×天使が征く⭕まおうさまが征く~魔物だらけの阿鼻叫喚~
ザシュ、ぐちゃ、ごきゅ、ぐちゃぐちゃ、オークの集落に向かう途中、クレアシオンは目についた一匹のオークの首を剣で切り裂き、死に絶えたオークを【暴食のアギト】で喰らっていく。
「……【暴食のアギト】を使うのならわざわざ殺さなくてもいいのでは?」
ソフィアは、目の前で食われていくオークに眉をひそめながら聞いた。ソフィアが顔をしかめるのも無理はない。なかなかにグロテスクな光景が広がっていたからだ。三つの口だけの紅い龍がぐちゃぐちゃとオークを貪り食っていたからだ。
「しょうがないだろ。レベルが低いんだから」
【暴食のアギト】はクレアシオンの強さに依存する。つまり、転生して弱体化している【暴食のアギト】は弱いのだ。
「殺すのに時間がかかって、仲間を呼ばれるだろ?」
【暴食のアギト】でも殺すことは出来るが、剣で切り殺した方が早い。それに、囲まれでもしたら今の彼では辛いだろう。それに、オークの鳴き声で他の魔物も集まってくるかもしれない。
「これから殺したオークは収納しといてくれ」
「なぜですか?」
「オークの肉は旨いからな」
「かしこまりました」
オークの肉は豚のような顔をしているだけあって、豚肉と同じような味がするのだ。それに、家畜のように世話をする必要がなく、国からは常に褒賞金が出ているので、冒険者にとっては色んな意味でおいしいのだ。だが、多くの女性には嫌われていて、女性の冒険者は特に嫌っていた。
「このオークの残りはどうしますか?」
「放っておく、肉食の魔物はこっちに集まってくるだろうからな」
ここは村からも離れていて、近くにはまだオークの集落はないようだ。ここに魔物が集まってくれば、オークを狩っている時には他の魔物が寄ってくる可能性を少しでも減らせるだろう、とクレアシオンは考えていた。
今日はクレアシオンのレベル上げのため、アレクシスは留守番をしている。最近、夜間の襲撃も増えてきていることもあり、万が一を備えている。
「レベルが上がらないな……」
「まだ、一匹めですよ」
Dランクの魔物を殺したと言うのに、レベルが上がらなかった。オークは初心者の冒険者が乗り越える壁のような物だ。レベルを上げ、慣れてきた冒険者が挑んで返り討ちにあうこともある魔物だ。それに加えて、クレアシオンは【強欲】で経験値が二倍なのに、だ。
「まぁ、量で補うか」
そう言うと、見るものを凍えさせるような残酷な笑みをうかべた。
「サモン・コシュタ・バワー」
彼が手を伸ばす手のひらをしたに向けると、黒い雫が落ち、彼の足元に巨大な魔法陣がひろがった。辺りには濃密な魔素の風が吹き荒れ魔法陣に吸い込まれていく。
そして、魔法陣からは紅いスパークを放ちながら一頭の馬が現れ、嘶きを上げる。だが、ここまでの演出で出てきて普通の馬であるはずがない。その馬は軍馬のような体格をした鎧の馬だ。その蹄は紫の炎を灯し、首はなく、血の代わりとでも言うように燃え盛る紫の炎が溢れていた。
「ご主人様、これは眷属ですか?」
ソフィアは突然現れた首なしの鎧の馬をみて、眷属か尋ねた。馬は息をするかのように鎧が浮き沈みしている。
「これは、移動用の魔術だ。ソフィアは実体化を解いてついてき
てくれ」
「かしこまりました」
ゴブリンやオークの集落はソフィアによれば点在していた。数も多く、歩いての移動は時間がかかってしまう。なので、クレアシオンは馬で移動はすることを選んだらしい。この魔術は彼が神界でもよく使っていた。彼の方が足は速かったが有ると便利だったのだ。だが、今は転生している。つまり、コシュタ・バワーの方が速い。元々は動きの遅いデュラハンの戦闘時の移動速度を補っていたものだ。いくら、弱体化しているクレアシオンのコシュタ・バワーでもそんじょそこらの魔物の馬よりは速いだろう。
クレアシオンはコシュタ・バワーに跨がり、颯爽と駆け出した。
◆◇◆◇◆
この魔術は、クレアシオンがデュラハンのギルに教えてもらった元々はデュラハンの魔術だった。コシュタ・バワーは元々は首があった。だが、クレアシオンが、
「前が見にくいな……」
「そうで御座いますか?」
作り出したコシュタ・バワーに跨がりながら、コシュタ・バワーの首を叩いた。鎧で出来た体がガンガンと音をたてる。馬に乗っておいて、首が邪魔だと言うのだ。横暴もいいところだろう。
「考えたこともありませんでした」
そう言い、ギルはない首を傾げる。考えたことが無くて当然だろう。だが、どうしたものか、と考えていると、クレアシオンはじっと首の無いギルを見て、
「切るか」
コシュタ・バワーは魔術で作られた存在で魂も感情もないはずなのに、ビクッと一瞬震えた様に見えたのは錯覚だろうか?
「それはいいですね」
全然よろしくない。感情のないはずのコシュタ・バワーは必死に首を振っていた。
クレアシオンは斬馬刀を割った空間から取りだし、上段に構える。そして、
「よし、切るぞ」
コシュタ・バワーの抵抗虚しく首を落とされた。コシュタ・バワーの首が飛び、本体から一メートルほど離れた空中で燃えるように消えた。
彼は首の無くなった馬にのり、斬馬刀を振るう。
「おお、これで武器が振りやすくなったな」
「そうですね。魔法陣を書き換えておきます」
首が無くなったことにより、前が見えやすく、なおかつ、武器を振るいやすくなっていた。前方の敵に馬の走る勢いをそのまま伝えることが可能になったのだ。ギルは早速、魔法陣を書き換えて首なしがデフォルトになるようにしたのだった。
こうして、コシュタ・バワーの首は無くなり、より戦闘に特化した軍馬になったのだった。
それから、首なしの馬に跨がり、大鎌や騎乗武器を振るい、悪魔を次々と殺していくクレアシオンとギルが目撃されるようになったという。それを見た者は狙われた者は必ず殺されていたため、こう言った『死を呼ぶもの』と。
◆◇◆◇◆
「ギャ、ギィー」
「ギャギャ」
ゴブリンたちが火を囲い何かを食べている。辺りには酷い臭いが漂っていた。冒険者から奪い取っただろう武器を装備していた。
周りには住んでいると思われる継ぎ接ぎだらけの小屋があり、村のようになっていた。見張りらしいゴブリンが数体うろうろとしている。だが、注意力が欠けている穴だらけの見張りだった。
そこに――
「ヒヒィーン」
首の無い馬が嘶きを上げながら、突っ込んできた。ゴブリンたちは奇襲に呆然としている。
「天使のお迎えだ」
クレアシオンがそう言うと、彼の手に黒い靄が集まり、紅い魔力を放ちながら、形を成していく。それは、翠の風を纏う闇属性と風属性の混成魔術、大鎌だ。大鎌は重さはなく、楽々とクレアシオンは大鎌を操っている。
その姿はもう、天使とか堕天使ではなく、ただの死神だろう。――――ある世界の死神のモデルは悪魔を追いかけていくクレアシオンとギルを見間違えたという説がある。他には大鎌をもつローブをきた骸骨のアンデットという説や大鎌の神器をもつ神や天使など色々ある。つまりは、死神と言う名の神などいない。居るとしたら、それは避けることのできない【死】そのものだろう。
「ふんっ!」
「ギィ……ギャ……っ!?」
走る馬の上でクレアシオンが大鎌を振るうと数匹のゴブリンの首が飛んでいく。目の前のゴブリンはコシュタ・バワーによって踏み潰され、紫の炎に焼き殺されていく。
ゴブリンは逃げ惑い、小屋の中に逃げ込むが……。
「無駄だ!!」
コシュタ・バワーは蹴破り中まで入ってきて殺していく。彼の指先に魔素が集まり、魔素により魔法陣が作られる。魔術からは黒い輝きと紅い閃光が放たれ、そして、灼熱の火炎が小屋に放たれていく。
『ギィー!?』
燃えるゴブリンの村、焼け死ぬゴブリンたち、仲間を殺され怒り狂い、死に物狂いで襲いくるゴブリンを、クレアシオンが大鎌で凪ぎ払い、コシュタ・バワーが踏み潰していく。まさに人馬一体だの攻撃だった。だが、コシュタ・バワーは魔術で作り上げられているので、実際にはクレアシオンが操作しているのだが……。回りからみれば、馬の方が強く見えるだろう。
「ギャアー!!」
虐殺を止めるため、一匹のゴブリンがクレアシオン目掛けて飛び込んでくる。馬は無理でも馬を操る者は殺せると考えたのだろう。ゴブリンの目に勝利が浮かぶだが……。クレアシオンは大鎌を手放し、虚空を叩く動作をしたあと、いつのまにか彼の手には短剣が握られていた。そして、
「グギャ!?」
飛んできたゴブリンの首を切り裂いた。ゴブリンは着地を出来ず、顔から落ち、首が完全に取れて死に絶えた。
ゴブリンたちは勝てないと悟ったのだろう。一歩一歩下がっていく……。が、スパッという音と共に首が飛び交う。ゴブリン達が馬の上の子供を見ると――――手にはまた、大鎌が握られていた。
彼が大鎌を振るう度に翠の斬撃が飛んでいき、ゴブリン達の首に吸い込まれていった。
『ぎ、ギャギャー!!』
もう、ゴブリンは恐慌状態だ。意味がわからない、その考えが頭を占めた。ゴブリンたちの目の前には避けることのできない【死】が――――
燃え盛る村、死に物狂いで逃げるゴブリン。それを追いかけ、大鎌を振るうクレアシオン。ソフィアは
――天使じゃなくて、悪魔ではないですか?
この言葉が喉まででかかったていたが、必死に堪えていた。彼女は魔法で援護しようとしていたのだが、呆気にとられ、眺めることしか出来ないでいたのだった。
ありがとうございました。
プロットでは転生後直ぐに神託の儀受けて次に進む予定でした……。
神託の儀が遠い……。




