�ルート
彼は自宅の玄関先で目を覚ました。
鈍痛が走る頭と胸部には真っ赤な液体が付着していた。
どうやら血ではないらしい
「インク……?」
ここで寝ぼけた頭がはっきりとし自分がマリアに撃たれ気絶したのだと思い出す。
マリアはあの時、自分に向けてペイント弾を発射したらしい
なんのためにそんなことを……?
静かになった真っ暗闇の廊下に振り返る
「マリア……!」
家中を走り回ったがマリアは見つからず、それどころか娘2人の姿も見えない
「誘拐……!? マリアが……2人をさらった?」
なぜそんなことを……?
マリアの精神状態を考えるとここで延々と考えていても理解できるような動機ではないのかもしれない
そして家にもう一つ無いものに気がつく
自家用車がない
「マリアが運転していったというのか……?」
ありえるか? そんな事が?
マリアの身体は同年代の子供と比べても大きい方ではない
あの身体ではとても車を運転できるとは思えない
「じゃあ一体誰が車を……?」
忽然と消えた車その事実は
マリア
レイナ
レヌーサ
の3人の他に誰かいたことを示唆していた。
「もう1人誰かいたのか……まさか……」
ガスケット・グルーの顔が思い浮かんだがその疑念を振り払う
「軍の奴らがこんなことをする必要があるとは思えない……」
だったら一体誰が……? そんな疑念を抱きながらPCを起動し車に設置されたGPSの信号を捜索し車の在り処を発見した。
「ここは……小学校が建ってた所だよな……?」
そこには嘗て小学校が建っていたが今では閉校してそこにはくたびれた巨大建造物が建っているだけ
この家から小学校までそう遠くない、今からでも走って向かおうとしたとき、足元に何かが当たる
その何かは床のフローリングを滑って絨毯に乗り上げ止まった。
それはバッジだった。
そのバッジには見覚えがあった。
ガスケットが身につけていた物だ。
「ば、バカな……どうして? どうして奴がこんなことを?」
「……」
「マリア、今すぐガスケットを追おう!」
彼はマリアにそう言った。
「……やっぱり、そうだよね、アナタは死んでる、奇跡的に生きていたなんてありえない」
マリアは彼をジッみつめた。
「はははっ……気づいちゃったか」
彼は寂しそうに微笑む
「アナタが倒れているところをハッキリ思い出したのアレはインクじゃなかった」
「……私が手伝えるのはここまでみたいだね、マリア」
「……どうしてアナタは笑っていられるの? 私がアナタを殺したのに……」
「そうだったとしても私は君を恨まないよ、それより車の件やバッジのことを考えるにガスケットが近くにいるのは間違いない、気をつけるんだマリア、何を企んでいるのかは分からないが君にとって危険な存在なのは確かだ」
「で、でも彼は死んでいたはずよっ! だって私の記憶じゃ……」
「ガスケットは自分の死を偽装した……それなら辻褄が合う、俺の目を欺こうとするとは生意気な」
マリアの探偵の人格が顔を覗かせる
「……だ、だがガスケット達、軍がこんなことしてなんのメリットがある?」
とレンの人格が探偵の人格に質問を投げかける
「いや、ガスケットが死を偽装したのは軍や警察の調査を錯乱させるためだろう、軍とガスケットが繋がっているのであればこのような事をする必要がない恐らくガスケットのこの犯行に軍は関与していない、単独犯の可能性が高い」
「……何を考えているんだガスケット」
「本人に直接聞けばいいだろう」
「……」
レンがマリアに語りかける
「君にすべて押し付けるようなことになってしまって、ごめんね、マリア」
「……謝らないでよ」
「君に……お願いしたいんだ娘たちのこと、今の私にはなにもできないから」
「……私には……なにも……」
「お前の手には銃があるだろう、それに俺もいる」
「相手も銃を持ってるだろ、銃一つあるからって現役の軍人相手に子供が敵うとは思えねぇ」
「だったら諦めるか?」
「はっ冗談」
マリアは今、自分が暗闇の体育館にいたことを思い出す。
マリアの前には怯えた目でマリアを見ているレイナと気絶したレヌーサが居る
マリアは冷静に拳銃に入っている弾の残量を確認する
「8発か、マガジンもねぇからその8発でこの窮地を乗り越えるしかねぇな」
「殺し合いをする必要があるのか? 説得できるかもしれないのに」
「こんなことをやらかすようなヤツに説得が通用するとは思えんがね」
「やってみないと分からないでしょ」
「やる前から結果が分かりきってるつってんだよ間抜け!」
次の瞬間マリアの頭部が何者かの手によって地面に叩き付けられた。
「……銃を放せ、ゆっくりとだ」
「あ~あ、グダグダやってるからこうなるんだよ」
「その声……やっぱりガスケット、アナタが犯人だったのね」
「喋るなっ!」
ガスケットはマリアの頭をより強く地面へ押し付ける
その拍子に手に持っていた拳銃が手から離れ埃まみれの地面を滑り闇へと呑み込まれた。
「いででででっ!? や、やめろ!」
「それ、拷問のつもりでやってる? マッサージじゃなくて?」
「レイラ・レンを出してくれないか? 俺はその女に用がある」
「お前の目的は私の中の人格、レイラ・レンという訳か、だが残念ながら”コレ”は俺自身でもコントロールが利かなくてな、お前の求める人格を自由自在に出すことは出来ないんだ。だから1つお前に提案がある」
「……オメェは提案なんざ――」
「アッハハハハッ!! んだこの状況!? サイコォーだな!! お前が俺の敵かぁ? だよな? そうだと言ってくれ今すぐにでも人を殺したい気分なんだっ!!」
正に支離滅裂なマリアの言葉を聞きガスケットはマリアとの対話を諦め
ため息を吐いた。
「アンタが起爆コードを俺に教えてくれなかったらここまでの苦労が全部パーなんだぜ? しっかりしてくれよ隊長」
「コード? アナタの目的はレイラ・レンの人格からそのパスワードを聞き出すことなの? だったらそこの子供2人はどうして連れてきたというの?」
「……」
ガスケットはマリアを相手にせず近くにあった嘗ては教室に置いてあったのであろう机に腰掛けた。
「私の相手をするつもりはないか、まぁ無理もない、私でもこんなのと遭遇したら速効で距離を置くよ、確証は持てないがレイナとレヌーサここへ連れてきた理由は私の中のレイラ・レンが彼女達を連れてきたと証言していた。連れてきたのはガスケットの意思ではなく私の中のレイラ・レンである可能性が高いと私は推理する」
「助けて、お父さん……!」
とレイナが涙を零し呟く
「なんであのガキ2人を連れてきたかなんざどうでもよろしい、俺はガキが泣く姿なんざ見たかねぇんだよ、とっととコイツをぶっ倒してケリつけるぞ」
といってマリアは立ち上がる
「ぶっ倒す? マジで言ってんのか? 敵は軍人、こっちは生身の子供だぜ? 勝機なんざゼロだろうがよ」
「だからってここでお手々咥えてこーんなくっらいなんもない場所で死ぬのなんてごめんだよー?」
「ガスケット……待たせたわね」
「はぁ……ようやくお目覚めかよ……隊長」
ガスケットが机から立ち上がる
次、また何時人格が入れ替わってもおかしくない
なのでマリアはガスケットが求めるパスワードを口にしようとした。
「コードは――」
しかしその次の言葉が紡がれることはなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レイラ・レンの前にマリアとウィン・レンが立っていた。
「マリア……ウィン……」
「ごめんね、レイラ……私の所為でアナタは死んだ。私がアナタを殺した……」
「その全てを背負おうとする癖をやめなさいと言ったでしょう? ……全く私の言葉は届いていなかったようね」
「教えてくれどうしてこんなことをしている? なにがアンタをそうさせた?」
「……ウィン、アナタには理解は出来ないわ、私の気持ちは」
「ふざけるなっ! 私の娘がお前の身勝手の為に危険に晒されてるんだぞ!? それなのに何も語らず逃げるつもりか!」
「……あの街には人は居ない筈だった……」
「?」
「避難勧告は既に済み民間人は避難している、そう上からは聞かされていた。でも違った。あの街には避難勧告なんか出されていなかった。そうとも知らずに私達はあの街へ攻撃を行った。空軍が先ず街を焼き払い私達は街へ上陸した。そこで見た光景んに私は目を疑ったわ、敵軍しかいなかったハズのあの街にあんな大量の死体があるハズがなかった! 大半の死体は武器を身に付けていなかった!」
「ま、待ってくれなんの話をしている? 何を言っている?」
「……私達の上官は民間人が大量にいる無防備な街を焼き払うことを決定したのよ、部下にも作戦の詳細を伝えずにね」
「な、なんだって? どうしてそんなこと……」
「あの街には十年前アムステルダムを襲い都市を壊滅状態にまで追い込んだあの生物兵器が大量に製造、保管されている、確かな筋からそういう情報が流れてきたの、しかもその兵器を所持しているのは危険なテロリスト集団、詳しい保管場所を知る為の潜入捜査も失敗に終わり詳しい場所も分からなかったので焦った上の人間は街全体を攻撃する決定を下した。避難勧告などしたらまた別の保管場所へ移される」
「だから焼き払ったというのか? 全てを」
レイラは自分のこめかみに人差し指を当てた。
「正義など何処にもなかったわ、ただ全員が恐れ混乱し誤った選択肢を選び続けた。下らない集団ヒステリーに私達は利用されたの、その子はその被害者よ」
レイラはマリアを見つめる
「あの街はその子の故郷だった」
「そう、だったのか……だけどだからってなんでアンタがこんなことをしてるんだ?」
「……だって、不公平でしょう? これじゃ……」
「不公平?」
「あの街を焼き払ったこの国はそれ以上の代償を差し出さなければそれは不公平、だから償って貰うことにした。上官達が恐れた生物兵器は私達の手にある、お上が13個のUSBメモリーに手一杯になっている間に私達はこの国の各所に仕掛けたその兵器を炸裂させる、それが平等というモノ、でしょ? 私が死んでしまったのは想定外だったけどマリアのおかげでこうして私は蘇られた。このチャンスを逃す気はないわよ私は」
レンは顔を歪ませた。
「……イカれてるよ、アンタ……アンタもガスケットもその街で悲惨な光景を目にして精神を病んだんだ。昔のアンタはそんなめちゃくちゃは言わなかった……」
「かもね、でもそう今の私は望んでる、それだけで十分よ」
「マリア……君も望んでいるのかい? 復讐を」
「……」
マリアは黙って首を横に振った。
「私は……死んでほしくないもう誰にも」
「……そう」
と寂しそうにレイラは言う
「アナタにもこれ以上誰も殺させたくないのっ! もう十分でしょう……!? もう……終わりにしましょう、こんな狂気は」
「いいえ、終わらない、今日ここから始まるのよ」
「終わらせるわ、今夜で全てにケリをつける、私が終わらせる」
「どうやって? どうやって私を止める気?」
マリアは黙って目を瞑った。
「マリア……?」
「……私がアナタを殺す。私がガスケットを殺す。それだけよ」
マリアは片手に握っていた拳銃の銃口を自分のこめかみに当てる
「でも”ただの子供”にはそんなことは出来ない、”ただの子供”にはこんなめちゃくちゃになった心をコントロールできないだから私は”ただの子供”を捨てる」
「……アナタは何になるつもり?」
「……」
「残念ね、マリア……」
マリアは天を仰ぐ
「ごめんね……私はヒーローにはなれなかったよ……」
「マリア」
「ごめんね、レンさん」
「いいんだよ」
「私はヒーローにはなれない、でも――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ガキ2人ぐらいは救える」
「!?」
突然ソレはガスケットに飛びかかり首元に何かを突き立てた。
それはガスケットが落としたバッチ
バッチは首を抉り見事に鮮血に染まった。
「が……グェ……」
「……クククッあらら、可哀想に……大丈夫? 随分と苦しそうだが、って俺がやったんだったなっ! いやぁ悪い悪い」
地面でジタバタと動いているガスケットを尻目にソレは地面に転がってた拳銃を拾い上げ
ガスケットの頭に向けた。
「終わりだ。お前の復讐はここで終わる、ま、いい線行ってたんじゃないか? こんなガキを頼りにするまではな」
炸裂音が鳴り響き
暗闇には1人の少女の啜り泣く音だけ
静かにそれは少女に近付く
ソレを見て少女の表情は恐怖に染まる
「よぉ、お元気?」
「……」
「まぁまぁそうびびんなよ、お前を殺す気なんて1ミリもねぇから、安全な所まで送ってやるからとっとと立ちな」
「……ガスケットおじさんは、どうしたの?」
「え? あぁ……えーとそうだな……まぁハッキリくっきり誤解を恐れず言わせて貰うと……俺が殺した」
そう語りソレは怪しく微笑んだ。
「やぁっ! なにしてるの?」
赤き竜はハッとしたジョン・ラムの記憶を追体験するのに集中する余りソレの接近に気が付かなったのだ。
ソレの正体はダーテエルウィンだとジョン達の記憶のおかげで知っていた。
「……何の用?」
「いや、君がその多重人格でお困りだって聞いてさ、助けてあげようかなぁ? って思ってね、俺も似たような境遇だからさ、気持ちは分かるよぉ」
「アンタいいの? こんな所に居て? ジョンがこんな所を見たら――」
「あぁそこら辺は問題ないよだって、ね?」
ダーテエルウィンが背後に眼をやるとそこにはマリアとエルが立っていた。
「許可は既に得てるからさ」
「……」
と彼は怪しく微笑む




