬を飼ってもいいですか?」

「犬種は?」


 開きかけた扉が閉ざされた。


「……大型犬……です」

「本当ですか?この前は手乗り文鳥だと言い、三つの脚と三つの蛇の尻尾をもつ家よりも大きな烏を鬼神化した状態でプルプルしながら片手で持ち上げてましたよね?」


 うっ!とクレアシオンは言葉をつまらせた。だが、


「犬です。見た目が大きな犬です」

「その前は羊だと言いながら、執事の格好をした地神龍の変異種でしたよね?その前も、そのまた前も……」


 クレアシオンはどれだけの魔物を拾ってきたのだろうか?


「どっからどう見ても犬です」

「はぁ、わかりま……」


 アリアは扉を開いたが、直ぐに閉じた。何故なら、クレアシオンの後ろにミカン箱に入った座った状態で高さ3メートルはある巨大な狼が居たからだ。


 ミカン箱には『オスです。可愛がってください』と書かれていた。


「開けてください。ちゃんと世話をしますから!!毎日散歩も連れていくし、トイレの始末もするから!!飼ってもいいでしょ!?」

『主よ。この箱とその物言いはバカにされている様に感じるのだが?』

「黙ってろ!!お前は今は普通の犬だ!!普通の犬は喋らねぇよ!!」

「普通の犬はそんなに大きくありませんし、翼も有りません!!」


 本当にこの男を主にしていいのか、悩んだウィルちゃんでした。

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