良い奴気に入らない奴
「これからどうする気なんだ? 帰るのか?」
「そう言う訳には行かないよ……剣を取り返さなくちゃ」
「剣を盗んだ奴が何処に居るか、分かってるのか?」
そのジョンの問いにバツが悪そうに
「……いいえ」
と答える
「だろうな、大人しく帰って置けよ」
「そ、そんな! 出来ません! あの剣は僕の家の家宝なのです!!」
「カーナ、これ以上話しても無駄だ。先を急ごう」
と言うのはセルフィ
「幾ら急いでもお前等にはその”先”が無いだろ、何言ってるんだ」
「五月蠅い!」
「俺達が手を貸してやろうか?」
「え!? で、でも……迷惑では無いのですか?」
「どう思う? まぁ、そんな事より教えてくれよ、剣は何処で盗られたんだ?」
その頃ワルクルス邸では
ジェシカが一階廊下の厨房前の掃除をしている、しかしその様子は何処かおかしい
その様子のおかしいジェシカを廊下の端っこで盗み見ている二人の若い騎士、エルにファングである
「あの子どうにかしたのか? 凄く怒っている様に見えるが……」
「昨日、ナサル先輩と大喧嘩したみたいですよ、多分それが原因でしょう」
「おぉ~こえぇ……喧嘩の原因は何だよ?」
「ナサル先輩が行き成り都市に行くとか言うものだからジェシカちゃんも一緒に行きたいと言ったみたいなんですけどそれをナサル先輩は拒否、そこから喧嘩が始まったみたいです」
「先輩も酷いよなぁ」
「ですよね~」
と二人の意見が合致した時
「そこ、掃きますので退いて下さい」
いつの間にかに近付いて来たジェシカが無表情で二人にそう命令する様に言った。
一見無表情に見えるがよく見ると何処か怒りという感情が溢れ出ているのが分かる
「ひっ」
「きゃっ!」
その憤怒の気に驚いてしまい情けの無い声を出す。騎士二人
「? どうかされましたか? 私の顔に何か付いていますか?」
「い、いや、そう言う訳じゃないんだけどな……」
「変な人達」
言葉使いも荒い
次にこのジェシカの被害に遭ったのはジークだ。ジークはローラが居ない事を良い事に酒を好きに飲んでいたのをジェシカが発見したのだ。
「これは駄目だと、隊長さんが、言って、居たでしょう!!」
そう言って箒でジークを叩くジェシカ
「わー!! ごめん! 分かった分かったからその箒を納めておくれ!! やめて! コップを叩き落そうとしないで!!」
そんな光景を部屋の外から盗み見て居たライラ
(大丈夫なのかしら? この屋敷?)
「そこ! ライラさん! サボって居ないで仕事して下さい!!」
彼女の感覚は研ぎ澄まされておりライラが部屋の外からこっそりと盗み見て居た事も察知してしまったのだ。
「!? は、はい!」
行き成りの事で動揺しとても良い返事をしてしまうライラ
「よろしい」
まさかジェシカがローラの代わりをしているとは館外出中の人物達は誰も思って居なかった。
話はジョンに戻る
ジョンは木に凭れ掛かりララの話を聞いている
ララ達は此処に来る前の村で宿に泊まった時に護衛に聖剣を盗まれてしまったのだと言う、二日前の出来事である
「財布も盗まれたんだろ? まさか、それから何も口にしてないのか?」
「草を食べて凌いでいたわ」
「それを凌ぐとは言わないぞ、つまりお前等は腹ペコな訳だ」
「……そうなるね」
ジョンはおもむろに懐から干し肉を取り出し食べ始める
それを羨ましそうに見つめる四人
「……何食べているんだ」
メイヴィスがジョンに突っ込む
「飢死しかけの奴を目の前に食べる干し肉は美味いんだ知らないのか?」
「我の気が穏便な内にとっととそれをこの子等に渡してやれ」
「へいへい」
食料も渡しそれを四人が食べ今までピリピリしていたセルフィも気を穏やかにし始めた。
「さっきは疑ってしまってすいませんでした」
と謝るまでには落ち着いた。
「さっきの話に戻るがお前等、宿で盗難に遭ったんだよな? なら盗人共を宿屋の奴が見てたりしてなかったのか?」
「宿屋のおじさんは見ていないって言ってました。裏口から出たんじゃないかとも言ってましたね」
「そういえば、宿代はどうしたんだ? 財布は盗まれてオケラだったんだろ?」
「いえ、それがおじさんが優しい人で私達に同情してくれて宿代を無料にしてくれたんです」
此処最近で一番良かった事を話したので少し気が良くなり笑顔のカーナとは対照的にジョンの顔は曇った。
「怪しいな、その宿屋のオヤジ」
「え!? どういうことですか!?」
「この世の中で信用しちゃならないモノは数多く有るがその中でも”優しい商人”程信用ならねぇ者は無い、その優しさの裏には必ず何か有るそう考えた方が無難だ」
「で、でも……そんな風には見えなかったけどなぁ……」
ジョンに抵抗するカーナ
彼は宿屋のおじさんを擁護しているのだ。
「これから人を騙そうとする奴が如何にもな恰好や仕草をする訳が無いだろ? 相手に信用されるであろう行動をするんだよ、笑顔に挨拶それに細心の気遣いとかな、だいたいの奴がその三つで相手を信用までは行かなくても相手を良い人間だと思う、事実は全く逆なのにな、これは人の善意にあまり触れた事の無い人間程、簡単に引っ掛かり毟り取られ気が付けば首を吊っている、冒険をこれからも続けるのならそれくらいの事は知って置けよ」
「そ、そんな事言ってたら誰も信用出来ませんよ!」
「人を信用するって事はそれ程危険な事だという事だ。人を信用したきゃ努力しな、信用したい相手に一年中張り付いて監視し、信用出来るか否かを決めるぐらいの努力はしなきゃお話にならんぜ」
「……それ程の事はしなくても良いだろう」
とメイヴィス
「ま、兎に角その優しい宿屋のおじさんとやらに会って損は無いだろ、良いな?」
「わかりました……」
ジョンのその意見に対し不満が有るカーナだったが致し方なくジョンの言う事を聞く事にしたのであった……
その頃一方マリア達を運んでいる馬車の中ではまた別の問題が起きていた。
問題と言っても騒がしいモノでは無く実に静かな静か過ぎる問題だった。
誰も一言も発しないのだ。
気まずい中馬の蹄鉄の音だけが響く
ナサルとキュベルに挟まれ顔に汗をかいているマリア
(なんでみんな黙ってるのよぉ……怒ってるのかな? わ、私がなんとかしなくちゃ……!)
謎の義務感に駆られるマリア
「ナサル、何かお喋りをしましょうよ」
「えぇ、良いですね、何をお話ししましょうか?」
「そうねぇ……そういえば私ナサルの生まれを聞いた事が無かったわね、都市生まれなの?」
ナサル、ローラにはこういう時ように用意した嘘が有る
「えぇ、そうですよ、都市の孤児院で育ちました」
孤児院と言う単語を出してしまえばそれ以上詮索をする無粋者は酔っ払いかジョンぐらいの者なので孤児院出だと言う事にしているのだ。
ナサルの思惑通りにマリアも悪そうな顔をして
「あ、ご、ごめんなさい、悪い事を聞いてしまったわね……」
「いいえ、良いんですよ、私は別に気にしてませんから」
空気の悪さが加速する……
焦りによって墓穴を掘ってしまったマリア
そんなマリアの横でキュベルがマリアを気遣ってかジェイクに話し掛ける
「そういえば団長、随分とジョンさんの事を眼の仇にしている様ですが、どうかなさったんですか?」
実はキュベルはその答えを知っている、知っていてこの場で聞いたのだ。これはキュベルの悪戯心が働いた結果である
皆が居る中ジェイクに言わせたい事があるのだ。それを察したジェイクは苛立ちキュベルを睨みつける
「……うるせぇ」
「それは私も気になるな」
ローラも乗っかる
「気にすんな聞くな黙ってろ」
腕を組み不機嫌な顔で馬車の窓を睨む
こんな不機嫌なジェイクを始めて見るマリアは困惑する
そんなジェイクを見て気分が良くなるキュベル
「ふふ、ジョンが自分より強いのが気に入らないんですか?」
それを聞いてビクッとキュベルの方を全員向いた。
「え? 今なんて言ったの?」
「ジョンが団長に勝てるだと……?」
「えぇ、そうらしいわよ、団長がそう言ってたから間違いないんじゃないかしら?」
「……驚いたね」
「ケッ」
ジェイクも久々に会えた強敵なので実は少し嬉しい半分悔しさも有った。
そして益々馬車の中の空気は悪くなるのだった。
そしてそのジョンはと言うと
「嘘を付くとお前の娘の頭を引きちぎりその頭の中身をくり抜き器にしその中にお前の妻の血でよく煮込んだ内臓スープ入れそれを飲ませるからな、よく考えて答えろよ」
と椅子に括り付けられた中年男性に対しそう言っていた。
部屋は密室、光は蝋のみ
そう此処は地下室、カーナ達が聖剣を盗られた時に泊まっていた宿屋の地下室だ。
中年の男性の瞳には恐怖で涙が溜まっている
「お前が強盗団と手を組みあの四人を嵌めた。間違いないな?」
中年はゆっくりと頷く
「別に俺はそれだからお前を誰かの前に突き出したり説教をするつもりなんて無い、こんな辺境の地に態々来る旅人なんて居ないだから稼ぎも少ないだがお前にも生活が有り守らなければいけないモノも有っただからやった……仕方のない事さ、此処まで言えば話しやすくなるか? 奴等のアジトは何処だ?」
「……あいつ等はこの村の西にある樹海の中にアジトを持っているらしい……この村からも見えただろ? あの樹海だよ……」
「確かか?」
「お、俺もあいつ等と組んだのは初めてだったんだ。アジトも見た事が無い聞いただけだ」
「無かったら、内臓スープ……忘れるなよ、クククッ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 娘と妻は関係ない――」
中年の口を左手で顔を掴むようにして塞ぐ
「悪行は悪人を呼ぶもんだ。お前の悪行によってお前は悪人を呼んじまったんだよお前は、悪人に対して道徳が通用すると思うなよ、目的の為なら何でもするぜ、俺は」
言いたい事を言うとジョンは中年の口から左手を離す。
「悪行の世界とはそういう世界だ。自分や自分の資産を護れるのは自分だけ、まぁだいたいそれに気が付いた頃には手遅れだがね」
ジョンはそう言いながら中年を縛っていた赤い糸を解き、中年を解放する
「通常勤務に戻れ、もしおかしな事をしたら……言わなくても分かるよな?」
中年は黙って頷く
「よろしい」
ジョンはニヤニヤと笑いながら宿の地下室を出て行く
それを汗だらけの顔で半分放心状態の宿屋の主人が唖然とした表情で床にへたり込みながら見送る




